第46話


 まっすぐにこちらへと向かってきた一撃を、俺は跳んでかわす。即座にパラディンハンターが迫り、かわした俺へと蹴りを放ってくる。

 ――速い。

 速度には自信があったのだが、パラディンハンターは俺の想像を超えるほどのものだ。


 パラディンハンターはそのまま槍を掴むと同時、一気にこちらへと迫ってくる。

 ……最初に放ったあの遠距離攻撃は、もう使ってこない、か。

 そうだよな。あれは、ゲーム本編でも開幕に必ず放つ即死攻撃だった。


 ……主人公たちはHP1で耐えていたのだが、あんなものくらったら体真っ二つになるっての。

 地面を蹴ると、一瞬で迫ってくる。そこから繰り出されたパラディンハンターの一撃は、セイントブレイクだ。

 槍の先に黒い光が集まり、周囲広範囲を薙ぎ払う一撃。


 だが、俺はその攻撃の範囲を完全に見切り、ぎりぎり当たらない寸前まで引き付けてから、踏み込んだ。

 一閃。俺のミスリルナイフとグラディウスがパラディンハンターの体を斬りつけると、パラディンハンターは即座に後退する。


 頑丈な鎧に傷をつける程度だが、ダメージを与えた。パラディンハンターはじとり、とこちらを睨んでくる

 俺はミスリルナイフとグラディウスで、槍を捌いていく。


 一撃一撃が重く、それが絶え間なく繰り出されていく。

 攻撃が体を掠めたが、衝撃に吹き飛ばされそうになる。

 痛みに怯んでいる暇はない。

 ゲームと違うのは、ノックバックを気合で押さえこむことができる点だ。


 俺は攻撃を寸前で捌きながら、反撃の刃を叩き込んでいく。

 一撃一撃が、ギリギリだ。一度でも判断を誤れば、俺の体を槍が貫いているだろう。


「……」


 パラディンハンターが険しい雰囲気とともに俺を睨んでくる。ちら、とパラディンハンターの視線が今も戦闘中の魔物たちの方へと向けられる。

 戦場は――人間側が押し込んでいる。それがパラディンハンターにとっては不服なようだ。


 想定通りに進まない、あるいは……本来の歴史通りに話が進まないことに苛立っているのだろうか?

 俺は両手の短剣を握りしめ、再び地面を蹴った。パラディンハンターもまた、地面を蹴る。


 俺たちの一撃がぶつかり合い、力と力の衝撃が空気を震わせる。

 衝撃に吹き飛ばされそうになる。

 だが俺は即座に反撃をし、その鎧に短剣を叩き込む。

 頑丈な鎧に攻撃を弾かれる。


 そして、パラディンハンターもまたダメージを気にせず、すぐに槍を振りぬいた。

 ギリギリで身をひねってかわしたが、俺の肩を掠めていく。

 痛みが肩を中心に体へと抜けていく。


 痛みはある。だが、まだ動ける。

 ぎりぎりまで引き付けてかわすことによって生まれたチャンスでもある。

 短剣を握り直し、パラディンハンターの側面から一撃を叩き込む。


 パラディンハンターが槍で反応しミスリルナイフの一撃が兜に叩き込んだのだが、なかなか仕留めきれない。

 ここまでの戦闘で疲労も溜まっていて、あまり持久戦には持ち込みたくはなかった。

 だというのに、仕留めきれない。


 焦りがあった。俺の魔力だって、無限ではない。戦闘を重ねるごとに身体強化によって魔力は消耗されていく。

 ……あと一歩、あと少しだけ、速度が足りない。鍛えぬいたつもりだったのだが、まだパラディンハンターを超えるほどの速度と力はない。


 だからこそ、ここまで戦闘が長期化してしまっている。パラディンハンターがゆらりと体を起こし、槍を構えると地面を蹴った。

 さらに、加速した。パラディンハンターの圧倒的な加速に、俺は反応ができなかった。


 強くなったつもりだっただが、まだ足りないというのか。

 パラディンハンターの一撃に短剣を合わせたが、加速とともに振りぬかれた槍が俺の短剣を弾き、腹へと突き刺さる。


 悲鳴のようなものが、遠くから聞こえた。あれは、誰の声だったか……リーム、か。

 魔物たちとの間を抜けるようにして、リームが俺の元へと駆け寄ろうとしているのが見えた。


 済まない、と心の中で謝罪をする。結局俺は、自分の破滅の未来を回避することはできなかった……と謝罪の言葉を口にする。

 ――いや、違うだろう。

 まだ……まだだ。

 俺は倒れかけた体を支えるように、地面を踏みつける。


 強くなる方法は、まだある。

 ――アドレナリンブースト。

 すべてのゲームのキャラクターたちが使っていたそれを。

 ……リームやイナーシアたちがわりと自由に使っていたその力を、使えば――。


 発動の条件は……もう、分かっている。

 俺が少しばかり目を背けていたその力は……簡単だ。

 痛みを、受け入れろ。

 この痛みを、幸福なものとして……快楽として受け入れろ。


 レイスくんのマゾ気質は、転生した瞬間からあったものだ。

 アドレナリンブーストとして昇華させるために、俺はレイスくんのこの性癖を受け入れればそれでいい。


 パラディンハンターから受けた一撃……胸に感じる槍の熱は、すべてパラディンハンターの愛ゆえの一撃……俺のために放たれた一撃なのだ、と。

 すぐに否定しようとする常識的な俺を、さらに否定する。


 地面を踏みつける。体を起こすと同時、胸の奥からドクドクと血液が送り込まれていくような感覚。

 脳内がすっとクリアになっていき、赤みがかった視界は異常なまでに冷静に状況を理解する。


 そして、右手に持ったミスリルナイフを滑らせるように振りぬいた。


 一撃はあっさりとパラディンハンターの顔面へと吸い込まれ、その体を弾く。


「……!?」


 驚いた様子のパラディンハンターが即座に俺から距離をとる。

 だが、俺はその場で短剣を振り下ろし、空間魔法を発動する。


「……!?」


 俺の一閃は、パラディンハンターの背後から襲い掛かる。空間魔法の入口を眼前に展開し、出口をパラディンハンターの背後へと展開したからだ。


 パラディンハンターの瘴気が俺の魔法を妨害してきたが、それを上回る速度で、魔法を展開する。

 同時に、俺は空間魔法へと飛び込み、パラディンハンターの脇へと移動し、短剣を振りぬく。


 反応したパラディンハンターだったが、俺はそれより早くミスリルナイフを振りぬき、その左腕を切り裂いた。


「……っ」


 鎧が落ち、そこでようやくパラディンハンターの顔に焦りが生まれたような気がした。


「……づ!」


 押し殺したような声とともに、パラディンハンターが槍を振りぬいてきたが――遅い。

 すでに背後を取っていた俺は、パラディンハンターの背中へと両手の短剣を振りぬき、その体を深く切り裂いた。


 パラディンハンターの体がよろめくが、しかしすぐに右足が地面を踏みつけ、その体を支える。

 倒しきった、とは思っていない。

 むしろその真逆だ。


 パラディンハンターが、耐えることを信頼し、すでに次の一手は打っている。

 パラディンハンターの体を飲み込むように展開した黒い渦。

 それに、パラディンハンターが気づいた瞬間には、すでに魔法は空間を切り裂いていた。

 パラディンハンターの上半身と下半身をまとめて薙ぎ払うと、その切り裂かれた部分から血液のように黒い瘴気が溢れていく。

「が……あ……ァ」


 ……悲鳴のような、短い悲鳴をもらしながらパラディンハンターは黒い瘴気を生み出しながら、ゆっくりと消えていった。

 パラディンハンターの消滅に合わせ、それまで周囲で暴れていた魔物たちの姿も消えていく。

 周囲は静寂に包まれていく。だというのに、俺は自分の荒い心臓の音に驚いていた。

 まるで耳元に心臓を置かれたかのように早鐘を打っている。

 原因は、分かっている。

 ドクドクと溢れる出血だ。……戦闘が終わった瞬間、先ほど受け入れたはずの痛みがもう俺の体へと牙をむき始めた。


「……レイス!」


 駆け寄ってきていたリームが、俺の体を抱きかかえ、涙を流している姿を見た。

 抱き留めてくれたリームを見た瞬間、最後の緊張の糸も消え、俺はゆっくりと目を閉じた。




――――

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