ルビンの宙
OKTY
第一章「アラベスク」
0 花
中学校の図書室の匂いを覚えている。それは私にとって今も、彼女の匂いだと思う。
たまたま同じ図書委員になって、彼女と私は交流を持つようになった。図書室はもうすぐ閉館するので、今は誰もいない。私と彼女の二人だけ。
「あたしは断然ダレン・シャン派だったな」
彼女の笑顔はパッと咲くように明るい。
「あれぐらいグイグイ読めないとさあ。あたし読めなくて」
「私はハリー・ポッター派かなあ。でもダレン・シャンもすごくよかった」
それに比べて私は、上手く笑えてるのかもわからない。
「やっぱ
「えっと……指輪物語…ロードオブザリングのやつとか、ナルニア。あとゲド戦記。シルバーウィングっていうコウモリのお話もすごく良くて……あと魔空の森ヘックスウッド……はちょっと難しくてわかんなかったっけ」
彼女に話を振られて有頂天になった私は思いついたタイトルを並べ始めてしまう。でもすぐに(多分、すぐ)自分が話しすぎたことに気づいて、彼女の表情を伺う。自分のことばかりでつまらない奴だと思われたかも。
「あ、あの、ごめんね。私ばっかり話して」
「ううん! 小鳥遊さんの本の話、面白い! もっと聞きたいな」
ずっと探していた花が、目の前に咲いているようで、私は眩しくて目を細める。
あなたのその言葉と表情が、どんなに私を安心させたか、あなたは知らない。……それと同時に、どれだけ私を恐ろしくさせたか。
この時間を失いたくない。――あなたを、失いたくない。
あのとき、あの匂いの中で、あなたの笑顔と、揺れる髪を真っ直ぐに見つめて、そう願ったとき、私は。何か違うモノになったのかもしれない。蛹が羽化するように。
私の目に映る世界はすっかり変わってしまった。今まで見えなかったものたちが、視える。
――でも、一体何になったのだろう?
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