59:樹界国、ひたすら走れ、森の中
■ミーティア・ユグドラシア
■142歳 セイヤの奴隷 『日陰の樹人』
ポルを迎えたあの日の事を私は生涯忘れないでしょう。
私は奴隷となり国外追放となった。
『日陰の樹人』となり
もはや『神樹の巫女』とも『樹界国の
国を出て、神託を頼りにご主人様と出会い『女神の使徒の奴隷』となって、余計に過去との決別を図っていた所もあります。
もう私は樹界国の
国が不安だろうと、ご主人様を不安にさせ、巻き込むような事をしてはいけない。
もう私は『神樹の巫女』ではない。
樹神様を信奉しようと、かつての神託の通り、女神様とご主人様を上位に奉るべきだ。
無意識にそう言い聞かせていたのかもしれません。
だからこそポルの話しに動揺し、ご主人様のお言葉に涙を流したのでしょう。
『これから樹界国に向けての出撃準備をする。目的は樹界国新体制の崩壊。神樹と森、そして国民の保護だ。悪いが馬鹿な主人の我が儘に付き合ってもらうぞ』
ご主人様は私とポルの思いを汲んで下さいました。
他の誰が、たかが数人で国を相手取ろうと思うでしょうか。
思ったとして誰が実行できましょうか。
ご主人様は迷う素振りすら見せず、気後れする事もなく『攻め入る』と言いました。
理不尽に力で抗うために自分の力は存在している、と。
その力を我々や樹界国の為に振るって下さると、そう仰るのです。
『ミーティア、覚悟はあるのか? 「守る」という事を免罪符にして手を汚し、国を乱す覚悟はあるのか?』
―――何と重い言葉でしょうか。
かつて神託として伝えて来たどの言葉よりも重く感じます。
国の為、神樹の為、森の為に私は手を汚さなければならない。
ご主人様や仲間の皆を利用し、私の思いに協力して貰わないといけない。
私の背にかかる重い覚悟を、ご主人様は私ごと背負おうとして下さっている。
ならば私は何度でも覚悟を決めましょう。
いくらでも手を汚しましょう。
それは私がすべき事なのですから。
私が望んだことなのですから。
話し合いが終わり、すぐに準備に取り掛かりました。
神樹が伐られるタイムリミットがいつかは分かりません。
そしてどれほどの時間がかかるのかも分かりません。
ですので最速で行く必要があります。
屋敷で大量の料理を作らせ、同時に街中で出来合いの料理も買いこみます。
ポルにはティナの侍女服を着させ防御力を確保、同時に北東区で杖も購入し最低限の装備を整えました。
同じく北東区ではポーション類を大量に確保。
皆にそれぞれ指示を出し、準備を終わらせた頃には夜になっていました。
そしてそのまま出発。
朝になってからではないのかと皆から心配されましたが、ご主人様は「夜のうちに出る」と最初から決めていました。
理由の一つは私とポルが焦り、不安な顔をずっとしている事。
早く行かなければとご主人様は気遣って下さったのです。
奴隷として侍女として、恥ずかしいほどの大失態。
ただ頭を下げることしか出来ません。
もう一つの理由は、なるべく人目に付かずにカオテッドを離れる為です。
人員配置の際も仰っていましたが、ご主人様がカオテッドを離れるという事をあまり周知させたくない。
知られれば不逞の輩が悪さをしに来るかもしれない、それを危惧しての事です。
かくして私たち四人は夜逃げの如く、カオテッドを走り抜け、樹界国へと入りました。
走る速度は私に合わせて下さっています。
私が先頭でペースメイカー及び道案内。
後ろにご主人様とネネという身内最速の二人が付いて来てくれています。
しかし……
「ひゃああぁぁぁああ!! ご、ご主人様速いのですっ! こわ、怖いのですっ!」
「ポル、すまんが少し辛抱してくれ。なるべく休憩とるようにするから。しばらくは我慢だ」
「ひぃぃぃぃっ!!!」
私の速さが二人より遅いとは言え、ポルからすればかなりの速さだったようです。
ご主人様の背中で叫びながら必死で掴まっている様子が伺えます。
レベル上げもせず<カスタム>しても大して強くなれない状態でこんな目に会わせるのも心苦しいのですが、ポルには頑張ってもらわねばなりません。
……しかしご主人様の背中にしがみつくというポジションは少し羨ましいですね。
……あ、ネネもそんな目をしていますね。考えることは同じですか。
ポルの事もあり、私の体力の事もあり、休憩は少しずつ取りながら走っています。
しかし今回はその休憩ですら最小限です。
買い込んだポーションを使い体力を回復させ、高価な眠気覚ましポーションも使います。
連続して使いすぎると危険な代物ではありますが、今回は多用するつもりです。
これにより日中、夜間関係なく走り続けられます。
「普通にカオテッドから樹界国の王都……ユグドラシアだったか、そこへ行くにはどのくらい掛かるものなんだ?」
「馬車で行ったとして二十日ほど掛かります。このペースですと……五日から六日で着くかもしれません」
「そんなもんか。まぁしょうがないか」
ご主人様はご不満のようですが、尋常な速さではありません。
目指す王都、そして神樹は樹界国の中央にあります。
国の中央に神樹があり、その周りを『聖域の森』に囲まれています。
森の端に隣接するように『王都ユグドラシア』があるのです。
樹界国の北西の端に位置するカオテッドからは相当の距離を走らなければなりません。
通常ならば街道を行き、途中の村や街に寄り……となるのですが所々、森や山を抜けショートカット出来る所はしていくといった道のりで進みます。
これは速さを意識してもそうなのですが、同時に魔物を倒し、ポルのレベルも上げたいという意図もあります。
「ひぃぃぃっ! ご、ご主人様っ! お、狼がっ! 魔物がっ!」
「おう、心配するな。ポルは見てるだけでいい。ネネが全部片付ける」
「ん……だいじょぶ」
ほとんどネネが瞬殺し、時々ご主人様の<飛刃>が出るくらいです。
私は走るのみですし、ポルはしがみつくだけで終わります。
そして得られたCPをどんどんポルに使っていきます。
さすがに一緒に走るほどの【敏捷】は得られませんが、とりあえず【体力】を重点的に上げるそうです。
あの様子だとしがみついてるだけで疲れそうですからね。
そうして進むことしばし。
ある程度ポルが慣れて来たところで、休憩時にご主人様が聞きました。
「ポルの村はどこら辺なんだ?」
「真っすぐ王都へと向かうルートからは少し外れます。二日は掛かりませんが、一日は多く掛かると思います」
「そうか。ポルはどうしたい? 様子を見に行きたいか?」
「え、えっと、行きたいです、けど……急いで王都に行くんじゃないです?」
「ミーティアはどうだ?」
「ここまで想定より速いのは確かです。タイムリミットを知るためにもどこかで情報収集するのも必要かと」
「じゃあ一度ポルの村に向かおう」
「あ、ありがどうございますですっ!」
私たちはほとんど村や街に寄らずに進むことを想定しています。
それは時間的な事もそうですが、何より目立ちますし、私の存在が兄や姉の手の者に知られないとも限りません。
なので寄るにしても大きな街は避けるべき。
それこそポルの村のように、小さな集落を様子見がてら寄るくらいのつもりでいます。
重税がどのように他種族を苦しめているのかも気になります。
さすがに集落を視察して回るほどの時間はありませんが、通り道にある集落を遠目に見るくらいはしたいと個人的には思っています。
ポルの村に行くまでには何個か他種族の集落があったはず。
潰されていなければ良いのですが……。
『神樹の巫女』となる為に必死に勉強した樹界国の地理。
それがまさかこんな形で活きるとは思いませんでした。
そのおかげで集落の場所も、そこまでの道案内も出来る。
益体もない事を考えながら私はただ走ります。
ひたすらに集落を、王都を目指します。
何本目かのポーションを飲みながら。
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