ママと呼ばないでっ!
黒砂糖
第1話
わたし、
お日様と向日葵ひまわりと牛乳が大好きな高校一年生!
幼なじみの
毎日が楽しくて仕方がありません!
神様、アリガトー!!
――ただ、一つの不満を除いてはね……(大きなため息)
「私と付き合ってほしい」
その日も朝のホームルーム前に校舎裏に呼び出されて告白された。
今月に入ってもう何度目だろ?
今回の相手は三年生の先輩でしかも生徒会長。
才色兼備にして高校生としては破格の大人びた立ち居振る舞い。
クールビューティを絵にしたような彼女に対し、いつものようなアレがないことを少し期待しつつ、いつものように頭を下げる。
「ごめんなさい」
何十回となく私の声帯を震わせてきた滑らかな声流。
そんなお断りの文句を聞いても彼女は微塵も動じることなく、ノータイムで次の言葉を紡ぐ。
「理由を聞いてもいい?」
「……いまは誰とも付き合いたい気持ちがないので」
「私のこと、嫌い?」
「そうじゃないです。ただ……」
「よかったあ。じゃあ、ひなちゃん」
あ。やばいやつだこれ。
破顔した彼女はそれまでの淑女っぷりから一転、幼女のように瞳を熱く潤ませて肉食獣のように吐息を熱く弾ませて。
逃げようにも私の腕はすでにがっちり拘束済み。
死刑宣告を下される死刑囚の気持ちでいた私に告げられたのは、いつも通りアレな告白。
「私のママになって❤」
やっぱりぃぃぃっっ!!!
ブルータスぅぅぅ!!!お前もかああああ!!!
「ちょっ、先輩まずいですよ!?生徒会長ともあろう方がこんな……」
「やーなーのー!もう生徒会長とか重責も職務も人間関係のしがらみもなにもかも忘れてひなママに甘えてさーせーてー!!」
知るかー!!!
ていうか私の名前はひなじゃなくて、は・る・な!!!
そんな私の(心のなかでの)絶叫など意に介することなく、幼児退行に根ざした先輩の妄言もとどまるところを知らない。
「ひなママのちっぱいで溺れさせてえええ!ひなママの太ももで悶えさせてえええ!ひなママの子宮で私を孕んでえええ!ひなママの産道で私を産んでえええ!!この場所を私とひなママの愛の巣にしてええええ!!私たちのバブリング創世記はここから始まるのぉぉぉぉ~~~っっ!!」
誰がちっぱいだゴラァァァとか公共の学び舎を愛の巣にしたら警察来るわとかバブリング創世記とか先輩渋いですねとか言いたいことは多々あれど、いまの私がやるべきことはただ一つ。
「 私 を マ マ と 呼 ぶ な あ あ あ あ あ あ あ あ ! ! ! 」
魂魄の奥底から込み上がるマグマの如き想いを一つに収束させて放たれた渾身の叫び声は、カール自走臼砲の着弾の如き轟きとなって先輩はいうまでもなく、近隣一帯住民をも巻き込んで
「いや~すごい迫力だったね~」
にこにこしながら教室の机で突っ伏すわたしに牛乳パックを手渡すのは、私よりも遥かに背高で大柄でありながら私と同い年の幼なじみという非常識な特権を有する少女。
幼稚園ではじめて会った時は私よりも小柄で「おねえちゃん❤」と舌足らずな可愛い声で私がどこへ行くにも私の後ろをちょこちょこついてくる世界一可愛い妹だったのに、とっくの昔に背丈も成績も私を追い抜いてしまった学園一の才女。
高校一年で東大模試A判定ってどこのギフテッドよ。
そんな私の想いを知ってか知らずか、彼女は不審そうに私の顔を覗き込む。
「あれ、飲まんの?」
「飲むぅ~!」
朱鷺の手にある牛乳パックをひったくるようにして一気飲み。
乙女の成長に牛乳は必須。
無心に嚥下する私を、じーっと眺める幼なじみ。
今朝の騒動の顛末を聞きたいんだろうなあ。
ため息一つ。
「……聞いてた?」
「聞いてた聞いてた」
私が反応するや、多忙な母親にようやく構ってもらえた娘のようににこにこして応える。
「通学バスから降りた途端あの大炎上だもの、てっきり御堂真奈美さまが
誰だよ御堂真奈美って。
「で、やっぱりアレなの?」
「アレですわよ、奥さま」
「櫻子先輩だったらアレじゃないと思ったんだけどね~」
「櫻子先輩だったらアレじゃないと信じていたのに……!」
肩をぷるぷる震わせてぶわっとあふれる涙を両の手のひらで覆う私によしよし、と髪を撫でて慰める朱鷺。
そう。
私はモテる。
確かに。
だが、私が望んだのはもうちょっとその手心というか、真っ当でノーマルなモテかただったはず。
それがどうして――。
「バブみを感じる女子高生総合ランキング一位・小日向陽菜さん」(ニヤニヤ動画)
「出会って即オギャる女子高生殿堂入り・小日向陽菜さん」(オギャッター速報)
「母であり娘であり恋人でもあったかもしれない女子高生終身名誉会長・小日向陽菜さん」(赤いお兄さん同盟)
――こうなるんだよおおおおっっっ!!?
「おかしいでしょっ!?大体母性を求めるなら、朱鷺のほうがよっぽど母親っぽいでしょうがっ!?」
「私、そんな年齢としじゃなかとよ~」(赤面)
「これが持てる者の余裕か……!」(血涙)
「?」
おっとりした口調で否定する幼なじみに、仄暗い殺意が芽生える。
不思議そうな顔できょとんとする幼い仕草とは対照的に、暴力的なまでにたわわに実った見事な果実。
一方、こちらは地平線が見通せそうなくらいどこまでもフラットで不毛な大平原。
小学生時代の服が余裕で袖を通せるんだぞこん畜生。
「お姉ちゃんは頼りがいあるからね~。しょうがないよ」
こちらの恨みがましい視線をどう解釈したのか、朱鷺はそんなことをいう。
ていうか幼稚園時代のその呼び方やめい。
「こんなちんちくりんに母性を求める奴らなんかに頼られたくないっす。いやマジで」
「……そう?」
「そう!はーっ、せめてharunaさんくらいのタッパと美貌とカリスマがあったらなーっ」
「それ、『せめて』っていわなくね~?」
苦笑混じりの突っ込みに無言で同意しつつ、スマホをぬるぬる操作して表示したのはお目当ての少女の画像。
haruna。
「奇跡」「伝説」の二つ名がつくレベルのカリスマ系JKモデル。
画面越しでも抑えきれない圧倒的なオーラ力を前に、ただただひれ伏すのみ。
まさに天使。
畏れ多いことに猫っぽい顔立ちとか声とか私とそっくり。
光栄至極なことに名前だって一緒だ。
いってみれば、小日向陽菜の超上位互換ヴァージョン。
神様、なぜ私をこの美少女みたいに造ってくれなかったのですかぁっ……!
またしても喉奥からカール自走臼砲がせり出しそうになるのを、間延びした声が遮る。
「そういえば、今日転校生が来るって聞いたけど~」
「またかよ」
露骨に舌打ち。
バブみを感じる女子高生を追い求めての転校生、いままで何人いたのやら。
今度はお昼休みの屋上での告白か、それとも朝のホームルームで皆の前での特攻か。
どっちにしろ真っ黒な未来しか見えない。
厄日だ。
うんざりした顔であろう私に、朱鷺はいつものにこにこ笑顔でいう。
「心配するようなことじゃないと思う」
「?」
「きっと今日はいい日になるよ~」
それだけ言うと、彼女は自分の席にさっさと戻って周囲の友達と談笑に興じ始めた。
なんのこっちゃい。
結論からいえば、朱鷺の台詞は正しかった。
そう。
確かに正しかったのだが――――。
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