第52話
声のに視線を向けると、彼女がひょこっと顔を覗かせていた。
訓練帰りなのか、額にはうっすらと汗が滲んでいる。彼女の髪が肩にかかり、頬を紅潮させている姿はいつもより活き活きとして見えた。
「終わったよ。訓練はもういいのか?」
「ええ、それにしてもフィーリア様が来るなんて……何かあったの?」
「フィーリア様が来てたの知っているのか?」
かなり急な来訪だったが、どこかで見ていたのだろうか?
あるいは使用人から聞いたのかもしれない。
「ええ、匂いで」
普通の思考をした俺が馬鹿だった。
リームはにこりと微笑みながら、ふわりとした足取りで部屋へ入ってきた。
「それで、どうしたの? 随分と悩んでいるように見えるわ」
「……まあ、そうだな。ルルティア学園への入学を勧められてな」
「え? 凄いわね」
凄いというが、リームだってゲーム本編では入学していた。
その理由は、学園に入学している間は、それを理由に俺との婚約者の関係も濁せると思ったからだ。
まあ、その間にリームの父が亡くなったり、そもそもレイスくんが貴族じゃなくなったりと色々あったわけだが。
リームは凄いと喜んでいるが、彼女は自力で合格するだけの実力を持っているわけだ。
「まあ凄い学園ではあるんだけどな。……あそこにはあまり行きたくなくてな」
「どうしてかしら? ルルティア学園といえば、卒業できるだけでも光栄なことではないの?」
……まあ、そうだな。最近は実力的に少し問題のある生徒も増えてしまっていて、昔ほどのエリート揃いではないというのが原作ルルティア学園の設定だが、それでもやはり名誉なことだ。
俺だってそこの卒業生という肩書きが手に入るのなら、ほしいものだ。どこかしらで役立つこともあるだろうし。
問題はそこじゃないんだよなぁ。
……さすがにゲームがどうたらという話までをするつもりはないが、リームは……婚約者だしな。
俺としては、ゲームの設定の延長で彼女とは今の関係があるわけで、距離感についてはいまいち頭を悩ませている部分でもあるが、相談はしておくか。
「ちょっとばかりその……お告げというかなんというか。あんまり良くないことが起こるかもしれないって思ってな」
「それは前のスタンピードのときみたいなちょっとした未来予知みたいなものかしら?」
「そうだな」
さすがに、それを聞いたリームとしては少し心配そうである。
「……でも、フィーリア様からのお願いだと断るのも大変よね。色々してもらっているし」
「そうだな。……まあ、断るつもりはなくてな。もっと強くなればどうにかなるから、気にしないでくれ。そういうわけで、しばらく俺は学園に向かうわけで……リームとは会えなくなるかもしれないわけだが――」
「私も同行することはできないの?」
リームからの意外な申し出だ。
「来るのか?」
「ええ、あなたの婚約者として。……あなたの、未来の妻として。あなたが危機に頭を突っ込むというのなら、協力したいわ」
彼女は自身の胸に手を当て、微笑とともにこちらを見てくる。
「……リーム。………………本音は?」
「毎日のすーはーができないなんて、嫌よ!」
「……」
「冗談よ? 心配なのは本心よ?」
まあ、それは……分かってるよ。
そこまで素直に言われると俺としては少し照れくさいのだが、リームは気にした様子はなさそうだ。
「推薦枠が余っているか、確認してみる。まあ、最悪は俺の従者という形で同行してもらうこともできるはずだ」
ゲーム本編でも従者を連れていた貴族の姿もあった。
できないことはないはずだ。
「ええ、それで構わないわ。……レイスと一緒の学園生活なんて、楽しみね」
「……そんなにか?」
「私、ちょっとした夢だったもの。……学園で、その恋愛とか楽しむの」
リームは恥ずかしそうにしながら、素直にそういってきた。
……そういえば、ゲーム本編でもそんなこと言っていたかも。
『学園入学を決めた理由は、色々とあるけど……ちょっと学園生活を楽しんでみたかった』とか。
あの言葉の真意は、こういう意味もあるのかもしれない。
そう考えると……学園入学に対しての後ろ向きな考えも減っていく。
リームが楽しいのなら……まあ、いいか。
彼女のその様子に、俺も少しだけ頬が緩む。
自分の破滅フラグを回避するために、全力を出すのはもちろんだが……俺ももう少し学園生活を楽しむ余裕を持ってもいいかもな。
「じゃあ、学園でもよろしくな」
「ええ、任せて。あなたの匂い……必ず守るわ」
俺の身も守ってください。
そう自信満々に言い切るリームに、苦笑を返した。
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