普通の事を言うだけで驚かれてしまうのだが
天野隆生――もとい転生してイクサ・ヘンキョーになってしまった存在は、館の自室に戻ってボーッとしていた。
自室は純朴ながら質実剛健といった造りだが、それに見合わない中途半端に豪華そうな壺や宝石が置かれていた。所謂、成金的な下品さがある。
「これって……現実だよな……」
夢のようにボンヤリした感覚では無く、住んでいた日本ではあまり感じないような刺すような寒さ、いかにも中世ファンタジー風という村から漂うリアルな臭気、聞いたことのない家畜の大きな鳴き声。
部屋にあった高級菓子とやらを摘まんでみるも、食べ慣れたお菓子メーカーの既製品より不味すぎる。
五感を刺激するリアルさ。
「マジかぁ~……」
イクサは思い出す。
パーヴェルに詰め寄られ、石で転んで頭部をぶつけた拍子に前世の記憶が生えてきたのだ。
元のイクサ・ヘンキョーの九歳までの記憶もあるため、たぶん『赤子の時から転生していたが、ずっと天野隆生としての記憶が封印されていた』という感じだろう。
「コイツの名前、イクサ・ヘンキョー……って言うと、アレだよな……。ゲーム〝YX〟のザコキャラ……」
サブキャラとも呼べないレベルのモブ、しかも最初に出てくるやられ役のザコキャラに転生してしまったのだ。
頭を抱えてしまう。
「これからコイツとして生きて行くのかぁ……。たしか、目標は星渡りの傭兵となって全宇宙を手に入れる……とかだったな……」
動機などはどうあれ、星渡りの傭兵となって最強の存在となる――それはゲーム内でやったことがある。
しかし――
「目の前の敵を倒し続けても……バッドエンドしかないんだよなぁ……」
ゲームの主人公が辿った道、それがすべてを証明している。
この世界で勝ちすぎてもロクなことがないのだ。
「よし、決めた。俺は戦わず、ノンビリ生きるぞ。わざわざバッドエンドに足を踏み入れるなんて馬鹿らしい」
行動方針は決まった。
今度は、それをどう実行するか――だ。
「ザコキャラのイクサ・ヘンキョーか……たしか大人になったコイツの運命は――」
なぜか主人公の前に単身出てきて、ゴミのような腕前で即やられる。
あとから理由が判明するのだが、どうやら従者であるパーヴェルスと、ヴィルヘミーネに裏切られたらしいのだ。
「現状を知ると、そりゃ裏切る理由もわかるよなぁ……。イクサ、クズ過ぎる」
ちなみにパーヴェルスとヴィルヘミーネは、主人公の味方となって重要なキーキャラに収まる。
イクサとは無理だった、親友ポジを主人公とするのだ。
従者
ルートによっては主人公をかばってヴィルヘミーネが死亡し、結婚の約束をしていたパーヴェルスが闇堕ちしてラスボスになるパターンもある。
主人公とパーヴェルスの親友度が高すぎて『もう恋人だろコイツ』みたいなルートもある。
――とまぁ、やられ役のイクサと違って、二人は未来でしっかりと活躍するキャラなのだ。
イクサ・ヘンキョーだけ名前が適当なのも、開発の裏側が何となく透けて見える。
そんな三秒で考えたようなザコキャラに転生させられる気持ちを考えてほしい。
学校で先生に授業中『ヘンキョーくん』と刺されたら、他の生徒が笑いを堪えるのに必死だろう。
もっとも、この世界の言葉は様々な言語が入り交じって使われ、それを脳内で勝手に日本語として翻訳しているようなものなので辺境=ヘンキョーと認識はされたり、されなかったりだ。
……脱線したので、重要キャラ二人へと思考を戻す。
「そうなると、まず最初の目的は二人の好感度稼ぎか……。現状だと絶対に裏切られる」
そこへコンコンと自室の扉がノックされた。
いつものイクサなら『うるせぇ!! 飯の時以外は部屋へ来るな!』とヒキニートもビックリのリアクションを取るのだが、今は違う。
「どなた様ですか?」
「えっ、あれ、部屋を間違え……」
「パーヴェ、間違えてないよ……ここイクサの部屋だよ……」
パーヴェルスとヴィルヘミーネの声だ。
(俺のことを心配でやってきてくれたのか……。良い奴らだな……)
イクサは笑顔でドアを開けた。
その瞬間、二人はすごい表情で剣と杖を構えていた。
「うお!?」
イクサは驚きの声をあげてしまうが、二人は部屋の中をキョロキョロと覗き込んでいた。
「おかしい……イクサしかいない……。さっきの礼儀正しい声は誰なんだ……」
「いや、俺だけど……」
「イクサが……あんなことを言うはずないじゃない!?」
「本当にそうだ!! どうしたんだ、イクサ!!」
ひどい言われようだ。
「えーっと、立ち話も何だから、部屋の中に入れよ。丁度、菓子もあるし、お茶も淹れるよ」
「ぶ、ぶつけて頭がおかしくなったのか……」
「大丈夫……? わたしが使える簡単な治療魔術を使う……? それとも、お医者さんに見てもらう……?」
ある意味、頭をぶつけたことが原因なので否定はできない。
二人を招き入れ、テーブルの椅子を音を立てないように丁寧に引いて、まだ暖かいティーポットからカップへとお茶を淹れて置いてやった。
甘すぎる菓子は好みではなかったので、全部を差し出す。
「ひっ」
「まさか……毒で僕たちを処刑しようと……」
「いや、違うが」
イクサはパーヴェルスのカップから紅茶を一口飲み、あまり美味くない菓子を一欠片食べて見せた。
「……」
二人は無言になってしまう。
よく見たら少女マンガの様に白目を剥いている。
「お、驚きすぎじゃないか……二人とも?」
「驚かないはずないだろ!!」
「あのイクサが……こんな……」
どんだけだよと思ったが、ボンヤリと覚えている過去の記憶では酷いことをしまくっていたので、これも仕方がないのかもしれない。
二人の好感度は0からスタートというより、大幅なマイナスからスタートだ。
人間関係を上手く取り繕うような頭もないので――あれば前世で恋人も居らず、一人寂しくゲームを三徹なんてしていなかっただろう――ここは直球で攻めるしかない。
「二人とも、ごめん! 今までのことは俺がすべて悪かった!!」
「……は?」
イクサが日本式土下座で謝った途端、二人の表情は困惑から怒りへと変わっていた。
「そのときの気分で僕たちを殺すようなことをしていたのに……。そんなふざけたポーズで……」
「や、止めなよ、パーヴェル……また怒らせたら何をされるか……」
「止めるなヴィルヘミーネ、これだけは言わせてくれ! ……イクサ、キミは今まで謝って済むような……」
「パーヴェル!!」
今にも殴りかかってきそうなパーヴェルスを、ヴィルへミーナが必死に止めて、部屋から連れ出そうとしていた。
イクサはこれでも、中身は大人だ。
寂しそうな表情をしつつも冷静に受け止め、菓子を包んで手渡した。
「俺はいらないから、持っていってくれ」
「ふんっ!!」
二人はそのまま部屋から立ち去ってしまった。
「いや、まぁ、仕方がないよなぁ……。俺だって、いじめっ子がいきなり謝ってきても、はいそうですかと許すのは難しいし、何よりコイツら子供だからなぁ……」
たぶん大人特有の心の入っていない近道をしても、それは表面上だけで偽りの親友ルートに入っていくのだろう。
真摯に向き合って行くしかない。
「っと、もうそろそろBBA……じゃなくて、祖母のバルバロアが帰ってくる時間か。出迎えに行かないとな」
イクサはバルバロア・ヘンキョーに懐柔されてベタベタな状態なので、いつも引っ付いて回っているのだ。
まともな両親の言うことより、腐敗した貴族のような思想を持つバルバロアの言うことばかり聞き、傀儡と言っても過言ではないだろう。
次期領主となるはずのイクサがダメ人間になったのも、操りやすいようにするためかもしれない。
一応、バルバロアに怪しまれると面倒なので出迎えに行くというわけである。
***
サルーン、今風に言えば玄関広間、エントランスホール。
そこへ帰ってきた一人の女性――バルバロアがいた。
ボリュームのある高級な毛皮を羽織っていて、それがお気に入りのようだ。
実年齢はそれなりに高いはずの白髪女性なのだが、その顔は若々しく美魔女と呼ぶに相応しい存在。
もっとも、心まで美しいかというと――
「このガキィ! よくもワタクシの価値ある毛皮を汚してくれたねぇ!!」
「も、申し訳ございません……。ですが、この子は肩がぶつかっただけで、バルバロア様の毛皮はお汚れになっておらず……」
青ざめた表情をしているヴィルヘミーネと、その母親であるメイド長のメイ・レッセンがいた。
メイは必死に謝罪をするも、バルバロアの理不尽な怒りは収まらない。
「はぁぁぁ? こぎたねぇガキのクセぇ臭いが移ってしまったじゃないかぁ!!」
バルバロアは嫌悪感をあらわにしながら、香水を毛皮に振りかけていた。
その場にはパーヴェルスもいたのだが、あまりの強烈な香水の臭いに鼻を押さえてしまった。
その拍子に持っていた菓子を落としてしまう。
「おやぁ……パーヴェルス……。その菓子はぁ……?」
「こ、これは……」
パーヴェルスは、しまったと思った。
主人であるイクサの菓子を、反抗的な従者であるパーヴェルスが持っていたのだ。
盗んだと思われても仕方がない。
「ワタクシはねぇ……子供がダーイスキなんだけどねぇ……。それでも主の言うことを聞かずに、しかも盗みを働くようなガキは許せないねぇ……」
「こ、これは違います……!! イクサがくれたもので――」
「聞いたよぉ……。ワタクシの可愛い孫のイクサと言い争いをして、その最中にあの子は怪我をしてしまったらしいじゃないかい? その直後にあの子が好物の菓子をくれてやるはずないじゃないか」
パーヴェルスは罠に嵌められたと思った。
結局、イクサは処刑の趣向を変えただけなのだ――と。
「ザクセン、この二人をやっちまいな」
「おう、わかったぜ。愛しい人、バルバロア」
ザクセンと呼ばれた巨漢が、ヌッと背後から出てきた。
このヘンキョー領お抱え傭兵団の団長で、スキンヘッドで髭を生やした厳つい顔が特徴だ。
格好的に山賊と言われてもおかしくない。
ザクセンは二人に手を伸ばそうとした――その時。
「待ってくれよ、お祖母様」
「おや、もう怪我はいいのかい? 愛しい我が孫」
そこへやってきたのは、イクサだった。
「ハハハ! パーヴェ程度の従者にやられないって! 眠気を感じたから、ちょっと昼寝をしただけだよ!」
「オホホホホ! 我が孫ながら逞しい子だねぇ! ……それで、この二人に随分と舐められたって話じゃないか。しかも菓子まで盗まれている……。ザクセン!」
「おうよ! ゴミの始末はオレ様に任せておけよ、坊ちゃんよぉ。うちの傭兵団でもよくやってるから、手慣れてるぜぇ……!」
目配せされたザクセンは、再び動き出そうとした。
しかし、イクサは邪悪な笑みを浮かべながら止めに入った。
「まぁ、待てって。その菓子は確かに俺がくれてやったものだ」
「ほう……なんで菓子をくれてやったんだい? おかしいじゃないか」
「……ククク……クククククク……」
「ど、どうしたんだい……!?」
「……クククククククククク……!!」
イクサは邪悪な笑いで結構な時間を焦らしたあと、急に話し始めた。
「俺も尊敬するお祖母様を見習って、直接的じゃない優雅なやり方を思いついたんだよ」
「あらあら、まぁまぁ」
「菓子を二人の足元に放り投げてやって、犬のように拾わせて惨めな気分を味わわせて服従させてやったのさ。三回回ってワンと鳴かせ、靴も舐めさせて、ほんっと~に傑作だったよ!」
「んまぁ~! 今時、感心な善い子だねぇ~! ……ザクセン、引きな。せっかくの孫の調教中らしいからねぇ」
「わ、わかった……さすが愛しい人バルバロアのお孫さんだ……。殺して楽にしてやるより、生かして精神的に追いつめる……。末恐ろしいぜ……」
ザクセンはゴクリと生唾を飲み込み、スキンヘッドに浮き出た脂汗を拭いつつ後ろに下がった。
上機嫌になったバルバロアは高笑いをしながら、ザクセンと共に館の奥へと去って行った。
そのあとからバルバロアの従者である太っちょのファッティンと、痩せているスリムンが遅れて追いかけて行った。
残されたパーヴェルス、ヴィルヘミーネは信じられないといった表情だ。
メイは悲しげな表情をしていた。
イクサはというと、まだ慣れない邪悪な笑顔のまま――というか引きつって戻らなくて焦っていた。
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