愛しい人たちに捧ぐ復讐物語

和田一歌

第一部[ポート=リンチ編]

【1‐1】仲間だと、友人だと、思っていた

 ゴフッ



 目の前で恩人が、血を吐き倒れた。



「エレンさんっ!!!」



 瞬間、私の頭は真っ白になった。助けを求めようと、他のパーティメンバーを見る。彼らは自分たちの仲間が血を吐いたというのに、その顔には歓喜の色しかなかった。


「さすがのリーダーでも、毒には勝てないよな」


 盾役の青年は嘲笑する。


「どうゆうことなの、サム!!」


 仲間だと思っていた人たちは、ニヤニヤとしながら言った。


「俺の名を呼ぶなよ、薄汚い浮浪者め。俺とお前じゃ、格が違うんだよ」


 今の状況、サムの言葉について、脳が理解を拒む。

 仲間で友人だと思っていた。しかしサムは私のことを、そのようには思っていなかったようだ。絶望が胸に広がるなか、不思議と冷静な部分が私にささやいた。


(わかっていたことでしょ。人はいくらでも表面を取り繕える。そんな人の醜さをあなたは知っていた。エレンさんに出会って、随分と日和ったものね)


 呆然としている立ち尽くしている私に、サムは近寄ると拳を引いた。慌てて逃げようとしたが、スピードでは圧倒的にあちらが上だ。無防備な私の鳩尾にサムの重い拳が入る。



「グハッ」


 立っていられなくなり、膝から崩れ落ちた。立ち上がりたくても、身体が言う事を聞いてくれない。続けざまに頭を蹴り上げられた。


 土の上に這いつくばっているはずのに、視界がグルグル回っている。

 誰かの固い手が私を、乱暴にエレンさんの横に投げる。


 額が切れたのか、血のせいで碌に目を開けられない。微かに開けた視界には、彼らが帰り支度を始める様子が映る。



 もともと、この森の魔物の討伐の依頼を受けて来たのだ。彼らには彼らの目的――エレンさんを殺すこと(私はオマケだろう)――があったようだが。



 人体の急所をやられたひょろひょろの私では、エレンさんを庇いながら魔物がうずめく森を脱出するのは不可能だ。



「エレンさん、貴女があんなことを言うから、こうなるのですよ」

「せっかく金の使い道も決めてたのによぉ」


 支度が終わったのか、エヴァとビリーがエレンさんに本音を吐く。その声は忌々しそうだ。


「気持ちはわかるが、そのくらいにしろ」


 サムがふんと得意げに鼻を鳴らす。


「せめてもの情けに、俺たちの計画を話してやるよ。筋書きはこうだ。突如荷物持ちが金を持って逃げようとする。慌ててリーダーはそれを追いかけるが、そこで魔物の罠にかかっちまう。荷物持ちは森の奥に消え、俺たちは命からがら生還した」


 サムの声は随分と愉し気だ。

 当然だろう。私たちが生還するのは絶望的だ。顔が歪むのを抑えられない。そんな私たちの顔を、実に楽しそうに彼らは見ていた。


「今までエレンの我儘に付き合ってきたんだ。大金を手に入れたって良いじゃないか」


 弓使いのビリーがウンザリしたように吐き捨てる。


「そうですよ。なにが今回の賞金は孤児院に寄付しよう、ですか。私たちのお金ですよ」


 魔法使いのエヴァは純真そうな顔を醜く歪めて言う。


「全部リーダーが悪いんだよ。さすがに自分たちでお前を殺すのは胸糞悪いからな。荷物持ち共々、魔物に食われて勝手に死んでくれ」


 最後にサムがしめると、彼らは踵を返して来た道を戻っていった。ご丁寧にエヴァが、魔物を惹きつけるために派手な魔法を放ってから。




「メイ、ごめんね」


 エレンさんが私の名を呼んでくれる。その顔は、目から輝きがなくなり、哀しみと苦しみに歪んで涙にぬれていた。


「エレンさんは、悪く、ないです。……あいつらが、悪いんだ。だから…泣かないで」


 必死に私は言い募る。

 いつも凛々しく美しいエレンさんが泣いている。いろんなエレンさんを見てみたいと願ってきたが、これは違う。こんな所で、その美しい顔を歪めないでっ



 こちらに凄い速さで走ってくる足音が、全方向から聞こえた。


 駄目だ。相変わらず、体は動いてくれない。むしろ、視界が狭まってきていることを自覚する。


「エレンさんだけでも、逃げて、ください」


 エレンさんはとても強い剣士だ。もちろん毒耐性も強い。自分一人だけなら、どこかに隠れることくらいならできるはずだ。


 エレンさんは私を無言で見てくる。彼女の目に、意思の輝きが戻ってきた気がする。マズイ予感がする。



「メイは私が守る」



 その言葉には、強い覚悟が感じられる。死の、覚悟が。


 エレンさんはよろよろと立ち上がると、剣を鞘から抜く。その緩慢な動きは、いつもとは雲泥の差だった。エレンさんの目は既に私ではなく、魔物が躍り出てくるだろう草むらへと向けられていた。


「逃げて」


 そんな! あなたは生きるべき人なんだ!!


 孤児の私を拾ってくれて、仕事をくれた。優しくて強くて、薄汚い私よりも、ずっと生きなきゃいけない人。こんなところで、命を散らしていい人なんかじゃ、絶対ない!



 私を見ることなく、エレンさんは剣を構えた。口からは止まることのない血が流れ出ている。きっと毒が体を蝕んで、激痛が走っているはずだ。いくら毒耐性が強くても、戦える体ではない。ましてや、私を庇いながらなんて。


「エレンさん!」


 私が叫ぶのと同時に、最初の魔物が草むらから飛び出した。





  ◇◇◇





 エレンさんは凄かった。私を庇いながら、大量の魔物を切り捨てた。毒を飲まされたとは思えない動きだった。でも、彼女は超人ではない。すぐに限界がくる。




 エレンさんは私を抱きかかえると、魔物の包囲網を突破し、隠れられそうな岩穴まで走った。


「メイはここにいなさい」

「エレンさん…も、ここに、隠れ…て」

「メイなら、わかっているでしょう」


 私を岩穴の奥に置くと、すぐにエレンさんは駈け出そうとする。


 わかっている。ここに隠れたって、必ず魔物に見つかるだろう。誰かが身代わりになって、魔物を引き付けなければ。


 相変わらず私の体は動いてくれない。視界がぐにゃぐひゃになって、エレンさんに焦点を合わせようと目を凝らす。


 なんで、なんで、動かないんだ。このままでは、エレンさんが死んでしまう!



「じゃあね、メイ」


 エレンさんは私の頭を一度撫でると、走り出してしまう。


「まっ…て、エレン…さん」


 精一杯の私の叫びは、最後の方はかすれ、悲鳴に近かった。


 動いてくれ。動けよ、体。私の大好きで、自分の命よりも大切な人が死んでしまう。今ほど、自分の貧弱な身体を恨んだことはない。殴られたくらいで、どうやっても動けなくなってしまう。



 私が最後に見た彼女の姿は、ボロボロになりながらも私を守ろうとする強い後ろ姿だった。

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