(仮)フロンティア・コンフリクト

真夜中都市屋

第1話 どかーん。



 とある山奥。


 汗を流す大柄な若者の姿があった。


 この場所には余りにも不釣り合いな簡素なジャージに身を包み、当たり前のように断崖絶壁を殴りつけている。



「ふぅ……ッ!」



 汗を拭い、鮮やかな紫光りをする黒髪をかき上げ、笑顔になる。その姿は途轍もなく狂気染みていた。


 彼。孤高な修行者、鬼ヶ島強慈郎おにがしま きょうじろうは、岩を砕き、滝に打たれ、獣を殺し、厳しい修行を続けていた。


 薄れゆく夕陽の中。彼の姿は瞑目し、心は静寂に満たされる。


 鬼ヶ島の家系は代々、武術の修練者として知られ、強慈郎もその血脈を受け継ぎ、長きに渡り自然の中で自己を磨くことに専念してきた。



 山の中で修行に明け暮れる彼のもとに、突如として異変が訪れた。



「……なんの光だ?」



 彼の修行を妨げるべく、天空から巨大な隕石群が眩い光と共に降り注いだ。隕石が地上に落ちる瞬間、その衝撃が響き渡り、その轟音は山々を震撼させ、木々や獣たちを驚かせた。


 しかし、強慈郎はその迫りくる危機を冷静に受け止めた。彼の身体は鋼のように強張り、精神は鋭利な刃のように鋭く研ぎ澄まされていた。



「おいおいおいおい……ッ」



 一際大きい隕石が、矮小な人間を引き潰そうと接近するにつれ、眼には決然とした光が宿る。



(……避けれねぇな)


「なら、やるしかねぇよなァ」



 深く息を吸い、吐き、構えを取る。一連の動作はまるで舞のように美しかった。


 彼は自らの技を以て、その隕石と対峙することを決心し、力を込める。



仏滾流ぶったぎるッッ、岩石粉砕拳がんせきふんさいけん……ッ!」



 怒号を上げ、漆黒の闇をも切り裂く鋭い動き、放たれた拳が隕石との接触する。


 その瞬間、時が止まった。


 束の間の時間停止。秒針が時を刻むような幻聴を聞きながら、周囲の景色が遅く、悠然と流れ始める。


 瞳孔を開き、確実に彼は現状を理解し、思考を巡らす。強大なエネルギーを纏った拳は、巨岩を砕くには至らず。未だ強慈郎を押し潰さんと徐々にだが着実に迫っていた。



(砕け、ない!?なら……ッ!)



 コンマ数秒。彼の決断は迅速で、その行動は果敢だった。拳が押し戻され、隕石がおのが身体に接触する瞬間。


 強慈郎はその衝撃を柔軟に受け流し、半身を下げ、引いていた左手をぶちかます。


 彼の身体は



「まァッわァッれェぇぇ………ッ!!」



 その技は見事であり、しかし荒唐無稽でもあった。


 それはまるで嵐のように猛々しく。


 それは魂の奥深くから湧き上がる真の力の表れ。


 手に宿る力は、自然の力と共鳴し、光り輝いていた。


 周囲の木々を巻き込み、土煙を上げる。竜巻となり、地形を変えながら回り続ける。


 やがて、その馬鹿げた独楽は回るのをやめた。



「はァッ……はァッ……はァッ……」



 荒い呼吸を立て、次第に静かに。ゆっくりと呼吸を整える。


 落ち着いた強慈郎は改めて、その隕石を見る。彼はその大きさに圧倒された。



「でけぇ……はァッ……」



 自らの倍近くありそう巨石を放ると、尻餅をついた。。


 しばらく、眺めて考える。



「こんなクソ硬い岩、初めて見たな……。あぁ、いや、それどころじゃない……。あぁ、でも……」



 ぶつぶつと呟きながら、混乱と興奮の中、荒れ果てた大地を見渡した。



「はは……ッ、跡形もねぇな」



 かつて崇め奉られていたご神木が倒木しているのを見つける。


 何をとち狂ったのか。のそりと起き上がり、御神木に巻かれていたちょうどいい縄を拾い上げる。徐に戦利品を縛り上げ始めた。



「よし!ちょうどいいな!」



 何も良くはないのだが、縄を担ぎあげる。


 鬼ヶ島 強慈郎は、在ろうことかこの岩を持ち帰り、修行のために用いることを決断した。


 男は無宗教者だ。いや、無関心であれば神も安心できたのだが、神仏がいるのであれば手合わせを望むほどだった。


 度々、所縁がのある場所に出没しては挑発的に罰当たりな事をする無頼漢。もちろん、神罰など微塵も気にせず、その心には新たな試練に対する渇望と、未知の力への探求心が燃え盛っていた。


 山の中で孤独に修行を積み重ねてきたが、今回の出来事は彼の運命を変える契機となるだろう。


 大きな岩を引き連れ、十数分。山を下り切りひらけた場所へ出た。簡素な平屋。広々とし、荒れている庭があり、ど真ん中に向けて祀られているかのような巨石を遠心力で放り投げる。


 この場所は、この大男の寝床である。


 御座ござに寝ころび、自身の両手を突き上げ、それを見つめ、物思いにふける。



(……死ぬかと思った。あれは、なんだったんだ)



 長き修行をしてきた中、強慈郎が初めて得た感覚。



(まるで、何かが俺の中に溶け込んでいくような……)



 疑問に思いながらも、朦朧とする。



(流石に疲れたか……)



 ぶつりと、強慈郎の意識は途絶えた。




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