05:元廃人ゲーマーですが後腐れないように叩き潰します



 それから村を歩き「ちょっと王都行きますー」と軽い挨拶がてら少し回る。

 しんみりした門出にはしたくないのだ。



 途中、道具屋さんに寄って、冒険者の初心者に必要なものを買い込んだ。

 着替えや大きめの布、ロープに採取用ナイフ、ランタンに初級ポーションとか薬類。保存食などなど。

 あとはそれらを入れる背嚢。


 背嚢もあまり大きすぎると動きづらくなるし、私のステータス的に敏捷重視なので収納物も含めてなるべく軽く・少なくしてもらった。

 登山用とは言わないまでもリュックサックな感じ。



 両親からの心付けで渡されたのは金貨五枚。

 少ないけどって言われたけど、突然王都行きますって娘に対して、村の食堂がそれだけ出すってのはスゴイ事だと思う。

 正直うちにそんな貯蓄あると思わなかったし、貰うのを恐縮するくらい申し訳なく思った。



 あ、ちなみに硬貨レートはこんな感じ(私の勝手なイメージ)


 銅貨=十円

 銀貨=銅貨百枚=千円

 金貨=銀貨百枚=十万円

 白金貨=金貨百枚=一千万円



 つまり五十万円くらい貰ったわけだ。

 冒険者になって稼ぐ事ができたら仕送りしようと心に決める。



 で、武具屋では結局無料だったし、道具屋でも色々とおまけしてもらって銀貨十枚しか使わなかった。

 多分普通に買ったら三倍くらいするんじゃないかと……。

 村とかいう心温まるコミュニティありがたい。

 でも怖い。優しい人が痛い目を見そうで怖い。がんばれ村。



 出立準備が整ったら一度家に戻って、両親と一緒に馬車乗り場へと向かう。

 二人ともお見送りしてくれるらしい。



「本当に気を付けるんだぞ? 危険な事はしちゃダメだ。都会には信用させようと近づいてくる悪者だっている。ましてやピーゾンは可愛い女の子なんだ。絶対に変な男に近づくんじゃない。そいつは悪者だ。気を許しちゃダメだ。いいか? 絶対だぞ?」


「辛い事があったらすぐに帰ってくるのよ? 何もなくても手紙は出しなさい。手紙を出すお金もなかったらその事も事前に知らせてね? こっちから送金するから。まずは宿屋とか住まいが決まったら教えて。あ、極端に安い宿屋はダメよ? 安全なところを探しなさい。それと……」



 二人ともお別れの挨拶が長い。


 いや、いいんだよ? 愛情バシバシ伝わるよ?

 十歳の娘を都会に出す両親の思いってのは私には分からないけど、心配でしょうがないんだろーなーって想像はつくよ。

 だからうんうんと頷いてハグしておくよ。



 そんな事をしていたら、遠くから声が聞こえた。



「おーーい! ピーゾン!」



 えっと……アルゴ……アモス……いや、アルスだ。

 そんなに慌ててどうした……あ、アルスには何も言ってなかったや。

 別にわざわざ村を出るって言う必要ないんじゃないかな。こやつだし。



「聞いたぞ! 冒険者になって王都に行くって、ホントか!」


「うん、そうだけど……」


「ずるい! 俺だって冒険者になるんだ! ピーゾンの勝ち逃げじゃないか!」



 ずるいって言われてもねぇ。

 アルスが【剣士】になりたかったのって親父さんと一緒に村の衛兵になる為でしょうに。

 まぁ冒険者になるのは別にいいんだけど本登録でオーフェンに行くくらいでしょ?

 私もとりあえずオーフェンに行くけど、王都に行くのをずるいと言われても困ります。



「どうしても行くって言うなら……行く前にもう一勝負だ!」



 そう言って、アルスは左手で木剣を差し出してきた。

 自分用のは右手に持っている。

 なんとまぁ執念深いと言うか、うざったいと言うか……。

 ま、村を出る前にアルスの未練を断ち切っておきますか。


 溜息一つ、私は木剣を片手に取り、半身に構えた。



「絶対に俺が勝つからな! 行くぞ!」


「はいはい、掛かって来なさい」



 アルスの剣は衛兵のお父さんに毎日しごかれて身につけたものだ。

 多分、同年代の男の子からしたら十分に戦える剣筋なんだと思う。

 比較対象がないからアレだけど。


 上段に振りかぶり、勢いよく迫りつつ、体重を乗せて振り下ろす。


 ――ビュン――すかっ



「くそぅ! まだまだ!」



 ――ブンブンブン――すかっすかっすかっ



 うん。いくら剣を扱えるって言っても、いくら【剣士】になって<剣術>スキルを覚えたって言っても、所詮は十歳のガキの技量なんだよね。

 ぶんぶん振ってるだけじゃ当たるわけがないよ。


 私はアルスの動きをよく見て、剣の軌道を予測して、身体をずらすだけ。



『クリーチャーハンター』というゲームは、敵のほとんどが触手持ちの異形だった。

 デカくて、気持ち悪くて、何十本もの触手を相手にするもんだから、アバターを後衛キャラに育てる人がかなり多い。

 誰も触手がうねる前衛で戦いたくないのだ。

 気持ち悪い上に難しいから。遠くから魔法が無難なのです。


 そんな中で私は『フリフリドレス装備で回避特化の大剣使い』というキャラにしていた。

 最前線で触手攻撃に晒されながら、とにかく避けまくり、大剣の一撃を与えると。

 なんでそんな非効率なキャラにしたかって?

 そこに浪漫があるからだよ、言わせんな恥ずかしい。


 もちろんVRMMOの話だし、私が実際に身体を動かしていたわけじゃない。

 でも動きを見る目と、考える脳はその時に鍛えられたのだと思う。



 そしてそれはこっちの世界に来ても変わらない。

 空町タカコからピーゾンになっても、十歳の少女になっても、目と脳は変わらない。

 アルスの剣を見るのなんて、無数の触手に比べれば児戯同然。避けられて当然。


 私としてはこの世界で魔物相手に戦うつもりなんてなかったし、無理矢理誘われて何回かはアルスと模擬戦したんだけど、毎日訓練しているアルスと『クリハン』の動きで剣を振った私が戦ったら、私が全勝してしまったのだ。


 そんなこんなでこの小僧は「勝ち逃げ」とかほざいているわけなんだけどね。


 わざと負けてあげるのも嫌なので叩き潰しておきます。

 村を出る前に禍根を残すわけにはいかないんで。

 あと、なんとなく叩きたいんで。



「くそっ! はぁっ、はぁっ! なんでっ! 当たらないんだよっ!」


「もう終わりにするよー、攻撃するからねー」



 避けながら胴に一発。ズバンと綺麗に入った。

 カウンター気味にもらったアルスはそのまま腹を押さえてヨツンヴァインになる。

 木剣だからHPのダメージはない。でも衝撃はあるのだ。

 だから私は当たりたくないのだよ。


 項垂れるアルスに上から目線で声をかける。



「アルスは【剣士】になったんだからこれから強くなるでしょう? 今度帰ってきた時に見せてもらうよ」


「はぁっ、はぁっ、ぜ、絶対だぞ! 今度はピーゾンより強くなってるからな! あと俺も王都行きたい!」


「いや王都に来る意味ないでしょ。アルスはこの村ファストン守っててよ」


「うぅぅ……ちくしょう……」



 項垂れるアルスは放っておいて、両親と最後の別れを交わす。

 【剣士】のアルスに勝った事を持ち上げられながらも、やっぱり冒険者として戦うには不安なようで、最後まで心配された。

 とりあえずハグしておく。



 そんなこんながあって、私は馬車に乗り込んだ。

 村によく来る馴染みの行商人さんにお金を払い、オーフェンまで乗っけてもらうのだ。お待たせして申し訳ない。

 馬車はゆっくりと走り出し、私は荷台から後ろに顔を出す。



「元気でなー!」「気を付けてねー!」「すぐ帰ってこいよー!」



 そんな声がいつまでも続く中、私はずっと手を振り続けた。

 その姿が見えなくなるまで。



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