第30話
「ありがとう、リョウ。次は?」
「……」
次って……もうすでにかなり必死にひねり出して褒めたというのに、まだ求めると?
「もっと」と、ねだるように視線を向けてきたヴィリアスに言葉を詰まらせる。
鍛冶のことはもうそれ以上浮かばない。どうしようかと迷った末に、ふと思いついたのは彼女の容姿だった。
「えっと、それと……ヴィリアスは可愛いと思うぞ?」
「……い、いきなり何?」
ヴィリアスは目を見開き、驚きの表情を浮かべた。そしてその驚きは、やがて恥ずかしそうな表情になった。
彼女の頬がほんのりと赤く染まり、突然こちらを見てくる。
膝の上で目を閉じ気持ちよさそうにしていたイナーシアも、かっと目を見開いていた。
「ちょっとお兄ちゃん? いきなり何言ってんのよ? 鍛冶と関係ないでしょ?」
なぜか、イナーシアは怒った様子だ。
「いや、他に何を褒めればいいかと思ってな……鍛冶はもう褒め切ったし……」
「だからって……」
「ちょっと静かに」
「あう……っ、あ、頭を乱暴に撫でられると……それはそれで……いいかも……」
ヴィリアスがイナーシアの頭を無理やりに撫でると、イナーシアは静かに目を閉じ心地よさそうにしていた。
「可愛い?」
「あ、ああ……可愛いが……」
「しゅき?」
「いや、別にそこまでは」
キャラクターとしては好きだったが、別に目の前にしたらそうでもない。
汚部屋と最初に会ったときの臭いが印象に残っているのもあるかもしれない。
「…………やっぱり、魅力ない……」
「い、いや魅力あるから! 滅茶苦茶あるから! お前は滅茶苦茶可愛いぞ! だからほら、鍛冶に集中してみろ!」
「……うん、やってみる」
ヴィリアスはこくりと頷いてから、集中する。それから、少し緊張した様子で鍛冶を行っていく。彼女の眼前に魔力が集まっていき、その光が次第に形を成していくのが見えた。
まるで空気中のエネルギーが引き寄せられるように、彼女の手元に集まっているようだった。
ヴィリアスの瞳はまっすぐにその魔力を見ていた。
その集中力には圧倒されるものがあり、彼女の周りの空気が張り詰めるように感じられた。
魔力の光がさらに強く輝き始め、その中に武器の輪郭が浮かび上がる。
緩やかに、そして確実に武器が形作られていく。
……短剣、だろうか。
その過程はまさに芸術だ。
光が凝縮し、金属の輝きが現れ始めた。
鋭い刃が姿を現し、柄の部分が細かく装飾されていく。
……ゲームでは、作成ボタン一つで作られた鍛冶だったが、まさかここまで細かいとは。
いや、それはこれまでもそうか。基礎訓練などだって、ボタン一つで片付いていたものをすべて自分の体でこなしているんだから。
ゲームのような世界だが、ゲームとは違う。……あくまで、ここには一つの世界が広がっているんだ。
ヴィリアスの額には汗が浮かび、彼女の顔には緊張と集中の色が見て取れた。
そして、一際強い光が放たれると短剣が完成した。
ヴィリアスが鞘に収まった短剣を手に取り、こちらを見てきた。
「……久しぶりに、できた」
「……そうか」
ヴィリアスがどこかほっとした様子で息を吐いていた。
それから、こちらへ短剣を見せてくる。
「ちょっと、握ってみて」
「了解だ」
ヴィリアスが作った短剣を、確認してみる。
……これはたぶん、【グラディウス】か。
短剣としてのランクとしてはゲーム中盤くらいに出てくるものだ。……それをこの段階で手に入れられるんだから、やはりヴィリアスの能力は高い。
握った瞬間、体が軽くなる感覚も味わった。
「……これ、もしかしてスキルもついているか?」
「分かるの?」
「ああ。握ったときの感覚がまるで違うな」
その場で軽く振ってみると、ヴィリアスがじっと短剣を見てきた。それからゆっくりと口を開いた。
「敏捷強化がついているみたい」
「……なるほどな」
武器には様々なスキルがついていることがあるが、基本ステータスを強化するものは無難に強い。
ゲーム本編では、やりこみ要素の一つだ。さすがに、セーブ&ロードによる厳選はできないため、この現実世界でそこまで必死に厳選するのはやめたほうがいいだろう。
「どう?」
「……いや、本当に凄いな。かなりのものだ」
「それなら、良かった」
ヴィリアスは、心の底から安堵したかのようにほっと息を吐いていた。
鍛冶をしているときも手などは震えていた。
先ほどは少しふざけているようにも感じたが、ヴィリアスが鍛冶に対して悩みを抱えていたのは本当なんだろう。
「……鍛冶は、今後も続けられそうなのか?」
「……分からない……正直言って、今回だってできるとは思っていなかった。たぶんまた、無理になると思う」
そう自嘲気味に笑ったヴィリアスの手を俺は掴んだ。
イナーシアを撫でていた手を離したため、彼女が不服そうに眼を見開いているが、今は無視。
「……!?」
困惑した様子のヴィリアスの目を覗き込む。
仮面越しではあるが、俺とヴィリアスの瞳はぶつかりあう。
「続けてくれ」
「……どういう、こと?」
「……これだけの腕を持ったお前が、鍛冶をしないのは……もったいない。それに……お前は鍛冶が好きなんだろう?」
「……鍛冶が……好き……?」
「ああ。初めて、鍛冶をしたときはどうだった? ここまでのものを作れるようになるまで、かなりの努力をしたんだろ?」
「……それは……うん」
ヴィリアスがゲーム本編で一人で回想していたものがあったのだが、そこで彼女が一生懸命に鍛冶をして、それを楽しんでいる姿があった。
ヴィリアスは、それを思い出し……師匠の幻影に惑わされず、再び鍛冶に前向きに取り組めるようになっていく。
そのきっかけを、俺が与えることができれば……これからも鍛冶をお願いできるかもしれない。
「でも……私の武器は……そこまでのものじゃない……し」
「いや、そんなことはない。……これから、試し斬りに行くぞ」
「え?」
「ミスリルゴーレムのところにだ。元々は、ミスリルゴーレムを倒すために必要な武器を探しに来たって話だっただろ? これから、すぐに向かうつもりだ」
……彼女の武器が優れているかどうかは実際の戦闘で試したほうが早いだろう。
ゲーム本編でも、ミスリルゴーレムを相手にして彼女の武器の性能を確かめていたわけだしな。
……途中、色々とイベントを省略したが、終わりよければすべて良しといけるはずだ。
「……なでなで、まだなの? お兄ちゃん」
「もう終わりだ。次はミスリルゴーレムと戦った後だ」
「……ええ、まあ、仕方ないわね。やってやりましょうか」
イナーシアが残念そうに体を起こしたが、ヴィリアスはどこか不安そうだ。
「ほ、本気? 私の武器で……戦うの?」
「ああ、戦う。……まだ作れるなら、イナーシアと俺の短剣をもう一本、作ってみてくれないか?」
「で、でも……」
「また、褒めるから、作ってくれないか?」
「分かった、やってみる」
即答かい。
ヴィリアスを俺はもう一度褒めたたえる準備を始めていった。
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