81:復讐の貴族子女
■ウェルシア・ベルトチーネ
■70歳
エクスマギア魔導王国は魔法と学問の国。
国内人口の四割を占める
いわゆる研究者や技術開発者、錬金術師などです。
中でも王都にある【王立魔導研究所】にはエリートが集まり、日夜魔法の研究に明け暮れ、世界最先端の魔道具などが開発されております。
魔導研究所と所属する研究員は我が国の宝と言っても過言ではありません。
少なからず魔法に興味を持つ者は、皆、魔導研究所で働くことを目指すのです。
ベルトチーネ家は魔導王国にて男爵位を授けられております。
領地もなしの法衣貴族です。末席と言ってもよいでしょう。
しかしながら当主である父は、魔導研究所で魔道具開発部門の主任を務めておりました。
研究所において貴族の序列は目安でしかありません。
爵位が低かろうが、優秀であれば管理職に就けるという事。
父は規律に厳しい人柄で、わたくしも貴族として厳しく躾けられたものです。
研究所においてもその性格は変わらないようで、民の為になる魔道具の開発、生活が豊かになるような魔道具の開発に力を入れていたそうです。
そんな父をわたくしは誇りに思っておりました。
しかし今から三年前、わたくしの人生は途端に急変しました。
その日、王都の馴染みのお店を訪れた帰りの事です。
馬車の御者をしていたわたくし付きの下男が、屋敷に近づいた時に騒ぎ出したのです。
「お、お嬢様! お屋敷が! お屋敷がっ!」
何事かと車内から顔を覗かせました。
わたくしの目に飛び込んできたのは、煙を上げる我が家……だったもの。
まるで大規模魔法でも撃ち込まれたかのように、わたくしの屋敷はただの瓦礫の山と化していたのです。
もちろん防犯装置もありますし、対魔法結界も備えています。
だというのに何が起きたのか、わたくしはしばらく茫然自失となりました。
屋敷の中にいた両親や使用人たちも、全てが死亡。
生き残ったのは、たまたま外出していたわたくしだけ。
身内も家も思い出も何もかもを失いました。
すぐに騎士団が駆け付け、原因の究明に当たりました。
そこでわたくしは、これが人為的な犯行によるものだと知ったのです。
魔法ではない物理的な”力”で屋敷が潰された……。
そしてその者の目撃情報も……。
わたくしは殺されたベルトチーネ家の一人娘という事で、国の機密情報を聞くことが出来ました。
事件の二年前、魔導研究所の一人の職員が罪を犯したそうです。
その職員は優秀な研究者だったそうですが、禁忌の魔法に手を出し、それを咎められたと。
当然研究所からの処罰だけでなく、国も乗り出す事態になりました。
しかし騎士団による逮捕の寸前、彼は逃げ出したそうです。
彼は脱出時に魔導研究所の研究素材や資料を盗み、また破壊し、魔導研究所に大損害を与えたそうです。
禁忌の魔法に手を出し、それを取り逃がし、権威である魔導研究所を破壊される。
これは国の恥であり、重要機密となったそうで、罪状を明らかにしないまま指名手配扱いになったそうです。
事情を知っていたであろう父からも聞かされたことのない情報でした。
父は厳格な人でしたから、たとえ家族と言えども話さなかったのでしょう。
それからその元研究員は国内のどこかに身を潜め、自らを罪に追いやった職員や国に対して報復行為のようなものを始めたそうです。
彼は自らの組織を【
時に国の重要拠点を、時に村や町を、時に研究所で彼を批判した職員を……。
おそらく父はその報復にあったのだろう、という話でした。
民の事を第一に考える厳格な父が、禁忌に手を出すような研究者と相容れるわけがありません。
しかし、ただそれだけで殺され、家ごと潰された。
わたくしはどうにも出来ない悲しみに、泣き崩れました。
男爵家の一人娘という事で、一応は国の保護下に入りました。
そして研究所の父の派閥などを利用し、その家に置かせてもらう生活が始まります。
家が男爵位と言えども、わたくし自身は何も持っていません。
ただ善意に甘えてお邪魔しているだけ、ただ悲しみに泣くだけの日々です。
しかしその家も転々とする事になります。
研究所の職員、貴族、誰もが【天庸】の報復を恐れているのです。
一度目をつけられたベルトチーネ家の娘を置きたがろうとは思いません。
国に何か言われるのが嫌だから、とりあえず保護はする。家にも置く。
だけれども長期間は勘弁して欲しい、と。
【天庸】に居場所がバレれば今度は自分たちが狙われるかもしれないのだから。
それは当たり前のことだと思います。
何よりわたくしはただの居候。何も言えることはありません。
そうして段々と国元から離れ、転々とし、最終的には奴隷として売られました。
わたくしを売ったのは貴族の末端も末端、借金まみれのダメ貴族です。
わたくしを引き取ってから売られるまでは早く、おそらく金にする前提で引き取ったのでしょう。
もちろん悔しい気持ちはあります。
しかしわたくしの怒りも悲しみも悔しさも、全ては【天庸】という者たちに向けられていました。
何も出来ないただの荷物のような、転々とした暮らしをする中、”復讐”の炎だけが募りました。
とは言え、今にして思えば、行動に移さずただ泣いて、成すがままに引き取られる生活を送っていたのですから、自分の事ながら呆れてしまいます。
”復讐"もただ思うだけの弱いもの。
本当に復讐を願うならば力を付けるように動くべきだったと後悔しています。
もはやわたくしは奴隷の身。
いくら悔しくても悲しくても、復讐する術などありません。
諦めなさいと自分自身に言い聞かせます。
しかし心の奥底では復讐の炎は燃え続けるのでしょう。
永遠に果たされない復讐を願い続けるのでしょう。
父に目を付けた元研究者。
彼が率いる【天庸】という犯罪者集団。
そして私の家を襲撃したという
♦
「すまん、そいつ俺が殺したわ、多分」
「えっ」
奴隷となり【ティサリーン商館】という所で身を置いてほんの数日。
わたくしは同じく奴隷であった
目の前には「私たちを買うかもしれない」という
貴族の好色道楽息子かと思いましたが
なんとも異様な人たちだと思いました。
わたくしも進んで買われたいわけではありません。
アピールしたいわけでもないので、奴隷になった経緯として色々と話しました。
わたくしを買うという事は【天庸】に狙われる可能性もあるという事。
それを理解すれば買おうとは思わないでしょう、と。
しかし予想外の返答に唖然となったのです。
「えーと、この部屋の天井くらいの背がある
「え、ええ、確かに指名手配犯の名前はボルボラという男だそうですが……」
「あーすまん、やっぱ俺が殺ったヤツだ。復讐させてやれなくなったわー」
「は、はぁ……」
わたくしが知る限りで、【天庸】として指名手配されているのは数名。
その中でもボルボラという男は、単騎で強引に攻め入り、文字通り標的を叩き潰すのだそうです。
そして派手な襲撃をしているにも関わらず、捕まえられない。
捕まえようとする衛兵や騎士団もまとめて潰すような凶悪な輩だと聞きます。
それを……え? ……こ、殺した?
い、いけません、デマかもしれません。
いえむしろ普通に考えればデマでしょう。
わたくしは腐っても貴族。
それなりの常識と教養はあると自負して―――
「ミーティア説明頼む」
「かしこまりました」
ミ、ミーティア姫様ぁぁっっ!?
ざざざ罪人!? 奴隷!? メイド!?
ナンデ!? ミーティアサマナンデ!?
混乱したわたくしが復調するまで時間を要しましたが、ともかくこの方はミーティア姫様に間違いなく、主人であるこの男性がボルボラという男を倒したのも間違いないようです。
ミーティア様の確定はティサリーンさんが、そしてそのミーティア様のお言葉で確信したような形です。
やはりこのお方は『女神の使徒』様なのでしょう。
ご本人はなぜか否定していますが、皆さん揃って左手の奴隷紋を見せて下さいましたし、ティサリーンさんもミーティア様も『女神の使徒』様だと仰います。
そしてわたくしは使徒様の奴隷に。
わたくしの左手にも女神様の紋様が入りました。
なんと満たされた気分でしょうか。
長らく忘れていた『幸せ』という感覚を思い出していきます。
けれど心の奥底には黒い炎が燃えたまま。
わたくしはこの醜い”復讐”の炎を抱えたままお仕えすることが出来るのでしょうか。
少しの不安を抱えたまま、奴隷商館を後にしたのです。
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