93:それは金貨で殴殺するかのごとく



■バルボッサ 虎人族ティーガル 男

■37歳 Aランククラン【獣の咆哮ビーストハウル】クランマスター



「なんなのださっきから! あの基人族ヒュームは!」


基人族ヒュームのくせにこちらの狙いの物を次から次へと! 不敬ざます!」


「あの魔法のレイピアは私が狙っていたんだぞ! おい! あの基人族ゴブリンから奪って来い!」


「旦那様、今この場で動くには観衆の目がありすぎます」


「おめおめと引き下がれと言うのか、スバセチャン!」



 ハゲネズミ様はご立腹です。


 一組で入れる五人という括りの中に、ハゲネズミ夫妻と執事さん、そして護衛隊長と俺。

 俺いらないだろ。オークションで案内役なんかいるか?

 不機嫌すぎるから極力近寄りたくないんだが。


 不機嫌な原因は、もちろん【黒の主】だ。

 もう何個競り落としたか分からねえ。

 聞いてたとおり、すげー財力だと感心するわ。



 このハゲネズミ公爵は武器のコレクターなんだよな。

 自分じゃ使えもしねーのに立派な武器を収集してやがる。

 これが税金やら汚い金で買われていると思うと獣帝国が心配になるばかりだ。


 もちろんハゲネズミもそこそこ競り落としている。

 名工が打ったミスリルソードだとか、バトルアクスだとか、大鎌なんてものもあった。

 だがそれらは【黒の主】が買おうとしなかったものだ。


 あいつらのクランに斧使いとか鎌使いなんていないし、全員ミスリル武器らしいから、今さら買おうとはしないんだろう。

 同じAランククランとしちゃ何とも羨ましい話しだ。


 そして【黒の主】が競りにいったやつは軒並み競り負けている。


 ハゲネズミはムキになって競りに行こうとするが、有能執事さんが「もうすぐ目当てのものが出ますのでそこへの資金の足しにしましょう」と落ち着かせている。


 この人いなかったらどうなってんのか分からねえ。

 少なくともオークション会場だろうが何だろうが【黒の主】に絡んでいるのは間違いない。



 そして今も【風撃の魔法レイピア】を競り負けて、激オコですわ。

 これでも一応公爵なんだが、ただの組合員がその予算上限を超えてくるって信じられないよな。

 引くところは引いてるっぽいから、ちゃんと予算を決めて計算しながら買ってるんだろうけど。


 ハゲネズミからすれば相手が組合員どうこうよりも基人族ヒューム相手に金で負けるってのが許せないんだろう。

 まぁ基人族ヒュームじゃなくても負けたら許さないんだろうけど、余計にってな。



「ええい! こうなれば最大の目玉商品、【魔剣イフリート】に全力を注ぐぞ! あの基人族ゴブリンも狙って来るだろうがこれは絶対にとる!」


「あの基人族ヒュームはこれまで大量に買いすぎざます! もはや資金は風前の灯火ざましょ!」


「ああ、それに引き換えこちらの資金は十分に余っている! 勝つに決まっている!」



 そうは思えないんだが……まぁ口は出せませんがね。



 ちなみに【風撃の魔法レイピア】はいわゆる【魔法剣】と言われるもの。

 一方【魔剣イフリート】は【魔剣】で、【魔法剣】とは違う。


 【魔法剣】って言うのは魔法伝達率が非常に高いとされるミスリル武器に魔石と術式を組み込んだもの。


 鍛冶師と錬金術師がどちらも高レベルでないと完成しない希少品だ。

 【風撃の魔法レイピア】は風魔法が使えるミスリルレイピアってことだろう、多分。

 いずれにせよ高価な物だが、人の手で作られた物には違いない。



 ところが【魔剣】って言うのは迷宮の宝魔法陣でしか手に入らない、完全迷宮産。

 <鑑定>しても名前以外は素材も作り方も何も分からないらしく、人の手で作ることは出来ない。

 当然、【魔法剣】よりもさらに高価で確実に国宝級と言えるもんだ。



 そんな【魔剣】が一本、今回のオークションで出品されている。

 最大の目玉商品だ。

 誰もが欲しがるに決まっている。

 もちろん【黒の主】も狙っているだろう。狙わない理由がない。


 ハゲネズミも【魔剣】さえ手に入れば機嫌は良くなるんだろうが……公爵家としてどれほどの金が積めるか。

 それに対して【黒の主】はどれほどの予算を持っているのか。

 他にもここまで静かな大商人も居る。他国の貴族も居る。

 かつてない競りになるだろう。


 ……個人的には使いもしないコレクターや転売屋どもより、ちゃんと戦闘に使いそうな【黒の主】にとって欲しいが。


 ……え? 俺のクラン?

 無理無理無理無理! 全員の貯金合わせたって競り合えるわけがねえって!



『さあいよいよ本日最後の目玉商品の登場です! こちらをご覧下さい! 禍々しさと優雅さを兼ね備えた赤黒い輝き! 【魔剣イフリート】です!』


『おおおおおおっ!!!』


「来たぞっ! これが私の求めていたものだっ!」


『サイズは大剣! <鑑定>は名称以外不能! 紛れもなく魔剣です! 事前の調査では魔力を込めて使用すれば刀身に炎を纏い、斬撃と同時に焼き斬る事が可能との事! まさに【炎の魔剣】と言える国宝級の逸品です!』


『おおおおおおっ!!!』


『皆さん是非とも競り合って頂きましょう! スタートは3000から!』



 最低入札額で3000かよ! とんでもねえな!

 それを聞いたハゲネズミはイの一番に札を上げる。



「10000!」


『おおおおっ!!!』


『おーっと! いきなり10000が出ました! さあさあ他には!』



 マナーも糞もなしにいきなりぶっこんだ。

 普通、適度に金額上げていくもんだろうに。

 まぁ周りへの脅しも含んでるんだろうけどな。

 自分が落とすから邪魔すんじゃねえぞって。

 だが……



『13000! 15000! 17000! 20000が出ました!』



 そんなもんに屈するやつがこの最終局面に残っちゃいねえってな。

 組合員で競ってるのは【黒の主】とメルクリオか。

 あとは大商人連中と他国の貴族かな。


 つーか、メルクリオも何個か競り落としてたはずなんだがな。

 さすがは魔導王国の第三王子。金持ちだねえ。

 個人的には頑張って欲しい。



「ぐぬぬ……30000だっ!!!」



 おいおい大丈夫か、ハゲネズミ。

 そんなに払って獣帝国の帝都まで帰れるのか?

 高級宿屋のスイート連泊できるのか?



『30000! 31000! 33000! 33500!』


「くそおおおおっ! 35000だ!」


『35000が出ました! おおっと! こちらは36000!』


「がっ……! がっ……!」



 うわぁ……さすがに見てるだけの俺でも冷や汗出てきたぞ。

 いくら魔剣だとは言え、剣一本にここまで出すものなのか。

 メルクリオも下りた。他国の貴族もだ。あとは【黒の主】と大商人か。



「さっ、37500ッ!」


「旦那様! そこまでで! そこまででお願いします! すでに想定の上限を超えています!」


「スバセチャン! 貴様、このままおめおめと引き下がれと言うのか!」


「一文無しになりますぞ! どうやって帝都まで帰ります! 帰れたところでどうやって家を回しますか!」


「下民どもから徴収すればよかろう! かき集めればどうとでもなるわ!」


「そのもないと言うのです! 奥方様! 本日から安宿になりますぞ! 夕食はパンとスープのみです!」


「んまあ! そんなの問題外ざます! ワインと砂糖菓子のない食事など考えられないざます!」


「旦那様! 奥方様もそう仰っておられます! どうかご一考を!」


「くそっ! くそくそくそっ!!!」



 ……大変だなぁ、執事さん。尊敬するよ。


 ともかくこれでハゲネズミは下り・・だな。

 ざまぁみろ。

 あとはこの超不機嫌な状態のまま会場を出てカオテッドから追い出せばミッションクリアかな。

 いやーさすがに心労が酷い。ゆっくり休みたいね。




■セイヤ・シンマ 基人族ヒューム 男

■23歳 転生者



『決まりましたーっ! 【魔剣イフリート】は40500で66番の方に決定ですっ!』


『うおおおおおおっ!!!』



 よしよし、五万くらいいくかと思ってたけど、案外楽勝だったな。

 とは言え、ここまで値上がりしたのは初めてだし、やっぱ魔剣ってのはすごいんだなぁ。

 性能を確かめたいところだ。



「じゃあイブキ、引き取りよろしく。お前の剣だからな」


「ハッ! ありがとうございますっ!」



 速攻で引き取りに行ったな。

 自分の武器だから嬉しいんだろう。

 喜んでもらえて俺も嬉しいね。


 俺は武器が最初から固定されてるからなぁ……そういう感動がないんだよな。



「さて、これで一応狙ったものはほとんどゲット出来たかな?」


「あとはシークレットがあると思いますが、数も品も不明ですからね。こちらはほぼ狙った買い物が出来たせいで資金もあまりないですし」


「逆に今まで買えなくて資金が余ってる人がシークレットは有利なんだろうな」



 事前の想定よりは安く買えているものも多いんだが、資金が減ってるのは確かだしな。

 これでシークレットで魔剣が実はもう一本! とか言われるとさすがに買えん。


 エメリーとそんな話しをしていると、ルンルンのイブキが帰ってきた。

 背中には特徴的な赤黒い柄頭と鍔を持つ大剣を背負っている。

 イブキの赤い髪と似合ってるな。



「おおおお! あれが魔剣か! 四万の!」


「いかつい剣にメイド服がなぜ合うのか……」


「えっ、あの剣メイドに持たせるのか!? 【黒の主】本人じゃなく!?」


「メイドの武器に四万かよ……さすが……」



 見られてるなー。騒がれてるなー。

 まぁどうせイブキが背負って迷宮行ったら組合で騒がれるから同じだけど。

 ん? 後ろのほうで騒いでるのはどっかの貴族か?

 どうでもいいか。



「ご主人様、ただいま戻りました」


「持ってみたか? 重さとかは大丈夫か?」


「はいっ! 以前のものより重いですが問題ないです! ありがとうございます!」


「なら良かった。今度試して慣れないとな」



 炎が出るならさすがに庭で訓練ってわけにはいかないだろう。

 迷宮で実戦訓練かな。


 そうこう言っていると舞台の壇上にまた司会の人が戻ってきた。



『さあ皆様、予定しておりました競売は全て終了いたしましたが、緊急入荷につきカタログに乗せられなかった商品がまだございます! その数三点! その三点をもって本日の競売は本当に終了となります! 皆様ラストチャンスです! 最後まで振るってご参加下さいませ!』


『うおおおおおっ!!!』



 おー、きたきた。やっぱシークレットあるんだな。

 あるかどうかも情報が出ないから分からないんだよ。

 買うかどうかは別として、ここまで来たら最後まで見ていきたいな。



『さあ、シークレット商品、一つ目はこちら! その名も【暗黒魔導の杖】! ロンディーヌ迷宮から入手された闇魔法に特化の杖でございます! 見た目の禍々しさがその性能を物語る逸品! もちろん呪いなどございません! スタートは400から!』



 買おう。



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