第43話
第一、避難者には一般市民もいる。戦闘能力のない街の人たちを護衛するためには、それだけ兵士も割く必要がある。
……そっちに兵士を割いて、さらに魔物の進行を足止めする、のはさすがに無謀だ。
足止め役には、全滅してください、という前提ならなんとかなるかもしれないが。
家族たちは顔面蒼白。
その中で、父は顔をあげた。
「……西門にて、魔物たちを迎え撃つ。すぐに戦闘準備を整えよ!」
「……承知しました」
決意を固めたように父が叫び、ザンゲルが敬礼する。
そして父は、ちらとフィーリア様を見る。
「フィーリア様。こちらは危険ですので、息子たちともに避難の馬車に乗ってはくれませんか?」
……兄たちは、避難させるんだな。ということは、父は自分一人が犠牲になって残る作戦なのかもしれない。
それは確かに正しいかもしれない。
しかし、フィーリア様は首を横にふる。
「いえ、わたくしも残りますわ。これでも、それなりには戦えますし、何より……偶然にも多くの兵も同行していますから」
……フィーリア様は、どうやら俺の夢の話を信じてくれたようで、この街に来るときにかなりの数の騎士団を同行させてくれた。
想定以上の援軍だったので、ザンゲルに相談して良かったと心から思っていた。
「ですが、もしもあなたに何かあれば、我がヴァリドー家の沽券に関わります! どうか、共に避難を!」
「ですが、あなたが指揮をとってくれるのでしょう? できる限り魔物たちの足止めをし、それから結界を張り、時間を稼ぎ、その間に別の街の援軍がくれば問題はありませんわ。わたくしがここにいる、ということを伝えれば恐らくすぐに人も集まりますしね」
……それもそうだろう。フィーリアの父……つまりは国王がこのような状況で黙っているはずがない。
フィーリア様の描いている作戦はおそらくこうだ。
大都市には結界装置と呼ばれる魔道具がある。燃料として多くの魔石を使うことになるが、ヴァリドールほどの大都市ならば数日程度は展開できるだけの貯蔵がある。
魔物からの攻撃を受けたとしても、一日程度は恐らくはもつだろう。
だから、できる限り魔物たちの進行を遅らせ、ギリギリまで粘ってから結界装置を展開する。
粘っていけば、確実に魔物たちを押さえつけられる……と算段しているはずだ。
……まあ、それはそうなんだけどな。
我が街の結界装置の貯蔵は持って半日だ。
これでも、少ないお金の中から捻り出して何と
か確保した貯蔵だ。
装備品に関しては、ヴィリアスのおかげでだいぶ改善したが、それでもあまり余裕があるわけではない。
「……わかりました。ですが、危険があればすぐに下がってください」
「もちろんです」
フィーリア様はそう言って、父に頷いていた。
……問題は、ここからだ。
俺の空間魔法をどこでどのように使うかだ。
戦闘か、あるいは避難に使うか。
……避難に使う、といってもそんなに大人数を運ぶことはできない。
王都への連絡はすぐに騎士団の方で行ってくれたようで、そちらからの援軍はある程度耐えられれば来るはずだ。
問題は……それまでの時間を街にあるアイテムでどうなるか、だな。
これから、戦闘を行う可能性があるため、俺は自室へと戻り、衣服を着替え、しばらく考えていた。
ギルドの様子も見に行きたいのだが、そちらはゲーリングが向かって話をしてくれているそうなので、しばらくは大丈夫だろう。
問題は……ここからだ。
「レイス、ちょっといいかしら?」
「どうした?」
部屋のベッドに腰掛けていると、リームがやってきた。
彼女を部屋に招き入れると、リームが俺の膝の上に座っている。
匂いを嗅ぐためのようで、顔を近づけてくる。
「もしかしたら、これが最後のくんかくんかなのかもしれないのよね」
「……ここで死ぬつもりはないぞ?」
「それはつまり、また私に匂いを嗅がせるために生き残ってくれるってことよね?」
自分にとって都合よく解釈をしないでくれっての。
俺の胸に鼻を押し付けてくるリームは、相変わらず魔力の高ぶりが発生しているようだ。
……リームがこの場にいるのは、おそらくイレギュラーだろう。
彼女が俺と出会う機会を増やしたことで生まれたイレギュラー。
そして、それはリームだけではない。
イナーシア、ヴィリアスはもちろん、ザンゲルやゲーリング……それにフィーリア様の騎士団など、ゲーム本編で発生した時とは大きく状況が変わっている。
「リーム、お父さんにはあってきたのか?」
リームの父であるボリルさんも、今日はこちらの兵団に合流してくれていた。
……すべては、俺の夢を信じてくれたからだ。
未来を変えるために、十分に準備はしたつもりだ。
フィーリア様が死ぬ未来はもちろん、この街や、この街の未来のすべてを……変える。
そう決意して、俺が廊下に出たときだった。
ザンゲルがこちらへとやってきた。
「……レイス様」
「どうした?」
「ルーブル様たちが、街から去っていったと情報がありました」
やっぱりかよ……。
俺はため息をつきながら、ザンゲルの言葉に頷いた。
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