88:メルクリオの訪問・前編
■セイヤ・シンマ
■23歳 転生者
朝食の席で、ふと、ドルチェを見ていて思った。
プリン作ろう、と。
「プリンとは何ですか?」
「卵とミルクを使った甘いデザートだな」
『デザート!』
さすがは女性陣、食いつきが良い。
砂糖が高価だから甘味なんてあまり口にしないからな。
特に甘味の経験があるだろう、ミーティアやウェルシアの反応が良い。
「しかしなぜドルチェで?」
「元いた世界の他国の言葉で『ドルチェ』は『デザート』って意味なんだよ」
「そうなのですか」
こっちじゃドルチェ=デザートって意味ないらしいけど。
というか名付けの理由とかドルチェに聞くのは躊躇われる。
両親の話しになりそうだしな。
ということで試しに作ってみて、大丈夫そうなら夕食の時にでも、となった。
バニラエッセンスとかないから、本当に卵と砂糖、ミルクだけ。
一応カラメルも挑戦し、蒸すのはシステムキッチンのオーブンを使う。
しかし調理器具が不十分なのと、俺の知識があやふやなので手探り感は否めない。
泡立てないように気を付けても「す」が入ったり、何個か試したけど硬かったり柔らかかったりと様々。
でもまぁ及第点と言えそうなものもある。
よし、これをみんなに食わせようか。
そう思っていた午後、珍しく来客があった。
「ご主人様、メルクリオ様がお見えです」
「メルクリオ?」
組合で少し話すけど家に来るのは初めてだな。どうしたんだろう。
とりあえずプリン作りをヒイノに任せて、応接室に向かう。
「お待たせした。ようこそいらっしゃい」
「お邪魔しているよ、セイヤ。中を見るのは初めてだが、なんともすごい家だね」
「王子様の実家に比べれば貧相なものだろう? というか外からは見ていたのか」
「そりゃそうさ。三軒隣りが僕ら【魔導の宝珠】のクランホームだからね」
「ええっ! 三軒隣りって……あの青い屋根のとこか」
「そうそう」
給仕として紅茶を運んで来たエメリーに顔を向ける。
どうやらエメリーも知らなかったらしい。
なんだ、ご近所さんかよ。
「知らなかったとは言え、挨拶もしないですまないな」
「構わないよ。この周辺はどこかの貴族の子飼い組合員か、大商人の邸宅ばかりなんだ。僕だって一応王族だから住めているようなものでね。純粋な組合員はセイヤたちくらいだよ。そのセイヤが下手に挨拶周りでもしたら余計に騒がれるだろう?」
「そう言って貰えると助かるよ」
ここら辺って立派な家は多いけどあまり人通りはないんだよな。
まだ空き家とかもあるっぽいし。
近所に誰が住んでるのとかもよく分かってない。
「ああ、そうそう、ヒイノのパンを買ってたんだって? 悪いな、こっちに引き込んじゃって」
「いやメイド姿の彼女を見た時は驚いたよ。まさかパン職人の彼女が【黒屋敷】に入るとは思わなかった。それと娘さんも」
「今はうちでさらに美味しいパンを作ってるぞ。帰りにお土産に持って行ってくれ」
「いいのかい? いやぁそれは嬉しい。来て良かったよ」
俺は給仕役として部屋の隅に立っているエメリーに指示を出す。
パンは窯で大量に焼いてるからな。
多めに持たせても大丈夫だろう。
「……あのパン屋の一件、【鴉爪団】が絡んでいたって本当かい?」
「……よく知ってるな。わざわざ好きなパン屋の為に調べたのか?」
「いや逆だよ。【鴉爪団】壊滅の情報を掴んで、そこにセイヤたちが絡んでるのを知ってから、彼女が【黒屋敷】に居るのを知った。つまりパン屋が潰れたのは【鴉爪団】のせいで、セイヤは何かしらの理由で【鴉爪団】を壊滅させ、彼女たちを保護した……と思ったんだが、どう?」
「お見事」
自分の予想が当たったからか、胸をなで下ろしたようにメルクリオは笑う。
と言うか、【鴉爪団】を壊滅させたのが俺たちだって知ってんだな。
まぁ目撃者も多いからしょうがないか。
ツェンが居るから知ってる人ならそれだけでも予想されそうだし。
「すごいじゃないか。【宵闇の森】を捕まえ、【鴉爪団】を壊滅させるなんて。どちらも巨大な闇組織だぞ」
「【宵闇の森】は迷宮連続殺人を捕らえたのがたまたま【宵闇の森】って連中だっただけだ。不可抗力だよ。それに別に壊滅させたわけじゃないから、今度はこっちが狙われるかもしれないし」
「……ふむ、ということは拠点を潰したのはやはりセイヤじゃないのか」
「……どういう事だ?」
【宵闇の森】の拠点が潰れた?
エメリーたちが捕まえた後、だよな。
「公にはなっていない。例の捕らえた連中から聞き出したカオテッドの拠点、南東区にあったアジトに衛兵が乗り込んだんだが、そこには構成員と思われる多くの惨殺遺体があるだけだったらしい」
「すでに拠点が潰されていたと?」
「ああ、金だけが奪われていたらしいが、どう見てもただの物盗りじゃない。相手が相手だしな。もしセイヤたちだったら死体も書類も奪っていくだろう?」
まぁそう言われると否定できない。
現に【鴉爪団】のアジトでは死体も食料も備品まで頂いたからな。
メルクリオはそれも知っているんだろう。
でも、そうしたら誰が【宵闇の森】に襲撃を?
アジトの構成員を皆殺しにしたってんならそれ相応の実力がないとダメだよな。
……ってそれが分からないから俺に確認してるのか。
「じゃあもう【宵闇の森】の襲撃に備える必要はないのかな」
「どうだろうね。アジトに居たので全てとは思えない。樹界国に本拠地があるだろうしね。そこがまた派遣してくるかも」
「うーん、陛下は何か情報持ってないかな……いや、今はそれどころじゃないか」
「君の言う″陛下″って言うのはディセリュート国王陛下の事かな? それともフューグリス陛下?」
「ディセリュート陛下……ってこれ言っていいのか? エメリー、ミーティア連れて来てくれ」
「かしこまりました」
「大丈夫だよ、僕が今日来た理由の一つはそこなんだ。大体の事情は知った上で来ているから」
「そうなのか。ただミーティアには一応居て貰おう。俺が勝手に話すのも何だしな」
「ふふっ、君はやっぱりおかしな主人だね」
主人だからって奴隷の家の事情を吹聴するのはどうもな。
と言っているうちに、応接室にミーティアがやって来た。
挨拶を交わしたのちに、俺の隣に座らせる。
エメリーが立っているのでミーティアも立つつもりだったらしいが、説明役だし相手がミーティアを知る第三王子様だからな。
そして樹界国のだいたいのあらましを伝える。
国の恥ではあるものの、他国にまで話しは漏れているだろうし、相手は魔導王国の王族だ。
【天庸】の一件もあるから話しておいたほうが良いだろうという事らしい。
とは言え、言えないところも多々ある。
例えば樹神から神器をもらって、神樹が休眠状態に入ったこととか、重税による各集落の様子、伐採された森の状況などなど。
逆に、宰相が逃げた事や【天庸】が逃げた事については、魔導王国にも情報共有しておかないと逃げ込まれた場合に困るので伝えておく。そこは国の恥どうこう言ってる場合ではない。
「なるほど。ミーティア様の心中お察しします」
「ありがとうございます、殿下」
「魔族の暗躍に神樹伐採計画……まさかそこまでの事態になっているとは……」
「お恥ずかしい話です」
「いえ、それでユーフィス様を殺害したのは【天庸】だったと?」
「ああ、【天庸十剣】の第六席のボルボラ、それと第九席の
「
「【天庸】は魔導王国の闇組織だって聞いたが何か知っているか?」
「その説明の為に来たようなものだ」
メルクリオは姿勢を正し、顔には真剣味が増す。
どうやらここからが本題らしい。
「僕が今日来たのはセイヤとミーティア様が樹界国の騒ぎを鎮めたと聞いたからだ。フューグリス殿による王位簒奪、サントール大司教の更迭、ユーフィス王女の『神樹の巫女』就任。国政が変わったことによる急激な国力低下。これは魔導王国にも流れていた情報だ」
「ああ」
「ところが最近入った情報ではそれが一夜にして元に戻ったと言う。そしてそれを為したのが追放されたはずのミーティア様と数名のメイド、そして
「俺の名前は出てないのか」
「名前が出なくても
メルクリオは「何を言ってるんだ」といった目で見て来る。
失礼なやつだ。
もしかしたら他の
「そしてその一件に【天庸】が絡んでいると聞いて飛んで来たのさ」
「魔導王国が指名手配しているからか?」
「それもあるが個人的な事情でね。先ほどミーティア様は『自国の恥』と言ったが、僕もこれから『自国の恥』を話す。すでにセイヤたちは関係者だから言うが、くれぐれも内密に頼む」
おいおい、魔導王国の秘密とかあんまり聞きたくないんだが。
俺はそんなに口が堅いタイプじゃないんだよ。
……喋る友達とかがいないだけで。悲しくなるな。
「僕は王位継承争いから逃げるために王都を離れ、組合員として活動している……と周知させているが、これは嘘だ。本当の目的はカオテッドで【天庸】の手掛かりを探すために組合員となっている」
……その嘘情報さえ知らなかったんだが?
要は第三王子自ら、暗部や衛兵めいた事をしてるって事か?
「なぜかと言うと、【天庸】のトップ、ヴェリオという錬金術師が……母の仇だからだ」
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