97:メルクリオに訪問



■ツェン・スィ 竜人族ドラグォール 女

■305歳 セイヤの奴隷



 オークションの翌日、あたしたちは三軒隣りの屋敷にやって来た。

 クラン【魔導の宝珠】のホームだ。

 昨日【天庸】の襲撃を受けたから一応報告ってわけだ。


 面子はご主人様とあたし、それにネネ、イブキ、ウェルシア。

 ウェルシアは当事者じゃないが【天庸】関係の情報は共有しておきたいって事らしい。

 ご主人様もウェルシアに気を使ってるのがよく分かる。


 ちなみに他のメンバーは色々と買い出しに勤しんでいる。留守番もいるがな。

 明日から本格的に迷宮に行くってことで、その為だ。

 数日泊まり込みで探索するって言うからあたしは今から楽しみでしょうがない。



 ともあれ今日は話し合いだ。

 【魔導の宝珠】のホームは、やはり立派な三階建てのお屋敷なんだがうちよりも少し小さく感じる。

 庭もなく、通り沿いにすぐ玄関扉がある感じだ。

 なんとなく宿屋っぽいな。


 ノッカーを叩くと、扉を開けたのは老執事。

 おお、いかにも王族の別荘って感じがするな!



「【黒屋敷】のセイヤだが、メルクリオは在宅か?」


「はい本日はまだおります。お約束は……」


「すまない、していないんだ。報告と相談があって来たと伝えてもらいたい」


「かしこまりました」



 ややあって、執事はメルクリオを連れてきた。

 迷宮に行かれると困るから朝一番で来たんだが、まだ朝食中だったんだろうか。



「やあ、セイヤ。昨日は大活躍だったね」


「お互いさまだ。すまんな朝早くから。これお土産だ。パンとプリン、皆さんで分けてくれ」


「おおっ! ありがたい! いやぁ、この『ぷりん』という物は素晴らしい甘味だね! この味が忘れられなかったんだよ! 本当に嬉しい! 大事に食べさせてもらうよ!」


「お、おう、そんなに喜ぶとは思わなかった。何なら作り方教えるぞ?」


「本当かい!? おいっ! 料理長を呼べ! 何としても覚えてもらうぞ!」


「はっ」



 すごいテンションだな、第三王子様……。

 まぁプリンはうちでも好評だからなー。

 あたしは酒に合わないからあんまりだけど。



 それからあたしたちは応接室に通された。

 ソファーに座るのはご主人様。

 あたしたちは後ろに並ぶ。

 外ではこうして侍女っぽくしないとエメリーに怒られる。



「それで今日はどうしたんだい?」


例の団体・・・・に関する報告なんだが……」



 ご主人様がちらりと部屋の隅にいる執事と給仕に顔を向ける。

 メルクリオは【天庸】を探るという目的を偽って組合員の活動をしているらしい。

 だからこの場で言っても大丈夫なのか、って事だな。



「ああ、大丈夫だよ。クランメンバーも使用人も全て国の関係者だ。僕の本当の目的の協力者さ」


「ならいいか。実は昨日オークションに行っている隙に、【天庸】がうちの屋敷に来たらしいんだ」


「なんだって!?」



 スィーリオとかいう奴は分からないが、少なくともラセツはこの通りを歩いてきたから、この屋敷の前も通っているはずだ。

 屋敷には当然、使用人は居ただろう。オークションに行かないメンバーも居たかもしれない。

 それでもどうやら気付いていなかったらしい。


 ご主人様は昨日の経緯を話す。

 ラセツとのやりとり、その戦い、そしてスィーリオの介入へと。

 さっきまでプリンではしゃいでいたとは思えないほど、メルクリオの顔は険しかった。



鬼人族サイアンのラセツと鳥人族ハルピュイのスィーリオ……そのスィーリオという男は聞かない名前だね。調べる必要がある。それで、盟主ヴェリオがセイヤに興味を持っていると?」


「らしいな。だからまたやって来る可能性が高いと思っている。時間的余裕もありそうだが、それがどの程度かは分からない」


「ふむ、確かに基人族ヒュームでこの強さだから珍しい事この上ない。ヤツにとって『面白い素材』とか『研究材料』と見られてもおかしくはないか」


「いい迷惑だがな」



 加えて言えばあたしたちがご主人様の<カスタム>で強化されているのも『興味』の一因なんだが。

 それもあってラセツはやって来たわけだしな。


 メルクリオもあたしたちの強化については何かしら気付いているだろう。

 なんせ多肢族エメリー兎人族ティナが迷宮で戦えてるんだからな。

 それでも聞いてこないのは、こちらに気を使っているのか、下手に踏み込めない事情があるのか。


 ご主人様からメルクリオに<カスタム>の説明などするわけがないし。

 <カスタム>とかご主人様の能力については完全秘匿事項だからな。あたしたちも奴隷契約で他人に話せなくなってるくらい。

 もしこの場でご主人様が説明しようものなら、あたしやイブキが止めないといけない。



 一通り報告が終わり、情報の共有が出来たところでメルクリオが切りだした。



「なるほど、情報に感謝するよ。こちらでもまた調べて何か分かれば連絡する」


「ああ、頼む」


「それでセイヤたちはこれからどう動くんだい?」


「こちらから攻めようにも居場所も分かんないからな、待つしかできん」



 攻めていいってなれば今でもやりようはあるんだろうけどな。

 あたしだって待ちより攻めのがいい。



「盟主の興味が俺だからと俺個人を狙ってきたなら願ったり叶ったりだ。まともに戦えるのなら迎撃できる。ただ怖いのは俺を狙うんじゃなくて、侍女たちの各個撃破を狙ってきた場合だな」


「ありえるだろうね。だからこそ昨日の襲撃だか調査だかがあったんだろうし」


「こちらの誰かを一人ずつ狙われたら危うい。素の攻撃力がトップのツェンでさえ、その攻撃がラセツに止められたらしいからな」



 ご主人様が親指をあたしに向けてそう言う。

 悔しい気持ちは残っているが、ダシにしないで欲しい。

 メルクリオがこちらを見るが、思わず目を外す。見るんじゃないよ。



「やれやれ、益々僕が戦いにくくなるね。竜人族かのじょ以上に強くならなければ【天庸】とは戦えもしないのか」


「やり方次第だろうけどな。仮に強さを得たところで、一対一の状況が作れる保証もない」


「でも君たちは一対一で勝てるくらいになるつもりなんだろ? だから昨日のオークションでも買い漁った」


「ああ、明日から迷宮で特訓するつもりだ。武器やスキルの習熟も含めてな」



 メルクリオがイブキを見る。

 いや、イブキの背負った【魔剣イフリート】か。



「魔剣も最初からそのつもりで?」


「今のイブキじゃラセツは殺せない。それは昨日の話しもそうだけど俺がボルボラを殺ったから分かる。おそらく同じような力量だからな。でも特訓次第で確実に勝てる。だよな、イブキ?」


「ハッ! この剣に賭けてお約束します!」


「だそうだ」


「なんとも頼もしいね。羨ましい限りだよ」



 魔剣の扱いの習熟。

 それに加えて<カスタム>でどこまで伸ばせるか、だな。

 あたしももっと強くならねえとな。

 イブキに抜かされるのは何となく嫌だ。



「ああそうだ、メルクリオに相談なんだが」


「なんだい?」


「そんなわけで明日から迷宮に籠るんだが、屋敷が留守になるんだよ。警備を雇おうかと思うんだが、【魔導の宝珠】は普段どうしてるんだ?」



 そう。明日からの迷宮探索は全員参加だ。

 総勢十五人!

 【天庸】が攻めてこないと思われるからこそ、今しかないって全員で行くんだが、それでも屋敷を空にするのは怖いって話しなんだよな。



「うちは御覧の通り使用人や警備が常にいるからね。迷宮にクランメンバー全員で行くにしても特に気にしてないよ」


「そっか」


「ただ留守中の警備であれば、やっぱり傭兵を雇ったほうがいいんじゃないかな」


「傭兵か。どこか充ては知らないか?」


「迷宮組合の二階に傭兵組合も併設してあるよ。知らなかったのかい?」



 ご主人様たちは屋敷を買う時に迷宮組合の二階の住居組合で買ったって言ってたな。

 同じ場所に傭兵組合があったのか。

 反応を見るに、誰も知らなかったらしい。



「衛兵団とか住居組合と同じくそこの傭兵組合も迷宮組合本部の下部組織になっててね、引退した迷宮組合員とかも登録しているらしい。Aランクのセイヤなら悪いようにはされないはずだよ」


「おお、いい情報もらったな。さっそく行ってみるよ」


「何、おやすい御用さ」



 じゃあこの後は組合に行く感じかな。

 このまま行っても問題ないだろう。



「ちなみに明日からの迷宮探索ってどこを狙うんだい?」


「三階か四階かな」


「よ、四階!? そ、そうか……そうしたら記録更新だね。いや、いつかは抜かれるとは思っていたが……」


「メルクリオたちは三階が主戦場だっけ?」


「僕らというか他のAランククランも含めて、みんなそこで足止めをくらってるよ。というのも三階層は―――」



 そこからメルクリオが話す三階層の難しさに、皆で耳を傾けた。

 どこが難しくて、どの敵が強いのか、どう攻略しているのか。

 組合員としちゃそういった情報は財産だろうに、なんとも気前が良いもんだ。

 やっぱ【天庸】の件で協力体制にあるのがデカイんだろうな。



 しばらく雑談めいた攻略指南が続いた後、あたしたちはそこを後にした。

 もちろんプリンの作り方もご主人様が指南した。

 迷宮攻略情報と合わせて五分五分だな!

 いや、下手するとメルクリオ的にはプリンのレシピの方が価値は高いかもしれん。



 【魔導の宝珠】のホームの後は迷宮組合だ。



「イブキって傭兵だったんだっけ?」


「はい。私も傭兵組合に登録しつつ各地を転々としました。エメリーの村で落ち着きましたが」


「傭兵って護衛みたいな事もやるの?」


「はい。私的に雇用契約する衛兵という感じでしょうか。討伐組合員が″攻め″だとすると″守り″がメインです」



 なるほどな。

 魔物討伐組合員を護衛にしても街道で魔物相手に戦わせるくらいにしかならねえか。

 迷宮組合員なんて以ての外だし。

 その点、傭兵なら衛兵のように警護や警備も問題ないと。


 そんな事を話しているうちに組合はすぐそこだ。

 どうやら昨日のオークションの様子がすでに広まっているらしい。



「げえっ! 【黒の主】!」


「おい、あの鬼人族サイアンメイドの背中! あれが魔剣か!?」


「すげえ……あれが四万の武器か……」


「よくメイドに持たせるもんだ、やっぱあいつは色々とおかしい」



 かなり注目を浴びてるな。

 てっきり「基人族ヒュームにはもったいねえ! その剣よこしな!」って絡んでくるバカがいるかと思ったが杞憂だったか。

 もうさすがに、あたしたちの事を何も知らない輩しか絡んでは来ないかもしれないな。


 それはそれでつまらないが……。


 そうして勝手に割れる人波を抜け、二階へと行く。

 なるほど看板に『傭兵組合こちら→』と書いてあるな。

 その部屋に入ると事務所のようになっていて、受付は一人二人だ。


 客もあたしら以外にはいない。

 あまり需要がないのか?



「いらっしゃいませ。傭兵のご用命でしょうか」


「ああ、明日から屋敷の警備を―――」



 色々と細かい条件を付けて雇う感じらしい。

 あたしたちの場合は、全員が迷宮に行っちまうから屋敷はカラだ。

 そこを数日間守らせるってことで、決め事が多いんだろう。


 ともかく雇った傭兵は今夜か明朝に屋敷に来てもらう感じで依頼した。

 そこで顔合わせだけして、あとはお任せだな。


 これで後顧の憂いなく迷宮に集中できるな!

 さっさと戦いたいぜ! あたしのスキルも早く試したいからな!



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