第6話

 わたし、小日向陽菜こひなたはるな

 お日様と向日葵《ひまわり)と牛乳が大好きな高校一年生!

 幼なじみの朱鷺ときちゃんをはじめ、天使な美少女たちと幸せいっぱいの学園天国!

 毎日が楽しくて仕方がありません!

 神様わたし、アリガトー!!





 ――ただ、一つの不満を除いてはね……(大きなため息)



 






「いや~すごい迫力だったね~」


 教室に戻るなりにこにこしながら私に駆け寄って話しかけてくるのは、私よりも遥かに背高で大柄でありながら私と同い年の幼なじみという非常識な特権を有する少女。

 小鳥遊朱鷺たかなしとき

 そして。


「お昼ご飯を食べていたらいきなり雷みたいな轟音が轟くんだもの。しかも晴れ渡った青空でだよ~?てっきり映画の世界からマーティとドクが現実世界こっちに召喚されたかと思ったよ~」


 バック・トゥ・ザ・フューチャーかよ。

 いつもなら気楽に叩ける軽口も、今はなぜか声が出ない。

 というか、朱鷺の顔がまともに見れない。


「あれ、どったの?」

「……なんでもない」

「?」


 顔を伏せて着席する私。

 体温が急上昇しているのがよくわかる。

 熱い。


「大丈夫?」

「……ん」

「そう」


 それだけいうと、朱鷺は自席に戻り周りの友達グループと雑談に興じ始める。

 薄情に非ず。

 幼なじみだからこそわかる、一人っきりにしておいてほしい時間。

 心配だから口を出すのでなく、あえて距離を置く。

 阿吽の呼吸。

 それはまるで長年連れ添った夫婦みたいで。


「…………はう」


 自爆。

 頭を抱えて机の上に突っ伏す。

 顔どころか首の付け根まで真っ赤に染まっていそう。

 そんな私を遠巻きにして、ひそひそ話で盛り上がる周囲のクラスメイトたち。

 何話してるんだろ?

 心のなかで耳をダンボにして、そばだててみる。




 ――あの様子だとharuna様×陽菜様カプ厨の脈ありって感じ?

 ――まさか。あの雷鳴が轟いた時点でアウトっしょ。陽菜様がharuna様を全力でフッた証なんだから。

 ――ただの照れ隠しかも。だからこそ、本命朱鷺様、対抗haruna様との板挟みで悩んでいるんじゃないの?

 ――いやいや、天使のharuna様を全力で振って吹っ切れたからこそ、朱鷺様への告白という一大イベントに直面して赤面しているのでは?




 こいつら。

 ひなママ信者が消滅したかと思いきや、今度は百合カプ信者が大量発生。

 ていうか、告白って。

 私と朱鷺はそんな仲じゃ――――






 ――ない、わけがない、か。

 それが、さっきまでの天使と女神との邂逅で、得られた結論。

 「あのひと」と呼ぶことになる未来の私。

 周囲の第三者的視点から見てもそう見えるのだろう。

 私の小さな胸も概ねそう認めている。

 なら、いまの私がすべきことは。

 すっくと席を立って。




「あれ~?どった…の…?」


 紅潮したままの幼なじみの訪問にきょとん、とするも、私の意図を悟ったのか、心なし朱鷺の口元が引き締まる。

 その幼なじみの艶やかなくちびるを見て、さらに紅潮する私。

 思い出す。

 もう十年以上前のひな祭り。

 どんな流れでどう箍が外れたのかまでは覚えていないけど、結果として私たち園児組二人が大人たちの目の届かないところで真っ裸になって甘酒やあられやお豆塗れになって馬鹿みたいに踊りまくった上、まだ小さかった朱鷺のくちびるを半ば強引に奪って、涙目になった朱鷺にお嫁さんにする約束をして涙を拭いてあげて、誓いの結婚式ごっこまでして納得させたんだっけ。

 ……なんかこう回想すると、自分がろくでなしの屑にしか見えないんですが。

 過去の罪状を思い出して頭を抱えたくなる私とは裏腹に、幼なじみ特有のシンクロ効果で朱鷺もあのときのことを思い出したのだろうか、まるで未来への希望の光に頬が朱色に瞳は金色に輝きを放ち私の前でお祈りをする敬虔な淑女のような体勢で目を瞑って静かにくちびるを差し出してっておいいいいっっ!!?

 じ~~~~~~~っ。

 教室中の視線がただ一点に集中。

 静寂の刃が背中じゅうに突き刺さって痛い。

 するのかよ。ここで。

 さすがにお昼休みの教室で告白する破目になるとは思わなかったし、放課後の教室とか夕焼けの公園とか休日デートの遊園地とかもっと正統派オーソドックスなシチュエーションを選択するつもりだったけど、事ここに至っては周囲の野次馬少女たちはじめ恋愛という名の甘酸っぱく発酵した魔の泥沼から逃れられそうもない。

 是非も無し。


「ねえ、朱鷺」

「は、はいっ!」

「……もう十年以上の付き合いになるのに、改まってこういうこと言うのもなんだけど」

「い、いいよっ!どんと来いですっ!」

「う、うん」


 やべ。私も緊張してきた。

 手汗すげえ。


「い、いうよ」

「う、うん」

「わ、私は、朱鷺のことがすっ」






がらっ。






「待たせたね。お詫びといってはなんだけど、ドリンク買ってきたよ。陽菜は牛乳、朱鷺は練乳でよかったよね?そしてボクは豆乳っと」

「…………」

「…………」

「……あれ、どうしたのかなふたりとも。陽菜は酸素不足の金魚みたいに口ぱくぱくさせて、朱鷺に至っては能面みたいな無表情さで。怖いよ?」

「な……」

「ナイアガラの滝?」





「なんでお前がここにいるんじゃあああああああああああああああああ!!?」





 世界最大の水量を誇る瀑布、ナイアガラの滝をも突き破る私ご自慢のカール自走臼砲が、今日も今日とて地獄のオーケストラさながらの超多重域轟音を学園狭しと轟かせる。







 収集のつかない阿鼻叫喚の巣窟と化した教室をそっと抜け出し、私たちが向かった先はまたもや屋上。

 ついさっきまで、私と女神と天使の奇跡の邂逅が果たされていた聖域とも呼ぶべき穢れなき場所だったはずなのに、なぜ百合修羅場から逃れるための緊急シェルターとなっているのか。

 その元凶の一角たる少女は、感慨深げにフェンスの網に触れて。

 お琴を掻き鳴らすかのように淑やかな指を滑らかに動かして。


「……まさか、すぐまたここに来ることになるとはね。ボクがここでひなママに振られたってことになっているらしいけど、その認識を塗り替えるためにわざわざここに連れてきたんじゃ――」


「……(ギロッ)」

「――ない、みたいだね」


 やれやれ、といった感じで肩をすくめてみせる。

 harunaこと小鳥遊春名。

 すべての因果が元通りになって、元の未来の世界に戻ったはずなのに。


「なんでここにいるんだよっ!?」

「なんで?ボクが今ここにいるのは全部ひなママのおかげなのに、もう忘れたの?ほら、赤ん坊にまで遡ったボクを慈しむように抱きしめて」


 そういって、顎くいっ。

 ちょ、抱きしめる体勢じゃないだろこれ。


「優しくささやいてくれたんだよね。『起きて』って」


 耳元に熱く注がれる天使の息吹。

 うぴぃっ!?

 脊髄から押し寄せてくる無数の官能のさざ波に、子宮ごと水没しそうになる。

 美貌の愛娘に為す術も無く陥落される処女の幼母って、背徳的にも程が――――。


「――って、ちがくて!」

「?違わないでしょ?ひなママの愛が起こした奇跡のおかげでボクは――」

「そこは合っているよ!そのあとだよ、元の未来の世界に戻ったんじゃないの!?」

「確かに天使ボクは『彼女は無事に元に戻しました』とは言ったみたいだけど、『元の未来の世界に戻』したとは言ってないはずだよ?」




「…………へ?」




「だから、ボクは元通りここにいる。ひなママきみを守るために、ね♪」


 私の心を読み切った彼女はドヤ顔で壁ドンならぬ網ドンの体勢でさらに私に対する攻勢を強める。その視線は狙った獲物は絶対逃さない、野生の女郎蜘蛛のようで。

 謀ったな、あんのへっぽこ天使。


「それはさすがに天使ボクに対して酷だよ。彼女が言ったことをひなママが自分にとって都合のいいように脳内で間違えただけなんだから。だから、『天使ボクは悪くない』」


「だまらっしゃい!」


 手を払いのけて一喝するも、不意に彼女の台詞に違和感を覚える。

 私を守る?

 誰から?

 すかさず、彼女はにんまりと悪魔のようにほくそ笑んでみせる。

 すっげえ嫌な予感。


「言ってなかったっけ?女神がいなくなってしまった以上、今のキミはこれまで女神の力で抑えられてきた母性がダダ漏れ状態になっているんだよ」

「ダダ漏れ?って、あの女神自身の母性なんじゃ」


 だから私は、そのとばっちりを受けてひなママ狂信者にストーカーされた哀れな一被害者に過ぎないのであって。

 そう続けようとする私に、春名は心の底からうれしそうに指を振って否定する。


「まさか。陽菜、キミは因果の逆流に飲み込まれて消滅する他ない運命だったボクを救ってみせただろう?世界の摂理たる因果の流れすら変える力。それこそ、人の身でありながら神クラスのとほうもない母性と包容力を持ち合わせた小日向陽菜、キミにしか為し得ない奇跡の御業なのさ」

「だ、だって、あ、あれは」


 無我夢中というか、悟りの境地にいたというか。

 しどろもどろの言い訳をしようとする私を余裕スルーして解説を続ける春名。


「ともかく、いままではその途方もない影響力も女神の加護でなんとか国内で留まっていたし、母性に引き寄せられやすい少女たちのファンクラブとか応援団の結成程度で済んでいたけど、これからはそんなものじゃ済まされない」

「……な、なにがさ?」

「世界各国の首脳や重要地位にあるVIPたちがキミのもとに一斉に押し寄せてくる。それも近日中にね。百万ペリカ賭けてもいいよ」

「……まさか」

「声が震えているよ陽菜。まあそれはそれとして、世界各国のVIPたちはもちろんのこと、もしかしたら地球の外からも見知らぬ宇宙人のトップとか宇宙創世の神とか、下手したら創作上の外宇宙の邪神までもが現実と虚構の壁を越えて、地球に表敬訪問する事態になるかもしれない。ひなママというたった一人の女の子のために、ね」

「…………」


 あまりにも壮大過ぎる未来予想図に、私の小さな目は無数の星々の瞬きと化す。

 ぱちぱちぱちっ。

 ばちばちばちっ。

 ごごごごごごっ。

 ぐおおおおーん。


 …………アレ?

 瞬きにしては不適切すぎる擬音が聞こえるような。

 飛行機の騒音?

 ぐい、と上向きに首を傾げてみると、


「ちぃっ、もう来たのか」

「来たって、なに…が…」


 珍しく苛立たしげな彼女の視線の先に視点を合わせてみる。

 絶句。

 あの雲の階段の光差す箇所は間違いない、ついさっき女神と天使が轟音とともに消え去った、あの特異点。

 それと寸分違わぬ場所からド派手なカラーリングで自画像と思しき美少女を模った豪華自家用ジェット機が颯爽と登場。

 それは、テレビやネットで見ない日はないほど目立ちたがり屋で有名な「彼女」が所有するご自慢の逸品であって。

 どうか「彼女」でありませんように。

 そんな私のはかない望みは、学園中に響き渡った「彼女」特有のエキセントリックな英語混じりの日本語によって脆くも崩れ去る。

 




 ――ハーイ!ニッポンノミナサン、ゴキゲンヨウ!ワタシ、第89代大統領、ドンナ大統領ヨ!ひなママヲ正式ニワタシダケノマムニスルタメニ、ハルバルヤッテキタワ!断ッタリシタラ、ニホンジュウニスカイツリーヨリ高イ壁ヲツクッテ、国交断絶シテヤルカラ覚悟シテネ!You’re fired!!




 決め台詞をしっかりネイティブな発音で持ってくる辺り、間違いなく「彼女」だ。

 史上最年少で超大国の大統領の座に輝いた、傲慢で独占的でエキセントリックな美少女。

 第89代大統領、ドンナ・トランプ。

 そんな彼女がわざわざ東洋の果ての島国まで足を運んだということは―――

 



 ばたーんっ!!


 扉を蹴り飛ばす勢いで突如飛び込んできた少女たちの群れが、結論を導きかけた思考に待ったをかける。

 小鳥遊朱鷺とクラスメイトの仲間たち、それになぜかタブレット片手の放送部部長・小太刀楓先輩――だよね?

 朱鷺は非常事態にも関わらず、羊を思わせるのほほんとした口調で、


「大変だよ~。いま、学校中の放送機具が外部から不正に操作されて~」

「聞いたよ。トランプがやってくるんでしょ?」

「それだけじゃないですっ!!」

「へ?」


 小太刀先輩がそういって割り込むと、まるで呪いのアイテムを取り扱うような震える手つきで恐る恐る操作し、タブレット上の映像を見せる。

 それは、超大国ドンナ・トランプ大統領と並んでテレビやネットで見ない日はないほどもう一人の有名人、独裁国家・北の国に君臨する金正銀キムジョンウン将軍。

 ラーメン屋の割烹着コラがよく似合うぽっちゃり系美少女は、あろうことか自国の国営放送がリアルタイムで中継する飛翔中のミサイルとともに映し出されていた。




 ――桃白白顔負けの見事な体勢で、ミサイルの上に跨って。




 しかも、そのあとに何十発何百発と続くミサイルの上には、そのすべてに何十人何百人という精悍な顔つきをした現役軍人と思しき屈強な美女たちもミサイルの上に跨って全員真面目な顔で北国の英雄の背中に付き従っている。

 シュールな光景すぎて目が点になる。

 国営放送の女性アナはこんな面白映像を至極真面目に放映しつつ、いつものように自国の素晴らしさや正統性を格調高い流暢な北国語で何やら必死にアピールしているようだが、我が国の普通の女子高生には実質国交断絶状態にある北の国の言葉はわからない。

 ただ一人、世界七か国語に精通する天才少女・朱鷺を除いて。


「えーっとね、ひなママを偉大なる将軍様の母上様、ひいては我が国の国母としてお迎えすることでこれまで敵対関係にあった両国は永遠の友情と栄光とが約束された新たな同盟関係が結ばれることになるだろう。さらに、我が国最高級の技術力を駆使したミサイルで将軍様直々にひなママをお迎えすることで、我が国最大級の誠意をかつての敵国及び敵国民に示すことになるだろう。これからはお互いに輝かしい未来を志向して、まず第一に世界の平和を脅かすヒステリックな小便臭い小娘に牛耳られている図体がデカいだけの憐れな超大国の妄想を我々が一致団結して叩きつぶして――」


「もういいです」


 要するにこれからひなママ略奪しに行くぜ、ひゃっはー!ってことね。

 ふざけんな。

 頭の中で将軍様にバックドロップを華麗に決めた瞬間、タブレット上の分割された別画面には他にも次々と海外の急変を伝えるニュース速報が流れだした。




 ――恐ろしあの国に、異変!?特殊部隊に極秘命令、『ひなママ奪還作戦』!!

 ――全人民十三億人一斉に渡航か!?党本部を無視して海を渡る目的はひなママ!!

 ――教皇猊下も制御不能!?全世界の信者が第二のマリア像としてひなママ像を、と訴え、署名活動開始!!早くも五億人突破!!




 おお……。

 その場で頭を抱えてうずくまりたくなる。

 もしくは、フェンスを飛び越えてアイキャンフラーイ♪とか。




「ダメだよ?」


 にっこり。

 左側から大きな恵体で覆いかぶさるように私の幼体をがっちりホールドするのは、将来産むことが確定しているのに、まだ生まれてもいない愛娘で。


「そうだよ~?」


 にっこり。

 右側から大きな恵体で抱きしめるように私の幼体をがっちりホールドするのは、将来結ばれることが確定しているのに、まだ告白もしていない幼なじみで。


「……朱鷺、ちょっと距離近すぎじゃないかな?陽菜が苦しそうだから、もうちょっと離れたら?」

「……春名こそ、お姉ちゃんに振られたばっかなんだから、もっと離れたら~?」

「…………」(ゴゴゴゴゴ)

「…………」(ドドドドド)


 こいつら。

 母をめぐる父と息子の争いか。

 あるいは子をめぐる母同士の争いとか。

 しかも大岡裁きとは逆で引っ張り合うのでなく、どちらも私と密着したいものだから、三人でぎゅうぎゅう押し競饅頭おしくらまんじゅうするような恰好に。口から餡が出ちゃいそう。うぷ。


「ちょっと三人とも、喧嘩してる場合じゃないですよぉっ!ああ、もうミサイル到達時間まで残りわずか……!」

「別に喧嘩してるわけじゃないです。親娘…もとい、従姉妹同士の心あたたまるスキンシップってやつですよ」

「そうそう。それにお姉ちゃんがついているんだから、怖いものなんてなにもないよ~」


 涙目の先輩が抗議するなり、そういってがばっ、と臨戦態勢を解き、私たち三人でがっちりスクラムを組むポーズに。

 こいつら。

 でも、まあ言ってることはその通りで。


「やるしかないんだよなあ……」


 私のため息ともぼやきともつかない独り言を、天使と天才の資質を有した二人の少女は我が意を得たりとばかりに強く頷いてみせる。

 私がこういう難儀な未来に直面するであろうことを知った上で、女神と天使は特にアドバイスすることもなく、天界へと旅立っていった。

 つまりそれは、私の手でなんとかなると信じているということ。

 ……一介の女子高生に世界の手綱を任せるってのも、どうかと思うけど。難易度ルナティック過ぎやろ。

 それに、たとえあいつらを迎撃して世界大戦の危機を退けたとしても今度は宇宙戦争の危機、さらには神々の争いの危機といった具合に難易度は相乗的に鰻登りの滝登り、50mを泳ぐのがやっとのスポーツ音痴の少女には過酷すぎるトライアスロンな未来が待ち受けているわけで。うむむ。

 勝ち筋の見えない盤面に直面した棋士のような渋い顔になる。

 それを見た二人がまた近寄ってきて。

 再び押し競饅頭ごっこが始まるのか、と無意識に身構える。

 すると。




 ぎゅ。


「ボクたちがついているんだから」


 ぎゅ。


「そんな顔しないでよね、お姉ちゃん」


「……………ん」


 二人分の温もりを、握った手を通じてもらう。

 それは、なんて愛しくて。

 しあわせなことか。




「ありがとね、……春名」


 なでなで。


「……う、うん///」

「ねえねえ、私は私は~~!?」

「あーはいはい」


 つんつん。

 餌を待つ雛鳥のようにくちびるを突き出す幼なじみのほっぺを突いてやる。


「それじゃな~い!」

「「はいはい」」


 ほっぺを膨らませる朱鷺に対し春名と二人でくすくす笑い合う。

 ほのぼの家族ごっこ。

 一瞬、場の雰囲気が和やかになる。

 が。




 きゅううううううううん。




「「「ぴゃああああ!もう来たああああああっっ!!?」」」


 先輩およびクラスメイトたちの失禁でもしたかのような、耳をつんざく少女たちの悲鳴。

 無理もない。

 ついさっき、ドンナ大統領の自家用ジェット機が出現した雲の階段の光差す特異点から、今度は北の国からお届け物といわんばかりのミサイル数百発が姿を見せたかと思いきや、そこから金正銀将軍はじめ何百人という美女軍人が一斉に飛び降りて、パラシュート抜きでの自由落下。私たちが佇んでいる屋上を、というよりは私だけを目指して。

 それを見たドンナ大統領のジェット機は対抗心を燃やしたのだろうか、即座に引き返して同じく屋上目指してSPや秘書官を引き連れて将軍様と同じくパラシュート無しでのアイキャンフラーイ。イエス、ウィーキャン。




「ひなママー!!大統領ノドンナガ迎エニキタワヨー!!」

「…………ひな、ママ。お母様オモニム




 活発な金髪美少女と寡黙な軍事美少女が二人揃って空から私にママと呼びかける。

 男の子向けのラノベだったら全身の血が沸騰するほど歓喜乱舞する場面だろうが、生憎私は女の子でしかもこれはフィクションでなくリアルで直面しているのだ。

 正直こわい。

 でも。


「……やるしかないでしょ」


 私のため息混じりの問いかけに二人の少女は、そして屋上にいるすべての仲間たちが頷く。

 ひなママという類いまれな偶像に吸い寄せられた世界史的傑物たる美少女達の愛。

 しかし、私の愛は彼女たちには注がれない、限定的なもの。

 よって、その愛に応えるわけにはいかない。

 愛の摂理に反するから。

 無償の愛を、無情の愛によって、無常に制す。

 傷つくし、傷つける。

 その覚悟はできている。

 こおおっ、と空手の息吹のように精神を集中。

 彼女たちの圧倒的な軍事力を無効化する魔法。

 いつの間にか、屋上にいる少女たちは全員手に手を取り合って。

 まるで演劇のフィナーレを飾る全員の挨拶のような体勢に。

 その様子を認めた春名は、悪戯っぽくとびっきりのイケボでささやく。




「ねえ、ボクたちも一緒に唱和してみない?」

「唱和って……陽菜さんのアレを?」

「さんせ~い♪一度やってみたかったんだ~」

「でも、いいの?私たちの声だと邪魔にならない?」

「まさか。きっと元気玉みたいに威力倍増するよ。ねえ、陽菜?」




 孫悟空かよ。

 でも、こういう場面でもいつも通りの雰囲気で、みんなに気遣えるやさしい女の子が自分の血を分けた娘であることが、どこか誇らしくて。

 こくり、と頷いてみせて。

 まるでお祝いパーティの主賓スピーチのように。



「……それでは皆さん。ご唱和願います」

「「「は~い!」」」


 それは魂魄からの奥底から込み上げてくる、いつもの負のオーラ全開の叫び声ではなく。

 私の、私だけの、そして私の愛する少女たちへの想いを寿ぎ讃える無償の愛の讃歌。

 やれる。

 いまなら、私の歌声は雲の階段に光差す特異点を物理的にも概念的にも突き抜けて、女神と天使が見守る天界の座にまで届くことを確信する。

 ……二人とも、見ているなら見守るだけでなく一緒に唱和しなさいよ。

 そんな胸のうちのつぶやきに、すかさず脳内で反響する天界人の声ふたつ。




 ――いいよー。

 ――ご唱和させていただきますわ、お母様。




 ……よし。

 役者も舞台も整った。

 ドンナ、正銀、それに名も知らぬ無数のひなママ信者たち。

 ごめん、君たちの愛には応えられない。

 だから、せめて全身全霊を込めた歌声でその愛の菩提を弔ってあげよう。

 弔鐘の音を鳴らすのは私。歌うのも私。

 その歌声が全世界の全人類に共鳴することの予感に打ち震えつつ、私は私をも遥かに超えた全世界・全時間が織りなす無限の母性の慈しみによって躊躇なくその他愛ない人間臭いベタな言葉を神をも超える聖なる言霊として解き放つ。

 具体的には、カール自走臼砲から大陸間弾道ミサイルクラスとして。

 とりあえず、ドンナと正銀とその仲間たちを自国にまで送り返すつもりで。

 カーテンコールに呼び出されたみんな、準備は整ったようだ。

 それではみなさま、声を合わせてご一緒に。

 いくよ。

 せーの。








 わ た し を マ マ と 呼 ぶ な あ あ あ あ あ ! ! !

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ママと呼ばないでっ! 黒砂糖 @kurozatou-oosajisanbai

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