92:それは金貨を握りしめた殴り合いのごとく
■ドゴール
■42歳 Aランククラン【震源崩壊】クランマスター
『ではこちらのマジックテント、66番の方に決定です!』
「ぐおおお」
また競り負けた。
66番の札を上げている男……例の【黒の主】とか言うやつじゃ。
サロルートとメルクリオから聞いた時は半分くらい冗談かと思っておった。
じゃが蓋を開ければこの様。とても資金力で勝てる気がせん。
もちろんヤツが競りにいかない商品もたんとある。
防具など見向きもせんようだし、武器にしても上質のミスリル武器であっても札を上げん。
やつのメイドたちは全員ミスリル武器を使っているという噂は本当かもしれん。
にわかには信じがたいが……八歳の幼子とかいるみたいじゃし……。
ともあれ、ヤツが買う気がない商品が狙い目なのは間違いない。
しかし会場の空気がヤツに飲まれているのが問題じゃ。
つまりはわしと同じように「【黒の主】の狙っているものを競ったところでどうせ負ける。ならば狙わないものに全力をかけよう」という組合員が多いように感じるのじゃ。
従って、【黒の主】が競りにいかない商品ほど競りが熱くなる。
競り落とせるチャンスだと皆が目論んでおる。
もちろん【黒の主】が狙っていようが、そんなことは関係なく、どうしても欲しいという物もあるじゃろう。
参加している以上、全く競りにいかないなどありえない。
わしとて今のマジックテントは欲しかったから競った。
迷宮産の超高品質のテントは迷宮でも野営でも使える優れもの。
家を持ち運んでいるようなものじゃ。誰だって欲しがるじゃろう。
そんなわしと同じように買いたいからこそ競りに行く者もいれば、買う気がないのに競りに行くヤツもいる。
ここがオークションの醍醐味じゃな。
つまりは競ることで【黒の主】に余計に金を使わせ、資金力を減らし、後の商品を手に入れやすくする。
オークションは後半になるにつれて目玉商品が出て来るから、狙いはそういった品じゃろう。
じゃがそれは一歩間違えれば身の破滅。
競っている途中で【黒の主】が下りれば、買いたくもない商品の為に大金を出すはめになるのじゃからな。
相手がどこで下りるのかを探る、言わば心理戦のようなものじゃ。
『続いての商品はこちら! 今は亡き名工、ドルトニオ作の逸品! アダマンタイトプレートアーマー! 所有していた元組合員の遺品が本人の遺言により今回出品に至りました! この輝きをご覧ください、これはもう国宝級と言っても過言ではありません! 準備はよろしいでしょうか、500からスタートですっ!』
「おおっ! よしっ、あれは手に入れるぞ!」
■エメリー
■18歳 セイヤの奴隷(侍女長)
「今のところ順調だな」
「はい、想定していた上限より安く買えています」
「みんな後半の為に温存してるのかな」
ご主人様もホクホク顔で喜ばしいです。
どうやらご主人様が競りに行くとすぐに手を引く組合員の方が多いようで、私たちとしては助かっていますね。
しかし競ってくる人たちも当然います。
組合員だけでなく、見るからにお金持ちの商人や貴族の方々。
遠くに聞こえる言葉を拾うに、やはり「
まぁこちらはどうしても欲しいもの以外は、決めていた予算上限に近づいた段階で下りますので痛手はありません。
むしろ無理して競った相手が痛手ではないでしょうか。
私たちも口添えしたとは言え、決めた予算は相場より高いでしょうからね。
ご主人様は「手に入れるチャンスだから」とお金を惜しみません。
確実に相手方の予算上限より私たちの予算上限の方が上です。
「うーん、買う気がないものも多少競りにいったほうがいいのかな」
買う気がないのに、こちらの邪魔目的で競ってくる輩がいるからですね。
こちらに余計な金を使わせる為、そしてこちらの予算を計ろうというのでしょう。
私たちがどの品を求め、どれくらいの予算を定めているかを知ろうとしている。
それは後に出て来る目玉商品の為。
「本格的に競りにいかないのであれば、偽装という意味ではいいのかもしれません」
「しかしそれで買うはめになれば、それこそ損なのでは?」
「狙った商品を決めた予算で買うと、それだけで良いのではないかのう」
ご主人様もお悩みのようですが、結局は無駄に競りにいかないと決めたようです。
心理戦をするにしても結局は資金力勝負になりそうですしね。
はたしてこのホールの中に私たちの資金力に対抗できる人がいるのかどうか……怪しいところです。
『さあ続いての商品はこちら! ダンバー大迷宮から入手されたスキルオーブ! そのスキルは<空跳>です! 空中を足場にジャンプする事が可能になるという軽戦士垂涎のスキル! このスキルオーブ、スタートは200からっ!』
「ふふふ……本物」
「お、買うぞ。300!」
『はい、300が出ました! 350! 400! さあどうですか! 450! もう一声!』
スキルオーブはやはり人気ですね。
迷宮の宝魔法陣からしか出ませんし、それも滅多に出ない上に有用なスキルオーブが手に入るとも限りません。
やはりご主人様が競りにいっても下りずに競ってくる人が多いですね。
とは言えこの<空跳>のスキルオーブはご主人様自らの強化の為に購入を希望されているもの。
予算上限は他の商品よりも高いのですよ。
侍女に下賜される武器よりも上限が高いのは当たり前です。
『他にありませんか! はい、では2500で66番の方に決定です!』
「よしよし。イブキ、引き取り頼む」
「はっ」
結局予算上限の3000まで行かずに済みました。
オークションでない普通の商店などで売り出されれば2000といったところですから当然でしょう。
私たちは
ご主人様に指名されてイブキがホール脇の扉から別室へと行きます。
そこで競り落としたそばから売買が行われます。
あとでまとめて清算とした場合、お金が足りないなどで支払いが出来ない場合に問題ですからね。
一つの商品ごとに清算する規則になっています。
「ご主人様、戻りました。これを」
「ありがとう、ご苦労さん。さすがに今使うのはやめておくか」
「帰ってからの方がよろしいかと」
大金叩いて買ったものを、これ見よがしに今使うのはさすがに気が引けます。
他に手に入れた商品と合わせて、屋敷の皆に見せてからにしましょう。
『さあ続いての商品はこちら! 魔導王国の大錬金術師ハーキスが作り上げた逸品! その名も【震脈の杖】! エルダートレントの枝とグランドイーターの魔石を組み合わせた土魔法使い垂涎の杖です! 戦闘に使って良し、後に家宝になること間違いなし! さあではこちらは300からのスタートです!』
「ふふふ……劣化してる。中古? 魔石に少し傷がある」
「まじかー、どうしようか、フロロ用なんだけどなー」
アネモネの<看破の魔眼>は様々な複合スキルを持つ特殊な目です。
<真偽看破>や<魔法陣看破>、果ては<アイテム鑑定>のようなものまであります。
もちろんそれはご主人様が<カスタム>した結果であり、<鑑定>系の能力は魔眼と関係なく商人だった家柄もあるのかもしれませんが。
何にせよ、商品の状態まで分かるというのはありがたい。
遠目でこれが出来る商人がどれほどいるものなのでしょうか。
「無理して買わんでも良いぞ、ご主人様」
「アネモネ、あれは使ってすぐに壊れるようなものなのか?」
「性能に問題はない、です。魔法の行使威力が100だったのが90になっているくらい、です」
「それでも今のより全然上だよな」
「鉄とミスリルくらい、違います」
「よし買おう」
「すまんな、ご主人様」
買うようですね。
主催が迷宮組合という事もあって、それこそ偽物のようなものは出て来ませんが、全てが新品で最高品質というわけではありません。
と言うか、オークション初心者の私たちはそこまで考慮していませんでした。
やはりアネモネを連れて来て正解だったと言えるでしょう。
「杖であと出て来るのは【聖杖】だけか。それはサリュの為に買わなきゃいけないな。本当はアネモネとウェルシア用に【闇】と【風】の杖も欲しかったんだがなぁ」
「出品されていないですからね」
「まだシークレットに出て来る可能性もあります」
「む、無理しないで、大丈夫、です……ふふふ」
今使っている杖も一応北東区で買った高級品ですからね。
決して悪いものではありません。
今回は出品がないみたいなので諦めるしかないでしょう。
……しかし魔法主体の者は他にもいるはずなんですがね。
……ミーティアは弓が主体になったので置いておくとして。
……ええ、水魔法と土魔法が使えるポルが。
「あいつは
えっ、前衛になさるおつもりなんですか?
前衛過多だと思うのですが。
ご主人様、ポルの<カスタム>は魔法主体にしていましたよね?
「能力的には魔法主体だけど、あいつ鍬で攻撃したがるからなぁ。悩ましい。もういっそのこと杖に鍬の刃をつけてくれれば、魔法を撃てる鍬になるんじゃないかと。あ、それいいな。ジイナに相談してみようかな」
ご主人様、そこまでするならば魔法媒体を杖でなくアミュレットのようなものにすれば良いかと……。
いずれにせよジイナが遠い目をしそうな気がしますけどね……ご愁傷様です。
……シークレットで鍬とか出ませんかね?
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