竜幻

川之一

1: 竜幻





 ──互いを攻撃してはならない。






 「あー、暇だなぁ〜。明源村みょうげんむらは暇すぎる!」


 橙色の短い髪が風でなびく。座っていた地面から立ち上がると、翠色の瞳は風に揺れる一面の草原をジッと見つめていた。


 「"竜幻"、お前はまだ攻力こうりょくが使えるんだから村の外にいる影獣えいじゅうでも倒してこいよ。俺なんか全く使えないんだぜ?」

自分に話しかけてくる灰色の短い髪の青年の名は"九真きゅうま"。幼馴染で親友でもある。


 「ハァ……おれも好きで使いたいわけじゃないんだぞ。天全王てんぜんおう様も何でおれなんかに力を授けたんだろう」



 ──自分には"攻力"という力が使える。



 東の大陸"澄烔すとう"には、天全王を祀っている祠へ産まれた赤子を連れて行き、力を授けてもらえるよう願わなくてはならない掟があった。


 攻力は"攻撃の力"、心力しんりょくは"治癒の力"が天全王から授けられると使えるようになる。だが、殆どの子はどちらの力も授けられることはない。


 力を授けられる者はほんの一握だ。


 この世界のどこかに"捩れた空間"があり、力を授けられた者はそこから来る影獣と戦わなければならない。人を襲ったり、農作物を荒らしたりなど今も我が物顔で暴れ続ける影獣達。何故、強大な力がある二人の王は捩れた空間を閉じようとしないのだろうか。


 「なぁ、天全王様って捩れた空間の場所が何処にあるのか本当に知らないのかな? 東の王だぜ?」

地面に寝転んでから、組んだ両手に頭を乗せ空に目を向けた。雲一つない青空が広がっている……自分が寝転ぶと九真も同じように寝転んだ。

「分かっていたら今頃何とかしてるだろ。天全王様だけじゃなくて、西の王である"我練がれん王"様だって何もしていない」



 ──我練王。



 西の大陸"炫惺げんせい"を治めている王の名だ。



 自分は二人の王の顔を見たことがない。どんな人物達なのか少し興味はある。


 勢いよく地面から上半身を起こした。

「なぁ! どっちかの王に会いにいかないか⁉︎」


 九真は寝転んだまま白い目でこちらを見ていた。

「竜幻……つまらない冗談は言うな。誰でも会えるような方達ではないことぐらい分かるだろ。近付くことすら夢のまた夢、大人しくしておけ」

白い目で九真を見返す。

「ちぇっ、つまんね」

右手を空に向けて伸ばす……指の隙間から差し込む陽の光が眩しく感じる。


 「そういえばさ、その……"燐深"《りんしん》ちゃんとはまだ会っているの?」


 「えっ? あー……」


 九真と同じで燐深も明源村にいた幼馴染だ。


 燐深も心力を授かった者であり、心力を活かそうと医者の道を目指している。医学を学ぶ為、七年前に明源村を出て行った。

「元気なんじゃない。おれも全く会ってないし」

「そ、そっか……」

チラッと九真に視線を向けた。


 九真が燐深に恋心を抱いていることは知っている。燐深の話になると必ず九真の両耳は赤くなるのでとても分かりやすい。密かに自分も応援はしていた。


 「会いに行けばいいじゃん。何処にいるか分からないけど」

九真の顔が真っ赤になっていく。

「う、うるせぇ! もう帰る!」

遠ざかっていく背中を白い目で見ていた。

〈けど……まぁ、よりによって燐深とはなぁ。怒らせたら一撃で倒されるぞ〉



 ─────



 九真と別れた後、野道で野草を採りにきていた。いつの間にか辺りは薄暗くなってきている。

「そろそろ帰るかぁ。そういえば、今日は影獣を見てないな……ん?」



 突然、辺りに強風が吹き始める。



 「な、何だ⁉︎」

砂埃が舞い前が見えない……何が起きているのだろうか。


 ふと、空が気になったので見上げる。

〈えっ〉


 大きな竜が勢いよく東の山の方へと飛んでいった。



 「……竜」

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