星渡りの傭兵は闘争を求める

タック

第一章 ファースト・ザコ

ゲームクリア、トロフィー100%

 天野隆生あまのりゅうせい――彼はどこにでもいるような、働くことに疲れた人間だ。

 勤務先のくだらない人間関係。

 生きるために稼ぐのか、稼ぐために生きるのか。

 金を持ってる奴が偉いのか? 社会で目立てる奴が偉いのか?

 世間が言う〝おマトモ〟な人間たちは、日々それらを求めて生きるのだろう。


 だが、天野隆生は違った。

 彼が求めるのは〝闘争〟だ。

 もちろん、殴り合いなどの現実の闘争ではない。

 今、部屋の中のモニターに映っているゲーム――〝Yesed イエスド・Xmachina《エックスマキナ》 VI〟。

 通称YXという、世界的に人気シリーズ六作目のロボットゲームでの話だ。


 どんな内容かというと、YXという巨大人型戦闘兵器ロボットに乗って、ライバルのYXや、異形のモンスターと戦ったりするゲームだ。

 こう見るとただのアクションゲームのように思えるが、それは違う。


 YXは各パーツ細かく組み換えることができ、そのパターンは数兆通りになるので個性が出る。

 女子プレイヤーも多少はいて、表面のペイントまで凝って『YXにお化粧をしているようで楽しい』とか言う好事家こうずかもいるくらいだ。


 ストーリーや設定もかなり独特なものとなっている。

 主人公、ヒロイン、ライバルなどのキャラすべて声だけなのだ。

 YXのグラフィックなどは死ぬほど凝っているのに、敢えて人物を写さない。

 そこがまた想像力を引き立てて、一言も喋らないクールで無口な主人公はどんな渋い素顔を持っていて、格好良いのだろうか……と思わせてくれるのだ。


 逆にわかりやすい声のザコキャラもいる。

 このゲームはパーツの売買、修理費、弾薬費などで金稼ぎが大変なのだが、序盤にこれを解消するお助けキャラ――。

 それが〝イクサ・ヘンキョー〟だ。


 名前からしてテキトーすぎるザコなのだが、立ち回りもザコだ。

 とにかく序盤に出てくる敵YX乗りなのだが、弾を回避もしてこないし、銃の狙いも甘い。

 プレイヤーたちは、この〝イクサ・ヘンキョー〟を倒す最速周回をすることによってゲーム内通貨のGPを稼ぐのだ。


 普通ならゲームとは言え心が痛みそうだが、プロフィールにこう書いてある。


『ヘンキョー星のヘンキョー国のヘンキョー領の子爵嫡男。民を虐げ、YXを使った傭兵団によって数々の悪行を成してきた。すべてのステータスが低い最低なパイロット。アリーナFランクの最下位』


 本編の惑星はハオス星系のメガロマ星というところなので、この〝イクサ・ヘンキョー〟の故郷、ヘンキョー星は登場すらしていない。

 このように性格の悪そうなカスザコなので、いくら倒しても心が痛まないのだ。


「よし、ザコ狩り周回した資金で全パーツ買ったし、裏ボスを倒しに行くか……」


 天野隆生は頬をパシッと叩き、気合いを入れてからコントローラーを握った。

 これから倒しに行くのは、すべてのストーリールートを最高ランクでクリアしたら登場する裏ボスという奴だ。

 どんな相手かというと、前作のラスボスだ。

 ZYXという、すべてのYXの元となったオリジナル機体。

 通称――レッドウルフ。


 血のように赤い色、狼のような頭部をした機体で、八岐大蛇と呼ばれる異形の神が操る宇宙戦艦と共に登場するのだ。

 これがメチャクチャ強い。

 発売日からの連休で三徹しているが、未だに倒せないのだ。

 彼は知らないが、ネットでも地獄の様相を呈していて、まだチートで強引に倒したプレイヤーがいるだけだ(即BANされたが)。


「くそっ、元々難しいメインストーリーのあとに、さらに難しい裏ボスを用意するだなんて……本当にこの開発は頭がおかしい……変態の所業だろ……」


 全プレイヤーのクリア段階がトロフィーで見られるのだが、チュートリアルボス突破でさえ10%も存在せず、メインストーリークリア組でさえ1%以下だ。

 さすがにクレームが入ったのか、今日の0時には難易度低下パッチが強制的に当てられるというのがアナウンスされている。

 普通のプレイヤーは、それを待ってからクリアするだろう。

 だが――


「せっかくここまできたんだ。俺は……このゲームのありのままをクリアして、ハッピーエンドを見たいんだ……!!」


 実はこのゲーム、メインストーリーは四週とも違うエンドを迎えるのだが、どれもバッドエンドなのだ。

 あとはもう裏ボスを倒すエンドしか残っていない。

 幸せなトゥルーエンドを目指すための障害と考えれば、難攻不落の裏ボスも燃えてしまう。


「五百回ほど戦って、三種の神器を使わせるところまでは安定してきた……。あとはこれをすべて避けて、攻撃を当て続ければ……」


 惑星規模で展開される鏡のフィールド、惑星規模で穿つ勾玉のビーム、惑星規模で斬り裂く神剣。

 どれも超強力なものだ。

 掠っただけでゲームオーバーになってしまう。

 コンティニューでも修理費、弾薬費がかかってしまうので死にたくはない。

 気が付いたら、強制アップデートの時間が迫ってきていた。


「うおおお!! いけー! 星渡りの傭兵!! ハッピーエンドを掴むんだ!!」


 名前も、声も設定されていない主人公を応援してしまう。

 どのルートでも理不尽にバッドエンドを迎えてしまう、コイツを幸せにしてやりたい。

 苦楽を共にした仲と言ったら馬鹿にされるかもしれないが、良いゲームの主人公というのはそういうものだろう。


「やった!! 最後の〝日輪纏いし天叢雲サンスラッシュ・エーテルブレード〟を躱した!! 初めてここまで来たぞ!!」


 相手は隙を見せ、ようやく攻撃のチャンスを得られた。

 しかし、こちらも弾切れだ。

 残るは杭打ち機――パイルバンカーしかない。

 普段はゴミ性能でロマン武器とか言われている存在だが、不思議な魅力を感じてずっと愛用している。


「っ!? 向こうも最後にパイルバンカーを!?」


 初めて見せるパターンだ。

 まるで互いのすべての力を振り絞って、これで最後にしてやるという気概すら感じてしまう。

 さすがにゲームに対して馬鹿らしいと思うが、三徹で脳が沸騰しているようだ。


「うおおおお!! クロスカウンターだ!!」


 互いに突き刺さるパイルバンカーの太い杭。

 ドローに思われたが、HPが紙一重で勝利していた。

 膝からガシャンと崩れ落ちる、裏ボスのZYXレッドウルフ。

 その煌々こうこうと光っていたカメラアイが、フッと消えた。


「や、やった……ついに……。これでハッピーエンドに……」


 ゲーム内でムービーシーンが流れている。

 汚染された灰色の空、燃え上がる景色、今まで倒してきた数百、数千の残骸。

 呪いのような女性の声が響き渡る。


『貴方は殺し過ぎました、規格外です。――よって、この世界には不要と上位の神々が判断しました』

「は?」


 ゲーム内でワープゲートのようなものが次々と開き、そこから異形の神が這い出してくる。

 巨大なそれは星を噛み砕き、破壊していく。

 やがて宇宙を漂う自機の残骸が映ってスタッフロールが流れ始めた。

 ポカンとした表情でそれを眺めてしまう。


「い、いやいや……これが最後のルートだろ……。トゥルーエンドでハッピーエンドがなきゃ……救いがないだろ……」


 最後に製作会社の名前が出て、終わりを迎えた。


「……本当にこの世界には救いがないのか? 戦うことが間違いだったのか……?」


 ピコン、と通知音が鳴る。

 どうやらクリア特典として〝ZYXレッドウルフ〟と〝赤龍型八番艦・八岐大蛇〟が使えるようになったようだ。

 同時にトロフィー100%の表示も出てきた。


「……終わった……のか……」


 ショックを受けつつも、その場から立ち上がろうとした。


「あっ」


 三徹の疲労のせいかフラついて、ペットボトルを踏んでしまった。

 崩れる体制。


「ブーストで……!!」


 もちろん、現実にはブーストを吹かして空を飛ぶ機能は無い。

 睡眠は適度に取りましょう。


「やば……」


 受け身すら取れずに、頭から倒れる態勢になってしまう。

 ゴスッという衝撃、徐々に視界が暗くなり、意識が薄れていく。

 最後に見ていたのは〝Yesed Xmachina VI〟のスタート画面だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る