03:角折れの鬼人



■イブキ 鬼人族サイアン 女

■19歳 奴隷



 角の折れた鬼人族サイアンに居場所はない。

 力を削がれた鬼人族サイアンは力を奉ずる集落において異物。

 故に私は集落を出た。


 腕っぷししか能のない私は他種族の街や国を頼り、傭兵となって日銭を稼いだ。

 角は折れても強靭な肉体は残っている。

 街道に出て来る魔物くらいは問題ない。

 そうして流れの傭兵となり点々とする。


 故郷を離れ、旅を続ける日々はとても苦しく、時に会う同族からも嫌味を言われる事もある。

 私とて好きで角を折ったわけでもなく、好きで集落を離れたわけではない。

 当然悔しく、怒りを覚える事もあった。


 だが旅の中で嬉しい事もある。

 狭い集落では気付けなかった広い世界は、新しい発見に溢れている。


 私は多肢族リームズの集落でエメリーという同年代の友を見つけた。

 片や流れの傭兵、片や族長に仕えるメイド。

 種族は違えど同年代の同性、妙に気が合った。

 私は力を持たない多肢族リームズの代わりに剣となり盾となろう、そう思っていたのだ。


 ……あの山賊の襲撃があるまでは。


 集落の民は皆殺し、私とエメリーは捕らえられ、蛙人族トーディオの貴族に売られた。

 そして召喚される悪魔の餌にされると言う。

 なんと情けない人生なのか。

 怒りや悔しさはもちろんある。しかしまず最初に感じたのは己の不甲斐なさだった。


 集落を守るのは、エメリーを守るのは私だったはずだ。

 武器を振るえない弱者に代わり、武器を振るうしか能のない私が剣となり盾となるはずだった。

 それがどうだ。

 民は殺され、私はおめおめと生き残り、今、エメリーまでが悪魔の餌になろうとしている。

 こんな情けないまま私の人生は終わるのか、奴隷契約により抑えられた感情の底で、私は嘆いた。



 しかして、その感情はすぐに晴らされた。


 魔法陣より現れたのは弱者たる基人族ヒュームの男。

 召喚によって攻撃性が縛られているはずのその男が蛙人族トーディオの首をはねたのだ。


 奴隷契約の解放はすぐに実感できた。

 その安堵感や嬉しさ、今までの怒りや悲しみ、様々なものがこみ上げる。

 エメリーと抱き合いそれを共有しあった。


 だが、それより先に私に訪れた感情は感動・・であった。


 男の放った細身の剣による剣戟、おそらく『居合い』と呼ばれるものだろう。その剣技の鋭さ、美しさに目を奪われたのだ。

 力まかせに振るう鬼人族サイアンではまず見られない剣戟。

 技術なのか才能なのか分からないが、それはまるで流水のような透き通る滑らかさを一瞬のうちに有していた。


 しかも、それを放ったのが基人族ヒュームという事実。

 弱く戦えないはずの基人族ヒュームが、剣の達人とも言えるような剣戟を放った。

 そこに私は角の折れた鬼人族サイアンとしての未来を見た気がしたのだ。

 力を削がれて終わりではない。削がれて尚、力を得る事は出来る。

 そう言われた気がしたのだ。



 抱き合う私とエメリーの元へ、基人族ヒュームの男が近づいてきた。

 いきなり召喚主を斬り殺した男だ。本来ならば警戒に値するだろう。

 しかし私もエメリーも、なぜか彼を避けるような事はしなかった。

 普通に話しかけられて、普通に対応してしまった。まるでそれが異常ではない・・・・・かのように。



「とりあえず俺はここを出るつもりだが、君たちはどうする? 出来れば協力してくれると助かるんだが」



 たった今召喚されて蛙人族トーディオの貴族の首をはねたとは思えない、柔らかな自然体。

 しかし基人族ヒュームとしての弱さを感じさせない口調でそう問われた。

 何も悪い気がしない。むしろ私もエメリーも好意しかない。不思議な感覚だ。


 それはそうだろうとも思うのだ。

 我々を奴隷契約から解放した男。死の寸前から救った男。そしてあの美しい剣戟を見せた男だ。

 それが基人族ヒュームだろうと敬意に値すると。


 だからエメリーが発した言葉に私も同じ気持ちだと頷いたのだ。



「承知しました。そしてどうぞ私を貴方様の奴隷にして下さい」


「…………えっ」



 男はいきなりの事に面食らったようだったが、エメリーは、そして同調した私も思いは同じだった。

 契約は破棄されても奴隷紋は残り続ける。

 どこへ行っても奴隷の扱いを受けるのならば、我々を救ってくれたこの男を我が主人としたい。

 それは生涯を奴隷として生きる諦めのような感情ではなく、希望を抱いてのものだった。


 エメリーはメイドとして働いていたのでお役に立てる、私は戦闘面でお役に立ちたい、そう言った。

 しばらく黙り込んだ男は、納得したように私たちの「ご主人様」となった。



「契約する前に言っておくが、俺が求めるのは『奴隷』ではない。共に歩む『仲間』であり、共に戦う『戦力』であり、世話をする『侍女』だ。もちろん適性もあるだろうし無理強いはさせないが、最低限俺が教え、鍛えるつもりだ。そして互いに教え合うような間柄となるだろう。おそらくこの世界の『奴隷』とは違う関係性のものになるだろうが、それでも構わないのか?」



 すでに色々と分からない事態となっているのだが、基人族ヒュームが召喚され素晴らしい剣技をもって蛙人族トーディオを倒したという事実は変わらない。

 私とエメリーは即座に答えた。かしこまりました、と。


 ご主人様は「この世界の」と言った。

 やはり別の世界から召喚されたという事だ。

 だからこそ強い基人族ヒュームであり、召喚されても尚攻撃を仕掛けられる何か・・を有していたのだろう。

 そしてだからこそ『奴隷』に対して異なった解釈を持っているのだろう。


 それは少しした後にご主人様の口から明かされる事になる。

 予想は確かな真実であり、予想以上の存在であったと。



 私とエメリーはご主人様の後に続き、地下室を出た。

 すぐにこの施設から逃げるのかと思ったらそうではないらしい。



「とりあえずここの物を回収していく。一文無しじゃ話しにならんしな」



 まるで強盗のような物言いだが、確かにご主人様の言うとおりだ。

 奴隷二人と召喚されたばかりのご主人様、何も持たずに逃げたところでのたれ死ぬだけだ。

 幸い、ここの主人である蛙人族トーディオの男はもう居ない。

 残っているのは少数の護衛・衛兵のみだ。

 やはり禁忌の召喚を行うとあって、蛙人族トーディオの男も最低限の者以外は排除したのだろう。


 地下から上がるところに居た護衛はご主人様が迅速に斬り伏せた。

 異変に気付いた衛兵も次々に斬られて行く。

 暴虐的な行いであるのに、なぜだろうか、私もエメリーもそれを行うご主人様をどこか誇らしく思ったのだ。

 蛙人族トーディオの部下たちを『悪』と見なしているのだろうか。『敵の一味』と見なして正義気取りになっているのだろうか。


 そんな事を思いながらご主人様に付いて行く。

 衛兵の管理室から武器や防具を次々に収納していく。

 二階に上がり、いつもは居るのであろうメイドの部屋から予備の衣服を大量に取り込み、蛙人族トーディオの部屋だろう主寝室から金目のものをあるだけ持ち去る。


 そう、収納しているのだ。

 私はご主人様がマジックバッグのような魔道具を使っているのかと思ったら、どうも違うらしい。

 なんでも<インベントリ>というスキルだと言うのだ。そんなものは聞いたことがない。

 おそらく召喚前の別世界で使われていたスキルなのだろう。


 と、そう思っていたがどうやらそれも違うらしい、というのをこれも後で知る事になる。



「とりあえず貫頭衣のままではダメだ。侍女服があったからこれに着替えろ。……エメリーは着れるのか、これ」


「はい。脇の部分に穴を開ければ問題ありません」


「イブキはサイズ的にこれが一番大きいと思うんだが」


「はい、ありがとうございます」



 背丈のある私にも気を遣って頂く。

 そして四腕のエメリーにもだ。多肢族リームズ用の衣服などそうそうあるわけがないので、しょうがない事ではあるのだが。



「武器も一応持っておけ。イブキは戦えるんだろ? 普段の獲物は何だ」


「はい、出来れば大剣をお借りしたいと思います」


「護衛が持ってた間に合わせだけど我慢してくれ。それとエメリーも一応自衛の為に持っておけ。盾とショートソードでいいか」


「はい。私は武器を振るったことがないので何でも」


多肢族リームズは戦闘自体が出来ない種族だったか。安心しろ、後で戦えるように<カスタム>する」


「えっ……は、はい」



 それもまた後に知るのだが、その時は何を仰っているのか理解できなかった。

 ただでさえ多肢族リームズの戦闘能力は皆無な上にエメリーは武器を持ったことすらないのだ。

 しかしご主人様は戦えるようにすると言う。

 おそらく特訓を施して最低限の護身術を身につけさせるのだろう、そう思っていたのだ。

 それは大きな勘違いであったのだが。



 護衛や衛兵を全滅させ、金品や物資を奪い、建屋を出る。そこは森の中だ。

 ここから森を抜け、山を下り、街を目指すことになる。

 その道中「やっとまともに話せるな」とご主人様は私たちに詳しい事情を教えて下さった。



「簡単に言えば俺は住んでいた世界で死に、そこを『創世の女神』とか言うヤツに拉致られた。こっちに有無を言わせず転生させるって話になってな、知識やらスキルやら詰め込まれて、この世界に降り立ったんだ」


「そ、創世の女神とは……」


「ま、まさか『創世の女神ウェヌサリーゼ』様……ですか?」


「ああ、そんな名前だったな。ともかくそいつに言われるがままに戦い方やらスキルの使い方やら無理矢理教え込まれてな、最終的には『これから召喚されるから近くに居る蛙を殺せ』だの『お前らを奴隷にしろ』だの『金品を漁れ』だの……とんでもない初心者講習・・・・・だったよ」



 大きく溜息をつくご主人様の後ろで、私とエメリーは言葉を失っていた。

 つまり、ご主人様は『創世の女神ウェヌサリーゼの使徒』であると。

 私たちを奴隷として認めて下さったのも、建屋を物色したのも、全ては天啓によるものだったと、そう言うのだ。


 私は鬼人族サイアンの集落に居た頃から『正義の神アンディロ』と『戦神ブルロイ』に祈る事しかしなかった。

 エメリーも『豊穣の神エルトフィール』や『手工の神ロンジィ』が祈る対象だったはずだ。

 今や『創世の女神ウェヌサリーゼ』を奉ずる創世教も、名前こそ知られているものの主教となっているのはごく一部のみ。


 それでも私たちは『創世の女神ウェヌサリーゼ』に祈らずにはいられない。

 我々を助けて下さりありがとうございます、ご主人様と引き合わせて下さった事に感謝いたします、と。



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