第38話




「……誰だ?」

「私よ」


 リームか。声を聞いてから扉を開けると、そこにはリームの姿があった。

 いつもの微笑を口元に浮かべた彼女は俺の顔を見て、眉間に皺を寄せる。


「……なんだ?」

「いえ、あなた何かあったの?」

「……顔に、出ていたか?」

「不安そうな香りだわ」


 匂いかい!

 俺は思わず気が抜けそうになりながらも、部屋に招き入れたリームに説明する。


「ここ最近、『悪逆の森』で魔物の発生頻度が増えているだろ?」

「……そうね。ザンゲルたちも警戒していたわね」

「そうだ……それと……俺は夢を見たんだ」

「夢……?」


 俺の言葉に、リームは表情を険しくする。

 以前リームが話していたこともあり、夢にはあまりいい思い入れはないだろう。


「スタンピードによって溢れた魔物たちによってこの街が破壊され……俺の腕が食われる夢をだ」


 ……俺の場合は、リームと違って夢を見たわけではない。

 あくまで、前世の記憶。ゲーム知識による未来の断片。


 しかし、リームに説明するには、このほうが伝わりやすいだろう。

 事実、彼女は俺の言葉を聞いて、警戒心を強めていた。


「それって……まさか、私が見たときのような……夢?」

「……そうかもしれないな。ただまあ、所詮は夢だ」


 俺が切り捨てるようにそういうと、リームは首を横に振った。


「それは、事実よ。もっと、警戒を強めるべきだわ。いつになるの? 今日?」

「……いや、フィーリア様が来られる日があると言っただろう? 俺が夢で見たのは、その日だった」

「なら、それを含めてザンゲルに話をしましょう」


 リームがすぐにそう言って、俺の手を取ってきた。今までに見たことのないほどの真剣な表情のリームに腕を引っ張られる。


「……あくまで、夢の話だ。何も起きない可能性もある」

「そう……かもしれないわね」


 リームはぽつりと口を開いてから、俺をじっと見てくる。そして彼女は、まっすぐに俺を見てきた。


「――でも、私だって実体験済みよ。私と……今のあなたの言葉なら、ザンゲルたちだって信じるはずだわ」


 それはまるで……。

 これまでの俺の行動を褒めるようにも聞こえた。

 ……俺は、自分が生き残るために必死に動いてきた。

 それによって周りの人たちと新しく絆を築いていくこともできた。

 ……リームも、その一人のはずだ。


「……そう、か。分かった、相談してみよう」

「ええ、一緒に行きましょう」


 ぎゅっと、俺の手を繋いでくるリームに俺は頷いて返し、ザンゲルのもとへと向かった。



「……スタンピードが発生するかもしれない、ですか」

「ああ、そうだ。……はっきりとした根拠はない。……夢の話になってしまうが、リームも……夢を見たときに正夢になったことがあったらしくてな」

「……そうよ。以前、ストライト村が襲われたときの話をしたでしょう? それも夢で見たものだったのよ」

「「……」」


 俺とリームの言葉に、ザンゲルとたまたま一緒にいたゲーリングの両名は真剣な表情になっていた。

 やはり、さすがに信じてもらうのは難しいか。そう思っていたときだった。ザンゲルが小さな声をあげる。


「……レイス様。フィーリア様が来られるその日に、スタンピードが発生するかもしれない、ということですね?」

「ああ、そうだ。すまないな、こんな相談をしてしまって」


 自分で言っていて、ふざけたことを話していると思っている。しかし、ザンゲルはすぐに首を横に振った。


「私が知る……今のレイス様が無意味なホラ話をするとは思えません」

「……ザンゲル」

「私には騎士団との関係もありますので、アエルやフィーリア様にも今回の一件について話をしておきましょう。ただ、多少こちらで向こう側が納得するように話を変えるつもりです。そこはよろしいでしょうか?」

「ああ、もちろんだ……でも、できるのか?」

「すべての騎士団を動かすことは難しいと思いますが、アエルやフィーリア様の関係者程度であれば動かせるかもしれません。……スタンピードの危険があるのは、すでにこれまでに集めた情報からも、十分可能性としてはありますから」

「……そうか」

「アエルとフィーリア様とも話をしたことはありますが……レイス様の名前を出せば、お二人も真剣に考えてくれるはずです」

「……俺の名前が?」

「ええ。今度の来訪ですが、フィーリア様はあなたの戦いを見てみたいと話していました。目的の半分ほどはそれになりますので……それくらい、あなたに期待されているんですよ。まあ、私が自慢してきたからなのですが」


 ザンゲルはふふんとどこか誇らしげにしている。

 ……そ、そんな理由なのか。ゲーム本編でフィーリア様がヴァリドールに訪れた理由は判明していないが、恐らく今とは違った理由のはずだ。


「……分かった。とにかく、この街を守れるように少しでも戦力をかき集めてほしい」

「この街を、守るため……ですか」


 俺の言葉に、ゲーリングはぴくりと反応した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る