札束を捨てさせない
紫鳥コウ
上
カードショップ『こおり観ず』の対戦スペースは、休日ともあり大盛況だった。
「ザコすぎるだろ」
荒廃とした〈ステージ〉を呆然と眺めたまま動けなくなった少女――伝説のカードゲーマー
「勝野さん! さすがっす!」
「圧勝でしたね!」
成金貴族のようななりをした勝野のコバンザメたちは、一点もライフを削らせずに完勝した彼を褒めたたえた。
「河井繁の妹とはいえ、所詮は、初心者だからな。こちとら今年で二年目なんだから、負けるはずはないんだよ」
「さすがっす!」
「もう一回……」
「えっ?」
「もう一回、勝負して」
勝野は、両隣のコバンザメたちとともに嘲笑った。
「お嬢ちゃん、年上の人には敬語を使うんだよ? 分かる?」
足でおでこを蹴られたような気分だった。屈辱だった。悔しくて泣きそうだった。
「お願いします。もう一回、勝負してください……」
「結果は同じだと思うけどね」
デッキをシャッフルしながら、勝野はコバンザメのひとりに目配せをした。無言のうちにその意味を了解した彼は、気づかれないように、奈緒の後ろの方へ回った。そして首を振った。
奈緒の切り札の除去スペル――《天上崩落》が手札にないという合図である。
「わたしのターン。《喇叭の達人》を〈ステージ〉にプット。そして能力発動。わたしのライフが2ポイント回復」
「ふんっ、分かっているだろう?――こっちには、あのカードが入っていることを」
あのカード――たった数回の攻撃でライフを削り取ってしまうモンスター《泥濘の悪鬼》のことだ。
超強力モンスターゆえに、〈ステージ〉にプットするまでに
「分かってるっ! 2エナジーを使って《天使の詩》をスペル。《喇叭の達人》をパワーアップ。3点のダメージ」
初のダメージ。その後も奈緒は、勝野のライフを0に近づけるべく攻撃をしていく。
「遅いんだよ。《挫傷》をスペル。《喇叭の達人》をクラッシュ」
勝野は、モンスターを破壊し、奈緒の攻撃の手を緩めていく。そして――奈緒のモンスターは、〈ステージ〉からいなくなった。
「さっきよりは、がんばっているみたいだが……つまらないバトルだ」
勝野の〈ステージ〉に《泥濘の悪魔》がプットされた。その強力さゆえに、制限カードに指定されており、デッキには1枚しか入れることができない。
だとするならば、このモンスターを破壊してしまえば、2枚目はない。そして、奈緒のデッキには――兄から受け継いだデッキには、唯一、《泥濘の悪魔》を倒せるカードがある。だけれど、このカードは1枚しか入っていない。
「さっきとは違う! このカードを引いたのだから!」
奈緒は、残り1枚の手札を裏返す――《天上崩落》だ。
「ふん。そんな除去カードで、俺に勝てるはずがないだろう? 俺のライフを半分捧げてこのカードを使う!」
勝野は、カードを〈ステージ〉に投げる――《語り継がれた秘密儀式》をスペル。
そして、クラッシュゾーンから《泥濘の悪魔》が戻ってくる。
「降参しな?」
がっくりと肩を落とす奈緒。そこへ嘲笑が降り注いでくる。
「もう、やめちまえよ」
悔しくて泣くという経験は、これがはじめてだった。テストで良い点を取ることができなくても、運動会で活躍できなくても、平然としていた奈緒だったが、このときばかりは涙でカードをぐしゃぐしゃにしてしまいそうだった。
「やめることはないよ」
その声は、天上から啓示が下りてきたかのように、神聖に響いた。
「ねえ? わたしと勝負してくれない?」
「オトナが入ってくるところじゃないだろ!」
コバンザメを両隣に控えさせているからか、明らかに年上の大人に対しても横柄な口を
「もし負けたら、このショップのカードのなかで、好きなものを買ってあげるから」
そして、奈緒にハンカチを差し出して、その頭を優しく撫でる。
「あなたのデッキを、貸してくれない?」
「このデッキじゃ……むりだよ」
「1枚だけ、カードを入れ替えさせてくれない? そうすれば、勝てるようになるから」
この「オトナ」は――彼女は、《天上崩落》を抜いて、両手で奈緒に差し出した。そして、ポケットから1枚のカードを取り出した。
彼女は腕時計をちらりと見て、「青風さんとの約束の時間までに終わらせないと」と、つぶやいて、不敵な笑みをみせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます