04:創世の女神の気まぐれ



■ウェヌサリーゼ 創世の女神



 ―――世界は退屈で満ちている。


 今まで数多の世界を創造してきた。

 幾度となく生まれ、幾度となく滅びてきた。

 それを繰り返すのが私の意義。日常。そして娯楽。


 生まれて百年足らずで滅びる世界を見るのは楽しい。

 長い年月を経て急成長を遂げる世界も良い。

 何が切っ掛けで変化が起きるのか、私でさえも知りえない未来は時に最高の娯楽となる。


 しかし何万年と変化のない世界は退屈だ。

 その世界が何のために生まれたのか、生んだ私でさえ疑問に感じる。

 つい、手を加えたくなってしまう。

 凪の水面に何かを落とし、波紋を広げたくなってしまう。


 基本的に手を加えないというのは私が決めたルールであり、それを私が破るのは容易い。

 ただ手を加えないまま変化が起きた時、楽しく感じるが故、手を加えないでおくに過ぎない。

 変化のない世界に手を加えるか加えないか、逡巡している時間もまた楽しい。

 未来は誰にも分からないのだから。



 とある急成長を遂げた世界に面白い人間を見つけた。

 その世界の中でも格別、神への意識が低い地域。

 神を否定する事は冒涜ではない。見ていて愉しいものだ。

 そんな私の存在どころか、神自体を信じない稀有な地域の一人の男。


 その男は極端な両面を同時に有していた。

 聖と邪、善と悪、謙虚と傲慢、そういったものが共立している。

 普通の人間はどちらかに偏っていたり、時と場合により傾けたりするものだが、この男は同時に並立・・・・・していた。

 なんと美しく醜い魂か。


 私は即座にそれ・・を手にした。





「…………えっ、なんだここ? なにがどうなった?」


「セイヤ・シンマ。貴方は死にました」


「えっ? は?」


「私はウェヌサリーゼ。創世の女神です。これから貴方を別世界【アイロス】へと転生させます」


「……は? いや、あの」


「まずは貴方に最低限の【アイロス】の知識を授けましょう」


「いや、話しを聞けぎゃあああああああ!!!」



 【アイロス】という世界の知識、言語はもちろん、最低限ではあるが文化や歴史、種族や地域性などを魂に刻み付ける。

 いちいち説明していたらキリがない。

 本来痛みを感じない魂の状態でこれなのだから、肉体を持った状態で知識を入れれば容易く死ぬだろう。

 それでは困るから、今のうちに刻む。



「はあっ、はあっ、はあっ、くそっ! なにしやがんだ……!」


「次にスキルと呼ばれる能力を授けます」


「とことん話しを聞かないヤツだな!」


「……なるほど【地球】という世界は魔法がないのでしたね。しかし【生活魔法】くらいは使えるようにしておきましょう。それと【インベントリ】も授けます」


「いっ……ぐあああっっ!!! い、いきなり過ぎるの何とかしろ! おい!」



 魔法適正が全くないとは困ったものだ。

 しかし簡単に死なれるとつまらないので最低限の【生活魔法】と【インベントリ】は授けよう。

【インベントリ】は【アイロス】にはないようだが同じような魔道具があるようなので問題ないだろう。


 とは言え、これだけではすぐに死ぬかもしれない。

 私は目の前に数千枚のカードを出し、その中の一枚を選んだ。

 このカードの良し悪しでこの男の運命が決まるのかと思うと非常に楽しい。



「……【カスタム】ですか。ではこれも」


「おい、今適当に選んだだろぎゃあああああ!!!」



 なかなか面白いスキルが選ばれたものだ。

 これで使い方を覚えれば多少は長生きしてくれる事だろう。

 すぐに死んでしまうとつまらないから。



「武器は何がいいですか?」


「はあっ、はあっ…………銃」


「却下します。【アイロス】に相応しくありません」


「知ってるよ! 魔物が出て来て剣と魔法で戦ってるんだろうが! 魔法は使えねえし剣なんか持った事ねえんだよ!……はぁ、はぁ……じゃあ刀で」


「……刀も存在しませんがまあいいでしょう。では刀を授けます。【剣術】スキルも授けておきます」


「ぎゃああああ!!!」



 私は刀を創造し、男の腰に装着させた。

 刀を打つ知識は【アイロス】にはないが、大別すれば剣は剣。許容範囲内だろう。


 さて、とりあえず持たせるものは持たせた。

 あとは実践か。

 私は男を【アイロス】の地に下ろす。



「…………はっ! 森!? なんなんだ、次から次に……」


『ここが【アイロス】です』


「うおっ! お前まだ居たのか!」


『顕現は出来ませんので、言葉のみで案内します。貴方は知識とスキルを得ましたが使えるようになっているわけではありません。″知っている″と″使える″は違いますから』


「はぁ……問答無用でチュートリアルが始まるわけだな」


『左前方からゴブリンが現れます。まずは殺して下さい』


「解説なしで戦闘かよ! ふざけん……うおっ! マジで来た!」



 その初戦闘は、それはそれは見るに堪えない、およそ戦いとは呼べないものだった。

 せっかく刀を授け、剣術スキルを授けたのに、逃げ惑ったあげくに破れかぶれで放った一閃がどうにかゴブリンに届いたといった様子。

 いくら戦いのない地域で育っていたとしてもここまで戦えないものだとは、少々誤算だと感じる。



『やっと終わりましたか。今の感想は?』


「はあっ、はあっ、と、とりあえず服と靴の汚れを何とかしたい」



 意外な答えだ。やはり面白い。

 てっきり「弱いからステータスを上げてくれ」だとか「水が欲しい」だとか「回復魔法が欲しい」だとか言うものだと思っていたら、服が汚れるのが気に喰わないと。



「こっちは喪服に革靴だぞ!? 土の上を走り回るなんて想定されてねえんだよ! 見ろ! 革靴とスラックスだけじゃねえ! 新品のコートまで泥だらけじゃねえか! ふざけんな!」


『生活魔法の<洗浄>を使えばいいでしょう。いい機会ですから使ってみなさい』


「ん? ……こうか? <洗浄>……おお! すげえ!」



 この男は魔物への恐怖や戦闘に対する忌避感よりも己が清潔である事の方が重要なのか。

 非常に興味深い。



『『カスタム』と言ってみて下さい』


「は? <カスタム>? うおっ! なんだこれ!」


『カスタムスキル専用のカスタムウィンドウです。右下に【CP】の表示がありますね?』


「ああ」


『現在、ゴブリンを一匹倒したので【1CP】となっています。この【CP】を振り分ける事で貴方のステータスなどが上昇します』


「ほう、じゃあ『敏捷』を【3】から【4】にするか」



 これもまた意外。

 死ぬ事を恐れるならば『防御』か『HP』、早く倒したいと願うのなら『攻撃』に振るかと思っていた。

 それをこの男はまず『敏捷』から上げた。



『カスタムスキルの内容自体は知識として入っているはずです。実際の使い方は分かりましたね? これから戦闘を経験しつつ、適宜自分を強くしていって下さい』


「適宜ってまた適当な―――」


『では次の戦いを始めます。右前方からゴブリンが二体』


「ちょ、もう!? 早くないか!?」


『次は<剣術>スキルを意識して使ってみて下さい』


「あああっ! 話しを聞かないやつめ! くそっ! やってやるよ!」 



 こうして何度も何度も戦闘を続けさせる。

 ゴブリンの巣でゴブリンキングを含む百体ばかりを殺させたところで、多少は戦えるようになった。

 スキルの使い方も戦い方も、とりあえず死なない程度には覚えただろう。



『さて、私の案内はここまでとします』


「ぜえっ、ぜえっ、や、やっと終わりか……」


『これから貴方は別地方に召喚されます。まずは召喚主の蛙人族トーディオを殺しなさい』


「は?」


『召喚場所である建物には物資があります。それを持って旅をすると良いでしょう』


「え、何言ってんだ? 蛙人族トーディオってあれだよな? 蛙頭の獣人みたいな……一応『ヒト』扱いなんじゃ―――」


『近くに奴隷が二匹います。彼女らを貴方の奴隷としなさい。協力者となり知識の補完ができます』


「は? 奴隷? いやちょっと待t」


『何も問題ありません。メイドハーレムは貴方の願望でしょう?』


「て、てめえ、なんで俺の好みを……じゃねえ! 俺が好きなのは″侍女″だ! 断じて″メイド″じゃねえ! いいか!? 侍女って言うのはな……ああっ! なんだよ、この光は! もう時間切れか! くそっ、覚えてろゴミ女神が!」



 騒がしい男はそのまま召喚の光に消えていった。

 さて、後は見守るとしよう。


 この世界にとっての異物・・

 はたして彼は英雄となるか魔王となるか。

 ここまでやってすぐに死んだら、それはそれで面白いかもしれない。


 何万年と停滞する凪の水面に、今、波紋が広がった。

 これで少しは退屈から逃れられるだろうか。


 ―――踊れ、駒は駒らしく。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る