狼少女の告白

黒砂糖

前編

詳細は割愛するが、現在この教室には17人の少女が屍体となって転がっている。





 天園恵美。

 その名の通り女神の如き慈愛をわたしのような虫けらの如き卑賤な輩にも恵みの雨のように惜しみなく降り注いでくれたやさしい先輩。

 最後の最後まで兇行に疾るわたしを信じてくれて両手を広げて抱きとめようとした瞬間をすかさず逃さず『剣豪』の一太刀で斬首し死の間際までわたしに祝福の熱い朱雨を注いでくれた。お礼にその広げたままの両手には彼女の尊いアルカイックスマイルが残ったままの首を返してあげることにした。

 先輩、きれいですよ。


 土御門静紅。

 その名の通り物静かで穏やかな生徒会長だけどその一方で脳の糖分補給を欠かさずにお菓子の類を学校にもこっそり持ち込んでわたしのような乞食の如き卑小な輩にも悪戯っぽく薄荷飴を恵んでくれたおちゃめな先輩。

 最後の最後までわたしの蛮行が信じられないといった様子でお口が開きっぱなしだったので薄荷飴のお礼に『毒薬』入りのミルクキャラメルを一粒放り込むと老婆の如きどす黒い苦悶の表情と機械仕掛けの玩具が壊れる直前のようなちぐはぐな動作で息絶える様子がとても面白かった。

 会長、たのしかったですよ。


 赤星小町。

 その名の通り古式ゆかしき美少女でわたしのような醜女の如き卑屈な輩にも分け隔てなく付き合ってくれて同じ文芸部の先輩として放課後の部室ではお互いの愛読書を熱く語り合い熱くなりすぎてお互いのぬくもりを確かめるために触って撫でてくちづけしたら真っ赤になってしまったかわいい部長。

 最後の最後までわたしの暴行が理解できないといった様子で恐怖の余りおもらしした上にそのまま硬直してしまった。結果『鉄拳』の格好のサンドバッグと化し顔面を集中連打されたせいかあんな慎ましやかだったかわいいくちびるが明太子のように鮮やかに真っ赤に腫れ上がっていてとてもおいしそうだったのでちょこっと一口つまみ食い。

 部長、ごちそうさまです。


 大空飛鳥。

 その名の通り大空をどこまでも高く羽ばたく鳥のような引き締まった肢体で目をきらきら輝かせて将来の夢は金メダルと無邪気に語ってくれたクラスで唯一わたしのような嘘松の如き卑劣な輩と教室でもおはなししてくれた同級生にして陸上部期待の走り高跳び選手。

 最後の最後までわたしの犯行を見たくても見えないように叫びたくても叫べないように目と口を糸で縫いつけて逃げたくても逃げられないように手足を『手術』で切断して羽を毟った小鳥のぬいぐるみのようにもふもふかわいがっていたらいつのまにか息絶えていた。

 飛鳥、かわいいよ。


 富士山初美。

 その名の通り富士山のような堂々たる背丈と初雪のような純白の肌を有した一年生でわたしのような無能の如き卑俗な先輩に対してもあたたかい寡黙さで接してくれて「ふーちゃん」とあだ名で呼ぶことを受け入れてくれた愛すべき後輩。

 最後の最後までわたしの非行を否定も肯定もせず『放火』で自分の身体が発火し焼肉の香ばしい匂いを漂わせながら焼け焦げていくのをリアルで体感しながらも泣きも笑いもせず何一つ言葉を発することなく真っ黒に炭化して息絶えた。

 ふーちゃん、バイバイ。





 他にも多くの少女たちが多種多様な屍体となって前衛芸術のオブジェの如く横たわっているが、名前も覚えていないし何のアイテムで息絶えたのかも覚えていないため詳細は割愛。

 明日からのおそうじが大変そう。

 ただでさえ女子校の教室は髪の毛だの伝言用の紙切れだのお菓子の袋だの儚いコミュニケーション・ツールの残骸で溢れかえっているのに、明日は17体もの屍体の回収から始まり血だまりの床をきれいに清掃して壁や天井にまであちこち散らばった血だの脂だの腸だの眼だのもきちんと回収した上シミにならないよう丁寧に拭き取らなければならない。

 まったく、誰がこんなことやらかしたんだか(プンスカ)。





――だったら、キミが責任をもってきれいにするべきじゃないかな?





 突如誰もいないはずの教室に響き渡った鈴を鳴らすような声。

 しかも正論すぎて反論できない。

 ていうか誰?

 周りを見回しても物言わぬ屍体が横たわっているだけで――。




――「ここ」だよ。




 「ここ」という声は天井――から吊り下がった蛍光灯から響いてきた。

 見上げると、目と舌がだらんと垂れ下がり死相が顕われてきた女子の生首をにこにこ笑顔で撫でていたおこさまランチ一人前。

 わたしと目が合うなり、ぴょんと飛び跳ねて子供らしからぬ身体能力の高さで見事着地――といいたいところだが、文字通り死体置き場と化していた教室にそんな足場のよいところなど存在するわけもなく、血だまりで足を滑らせ体勢を崩したのを天園先輩の両手にもたれ掛かったため、先輩の尊いアルカイックスマイルが崩れ落ち見るも無残なルナティックスマイルに。ガッデム。


「ごめんごめん。いま直すねー」

「!?」


 その子はまるでわたしのココロを読んだかのように手のひらを立てて笑顔で謝罪の意を示すと、先輩の首を指できゅっきゅっとプロのマッサージ師のようにひとしきり弄る。驚いたことに一分もしないうちに元の尊いアルカイックスマイルに戻してしまった。

その出来栄えによし、と自画自賛の首振りをして、名も知らぬ子の首と一緒に元の身体に返す。静かに手を合わせて神妙な面持ちで一礼。

 近くで見ると改めて子供だということが確認できる。

 どう贔屓目に見ても小学校低学年組、下手したら園児組。

 容姿はたとえていうならいたずら好きのウサギちゃん。

 庇護欲を掻き立てる小動物系の可愛さオーラが半端ない。

 そんな子が何の因果かビジネススーツとネクタイという正装にびしっと身を包み大人びた物言いで恐怖の屍体教室に授業参観。

 なんだろう、これ。

 そして、戸惑うこちらを振り返るなりにこっととびきりの笑顔を飛ばして言う。


「はじめまして、【狼少女】さん」

「……なぜその名前を?」

「なぜってキミは有名人だもの。何人もの少女を惨殺していながら警察に捕まることなく――ううん、警察に捜査させることなくといったほうが正しいかな。なんたって警察はもちろんのことマスコミも被害者遺族も彼女たちの死が集団自殺とか謎の連続通り魔殺人という風に認識を書き換えられていて、いままでクラスで孤立していた【狼少女】というあだ名だった子のことなど誰一人記憶していないのだからね」

 淀みなくすらすらと一口で言いきったお見事。

 よほど以前からわたしとの対峙の際この長台詞を想定していたのだろう。

 いつからこの教室にいたのか。

 どうしてわたしに会いにきたのか。

 否。

 そもそも。


「あなたはだれ?」


 『改竄』を左手に忍ばせつつ、わたしは問う。

 すると、わたしと同じくその子も左手になにかを忍ばせて――。


「どうぞ」

「?あ、どうも」


 丁寧に取り出されたそれをわたしは丁重に受け取る。

 あいさつは大事。

 古事記にも書いてあるっていうし。

 それは可愛いマスコットキャラのウサギちゃんが飾られたピンク色の名刺。

 中央にはメルアド、電話番号とともにこう記してあった。




 サイコな犯罪者の皆さん、ココロのスキマお埋めします♪

 国家公認 犯罪者専門サイコセラピスト 小岩井うさぎ


 


「…………え?」

「サイコセラピストの小岩井うさぎです。今夜はよろしくお願いしますね、【狼少女】さん」


 笑顔でそういって園児のちいさな両手で女子高生の左手を握られるなり、『改竄』が一瞬で『消去』されてしまう。




 こうしてわたしこと【狼少女】にとっての最後の夜が始まった――――。


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