95:オークションのその裏で



■ネネ 闇朧族ダルクネス 女

■15歳 セイヤの奴隷



 今日は朝からみんなお出掛けしている。

 ご主人様はエメリー、イブキ、フロロ、アネモネとオークションに行った。

 ミーティア、ヒイノ、ティナ、ジイナ、ポル、ドルチェの六人は迷宮に。


 私はお留守番。

 ツェンと警備担当。


 サリュはウェルシアと昼間から夕食の準備をしている。

 ご主人様がオークションで狙った獲物を競り落として来るのを期待して、祝勝パーティーの予定。

 夕食が豪華になるのは嬉しい。

 でも本当に競り落としてこれるのか不安はある。


 昨日一日かけて、みんなで話し合って、どれをどのくらいの予算で競りに行くか決めた。

 さすがに狙ったの全部は買えないだろうけど、せめてイブキの魔剣は買ってきて欲しい。

 一番予算とったし、魔剣とかカッコイイから私も見てみたい。



 そんな事を考えていると、私の<気配察知>に通りを歩いてくる一人の反応があった。


 まっすぐに屋敷へと歩いてくる、その人。

 気配だけで尋常じゃないものを感じる。

 <危険察知>までビリビリと反応している。



 ―――ダッ


 迷わず正門へとダッシュした。

 こちらへと来る人を、正面から迎える。



「へぇ、わざわざお出迎えとは優秀だなぁ」



 ツェンより一回り大きな身体。褐色肌で筋肉質。

 紺色の髪はボサボサで、額からは天に伸びる一本角・・・

 この鬼人族サイアン……まさか……。



「何の用?」


「ここはあれだろ? 【黒の主】とかいう基人族ヒュームの家。お前はそいつのメイドか?」


「ん。ご主人様は出掛けてる」


「知ってるよ。だから来たんだ。お前らも面白え強化・・されてるらしいじゃねえか。まぁ密偵じゃあるまいし噂だけじゃどうにも埒があかなくてなぁ、それを確かめに来たのよ」



 ニヤニヤと他人を見下し自信満々。

 ご主人様狙いじゃなくて、周りの私たちから狙いに来た?

 それともただの調査?

 いずれにしても昼間に正面から堂々とかいかれ・・・てる。


 そっちがその気ならこっちも確かめないと。



「【天庸】のラセツ」


「おお? よく知ってんじゃねえか。随分と有名人になったもんだ」


「イブキに聞いた」


「イブキ……!? ……そうか、【黒の主】のメイドには角折れの鬼人族サイアンが居るって聞いたな。ハハハッ! なるほどイブキがここに居るのか! どんだけ弱くなったのか楽しみだなぁ!」



 こいつ……!

 イブキの角を折って弱くしたのはこの男。

 それが<カスタム>で強さを取り戻しているのをこいつは知らない。


 私たちが何かしらの強化をしているというのはミーティアと戦った女からの情報だろう。

 でもそれがどういった強化なのかが分からないから確かめに来た?

 <カスタム>の情報はもちろん漏らさない。

 こいつも出来れば生きて帰したくはない。



 イブキには悪いけど―――私が先に殺るよ。



 ―――ダッ!


 相手との距離はほとんどない。

 瞬時にミスリルダガーを握り、瞬時に距離をつめる。

 侍女奴隷仲間のうちで最速の私ならそれが可能。


 いや、瞬きする間もないほどの一瞬で刺せる。

 始まって早々に終わ―――



 ―――ガシッ


 !?



「速えなぁ。闇朧族ダルクネスは殺った事ねえが、こんなに速くはねえだろ」



 ダガーを向けた右手の手首を握られ、私の突貫は止められた。

 なんでこの速度で反応できる!?

 いくら強くでも鬼人族サイアンの反応速度じゃ―――



「どんな強化されてやがんだよ。お前らはよ―――っとお!」



 ―――ドガン!


「……んっ!!!」



 手首を握られたまま、持ち上げられ、背中から地面に叩きつけられた。

 逃げたくてもどうにもできない程の握力、そして軽々持ち上げて投げるパワー。

 柔らかい庭の土が私の形で凹み、その衝撃に息が止まる。


 ミシッと手首が悲鳴を上げる。

 そして握られた手首はいまだ離されていない。

 手首もそうだが背中のダメージで目がチカチカする。



「速えだけで攻撃も防御も軽い・・んだなぁ。もうお前はいいや」



 いいや―――つまり調査するまでもないって事。

 終わらせちゃっていいや、って事。


 ラセツの左手は、私の右手首を握ったまま。

 そして右手が振りかぶられる。

 逃げられない、抗えない私に、その強化された拳が襲い掛かる。


 久しぶりに感じる″死″の気配。

 声を上げたくても呼吸すら出来ない。

 なんとかしなきゃ、そう思うけど身体が言うことを聞かない。


 悔しい、悔しい、悔しい。

 せっかく強くしてもらったのに、こんな所で―――



 ―――パシンッ


 振り下ろされたラセツの拳は、私に届くことはなかった。

 手のひらで受け止められたのだ。

 私の隣に現れた、蒼い尻尾の侍女仲間に。



「うちの侍女仲間に手を出すとは、とんだお客様・・・だなぁ」


竜人族ドラグォールか……!」



 私の手首を握っていた左手を放す。

 右手の拳はツェンに握られたまま、どちらも押し合うような恰好。

 しかしどちらも深い笑みを浮かべている。



「なめた真似すんじゃねえぞ、こらぁ!」


「おっとお!」



 今度はツェンの右ストレートをラセツは左手で受け止めた。

 互いの拳を握る形。

 手四つのまま動くに動けない力比べ。



「なるほど、てめえもただの竜人族ドラグォールじゃねえなぁ! ここまでの力はないはずだ」


「てめえこそ鬼人族サイアンの域を超えてんだろ! どんな魔道具入れてんだ!? それとも魔法で改造されてんのか!?」


「物知りだなぁ! ああ、ボルボラの死体でも弄ったか! てめえらこそどんな強化してやがる! まだ手を出すなとは言われちゃいるが、やっぱ殺して持ち帰った方が早えよなあ!」


「ああん!? てめえごときに殺られるわけねえだろうが、殺るのはこっち―――」


「そこまでにしておけ」



!?


 そこで私含めた三人が、そばに居た気配・・に気付いた。

 お互いに集中しすぎて全然気づけなかった。


 ラセツの後ろに現れた鳥人族ハルピュイの男。

 多分、ツェンの報告にあったラセツと一緒に居たっていうヤツ。


 この場に【天庸】が二人……!

 私も起き上がらないと……!



「スィーリオ、今いいところなんだが!?」


「黙れラセツ。貴様は「手を出すな」と言われたのが理解出来ていないのか? 「殺すな」ではない。「接触するな」だ。それがどうしてこんな事態になっている?」


「情報集めるならこっちの方が早いだろうが!」


「早い遅いの問題ではない。盟主様の御意向の話しをしているのだ」


「チッ!」



 ラセツは舌打ち一つ、ツェンの手を放した。

 ツェンもまた攻めずに手を放し、距離をとる。

 私が寝ている現状、【天庸】二人相手は厳しいと見たのだろう。



「おい、んで結局何の用事で来やがった? あたしらの調査? 調べてどうする?」


「さあな。盟主様にとっては貴様らの主人が面白い素材に見えたのだろうよ」


「素材だと?」


「まあ興味が湧けば再び会いまみえる事もあるかもしれん。色々と立て込んでいるからすぐにとは言わんがな。話すのはその時にでもすればいいだろう。では邪魔したな」


「待ちやがれ!」


「帰るぞ、ラセツ」


「ああ、イブキによろしく言っておけや!」


「くそっ! ……じゃねえ! ネネ、大丈夫か! 遅れてすまん!」



 ううん、謝るのはこっち。

 私が先走ったあげくに足手まといになった。

 情けない、悔しい、申し訳ない。


 その後すぐに異変に気付いてキッチンから駆け付けたサリュの手で、私は回復した。

 それで身体は治っても、心にはまた傷が出来てしまった。


 ご主人様に出会う前のような心の傷。

 出来損ないの自分に俯くだけしか出来ない頃。

 せっかくご主人様が強くしてくれたのに……。



 ……いや、もうあんなにはならない。


 私は驕っていたんだ。強くなったと錯覚していた。

 どんな敵でも私の方が速いし、一撃で仕留められると思い込んでいた。

 ミーティアから聞いていたにも関わらず。


 私はまだ弱い。

 そしてまだ強くなれる。

 ご主人様が強くしてくれる。



 ちゃんと報告しよう。

 そうして私はトボトボと屋敷に戻ったのだ。



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