第37話
第一王女であるフィーリア王女様が来られるということで、我が家ではそれはもう大騒ぎになっていた。
特に兄たちはそれはもう舞い上がっていた。
『もしかしたら……オレのことが気になるのかも?』
『馬鹿言え、オレ様に決まっているだろ? あぁ……結婚したらオレも王族かぁ……』
能天気な兄たちがそんな会話をしていたことを思い出しながらも、俺はそのフィーリア王女という名前を聞いて、驚いていた。
ゲーム本編に、出ていた名前だからだ。
だが、本人は、登場していない。
なぜなら……フィーリア様は原作開始前に、すでに亡くなっていたからだ。
……原作開始直前に発生した、大規模なスタンピード。
それに巻き込まれて――。
いつスタンピードが発生するのかと最近不安に感じていた俺は、今確信した。
フィーリア様が来られるその日が、運命の日だと。
……とはいえ、もう今日までにやれることはすべてやったつもりだ。
ゲーム知識を使い、できる限り能力の底上げに励んだつもりだ。
……とりあえず、まずは戦力を集めるところからだ。
まずは、リョウとして……ヴァリドールのギルドリーダーに話をしに行こうか。
俺がギルドへと行き、受付にギルドリーダーと話ができないかと確認してみる。
ちょうど今は手が空いていたようで、あっさりと通してもらうことに成功する。
この辺りは、リョウとして信頼を稼いでいたこともあるだろう。
職員とともに案内された部屋へと足を運び、俺はギルドリーダーと面会する。
「お前から来るとは珍しいな。どうしたんだ?」
「ここ最近、『悪逆の森』が特に異常だと思ってな」
俺の言葉に、ギルドリーダーがぴくりと眉尻をあげる。
『悪逆の森』が異常なことについては、俺も兵団を通して情報は仕入れていた。ギルドとも連携しているわけで、ギルドリーダーもすぐに俺の意見に渋い顔を見せた。
「……確かにな」
「俺も個人的に色々と調べてみたが、スタンピード発生の可能性が高まっているんじゃないかと思ってな」
「……なんだと?」
……具体的な情報は特に何も提示していないが、ギルドリーダーもその可能性は考えていたようで、驚きは少ないようだ。
だが、驚きは少ない。
「発生する可能性は……あるのか?」
俺が問いかけると、ギルドリーダーは難しい表情とともに頷いた。
「……可能性が、まったくないとも限らない、とはヴァリドール兵団からも伝えられていてな。『悪逆の森』は常に監視していて、確かにここ最近の様子は明らかにおかしいとは聞いていた」
「スタンピードがもしも発生した場合……この街の冒険者と兵団で対応しきれるのか?」
「……兵団の方の戦力までは分からないが、今のところはどうなるか。少なくとも、冒険者たちだけでは難しいだろう。戦いに参加してくれる冒険者ばかりでもないしな」
……だろうな。
異常事態が発生した場合、転移石が使えない可能性もある。
……街の人々の避難や戦力をかき集める場合は、問題が発生する前に起こしておきたい。
ただ……あくまで可能性の話になるわけで、それにすべての人々を巻き込むわけにはいかない。
可能な範囲で戦力の補強や避難を行ってもらうしかない。
「以前、クランから俺のことで話が来ていると言っていたな?」
「……ん? ああ、そうだな」
話が変わったと思ったのだろう。ギルドリーダーは不思議そうに首を傾げていた。
「そのクランリーダーたちと話をしてみたいということでどこかで彼らを集めることはできるか?」
「……まあ、できないことはないと思うが……それがどうしたんだ?」
「少し、話をしてみたくなったのも事実でな。このヴァリドールを拠点にしたクランなどがあれば考えてみたいと思っただけだ」
「……そうか? 一応、今のリョウならある程度集めることもできるはずだ」
「それなら、そちらはお願いしたい。五日後の昼、場所はギルドの方で準備できるか?」
「ああ、大丈夫だ」
ギルドリーダーがこくりと頷いたところで、俺はほっと胸を撫でおろす。
……これでまあ、当日には多少の戦力が整えられるはずだ。
原作とズレるような行動をしているため、原作通りに問題が発生するとも限らない。
多少日程のズレや規模の変化が生じる可能性はあるだろう。
だとしても、可能性がある限りは対応できる手を打って起きたい。
ひとまず、今の俺ができるのはこのくらいか。
ギルドリーダーのもとを去り、自室へと向かった俺は外套などを脱ぎ捨てる。
レイスとして、兵の戦力は違和感のないように整えた。
リョウとして、ギルドの信頼を勝ち取り、より多くの冒険者をこの街に集めるための下地ができた。
……これ以上に、できる手段はないように思う。
ここまで来たんだ……大丈夫だ。
それでも、まったく緊張がないわけではない。
……個人での戦いは何度も繰り返してきたが、今回のような大規模な戦いはまだ一度も行っていない。
スタンピード。
……無事、乗り切れるだろうか。
そんなことを考えていたときだ。部屋がノックされる。
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