はじまりは怒りの逃避行2

洞窟の奥に進んでいく、メイプルンたちに突如、商人が叫びながら逃げてきた。


「悪魔だ!! 魔王軍が出たぞ!!」


現在、メイプルンたちが住む国、ブライトネス大帝国では魔王軍と血みどろの戦争が行われている。しかし、こんな街から歩いて一時間かからないくらいの場所に出るなんてことは珍しい。

実際、走って逃げてきた商人も野生動物と戦うための武器などは持っていたがとても魔王軍の兵士に勝てるような装備ではない。


「行きましょう、ホットケイクさん!!」


「あんた正気なの?? 正規の魔王軍に私達が太刀打ちできるはずないじゃない」


実際、魔王軍の兵士である魔族は数こそ少ないが力が強く、並の人間ならば3人がかりでなければ一瞬で消し炭にされてしまうと言われている。

しかし、メイプルンは考える。ここは街から一時間程度で行ける洞窟。辺境の街で正規軍も来るのが遅れるだろう。


「ここで私達が逃げたら、街まで魔王軍が攻めてきます」


「でも、だからって」


確かにメイプルンは並の人間とは思えないくらい強いだろう。訓練もかなり積んでいる。でもホットケイクは不安なのだ。

彼女がもし、傷ついたら。そう思うと送り出せない。しかし、メイプルンを絶対に置いていけない二人は完全に逃げ遅れてしまっていた。


「おう、まだ生きている人間がいたのか」


眼の前には角が生え、三叉槍を持った男がいた。しかし、数は一人。

魔族は強力なので単独で任務をすることも多いが、今回は潜入調査のような任務だったようだ。


「悪の魔族め……」


「く、くう、もう覚悟を決めるしか」


二人はそれぞれ武器を構え魔族の男と対峙する。


「くくく、悪の魔族か、自らの王が犯した所業も知らずに……面白いガキだ」


男は笑いながら槍でメイプルンを突く。ホットケイクが間に入って受け止めようとするもあまりの力強さに吹き飛ばされてしまう。


「痛いッ!!」


そのままホットケイクはそのまま意識を失ってしまう。


「ホットケイク!! 大丈夫ですか!!!!」


「甘いなあ、貴様!!」


メイプルンがホットケイクに気を取られたその刹那、三叉槍がメイプルンの腕にかする。


「なっ!?」


「戦闘中に脇見とは」


メイプルンはその場で蹲り突かれた場所を押さえたが、数秒後すぐに立ち上がり魔族の男に斬りかかる。


「でりゃああああああ」


メイプルンの斬撃は軽く受け止められ、流された。これまで自らの師匠以外を一撃で屠ってきたのでかなり驚いたメイプルンだったがすぐに二撃目を加えようと斬りかかる。

しかし、それも駄目。簡単に受け止められいなされてしまい、完全な実力差を見せつけられる。


「やれやれ、魔族様にたった二人で勝負を挑んできたからそんな強敵かと思ったが、大したことなかったな」


「くう……まだまだ!!」


何度でも立ち上がり剣を取り魔族の男に向かっていくがその度にいなされて受けられてしまう。


「そろそろ面倒になってきたな」


魔族の男は剣を振り上げそのままものすごい速度で振り下ろした。そして強烈な衝撃波にメイプルンは吹き飛ばされてしまう。


「きゃああああ」


ホットケイクは気を失い、メイプルンはボロボロで皆満身創痍だ。二人に止めを刺そうと魔族の男が近寄る。


「じゃあな、メスガキが」


剣を振り上げメイプルンへと振り下ろす。もう終わりかと思った次の瞬間、武人のような袴を着た人物が受け止める。


「し、師匠……」


『師匠』は剣をもって魔族と打ち合う。師匠が剣で魔族の男に斬りかかると魔族の男は剣で受け止めた。

しかし、その対応は間違いだった。


「何だこの力は!!」


魔族の男と師匠鍔迫り合いになるのだが、あまりの力の強さにどんどん押されてしまう。本来魔族は人間よりはるかに力が強い存在である。にも関わらず、その師匠は魔族を圧倒しているのである。


「私の弟子を痛めつけたのだ、覚悟はできてるんだろうな。チェストおおおおおお!!!!」


次の瞬間、魔族の男の腕がバッサリと切れてしまい、洞窟内に魔族の悲鳴がこだました。


「ぐわあああああ」


腕を抑えながら魔族は転移魔術を使い消えてしまった。


「ふう……これで終わったか」


「し、師匠……」


簡単にメイプルンとホットケイクの傷を止血してひょいっと持ち上げると二人を小脇に抱えて洞窟の外へ歩き出す。


「あんまり喋るなよ、お前のは特に傷が深いからな」


そういって洞窟の外へと出ていく。そこには図鑑を渡した少女が待機していた。そして、メイプルンの傷を見るとすぐに近寄り心配そうに謎の言葉を唱える。


「マキュアラキュアオルーレ……」


あたりが緑の光に包まれていく。そうしてどんどんと二人の傷は癒え、ホットケイクも意識を取り戻す。


「あれ……私達は一体」


ホットケイクは周りを見回す。多くの商人が彼女たちを村を守った英雄だと思っているようで拍手を送っている。ホットケイクもメイプルンも、わけが分からずあたりを見回す。


「お前たちがそこの強そうな人が来るまで時間稼いでくれたんだろ? そこのお嬢さんが教えてくれたよ」


一人の商人が図鑑をなくしていた少女をそういった。


「え!? あなたがですか!!?」


メイプルンは声を上げて驚く。図鑑の少女はコクリと頷き更に続ける。


「あの後、もう少しだけ時間があって少し奥を見て回ってたんです。そうしたら大きな悲鳴が聞こえて。怖かったんですけど、私逃げ足だけは自信あったので少し見に行ったんです。そうしたらお二人が戦っていて……」


「そして、たまたま外にいた私にそこの少女が助けを求めに来たというわけだ」


「なるほど……それでここにそのめちゃくちゃ強そうな人が……ってあんたさっきから何してるの?」


ホットケイクがメイプルンの方を見て言う。先程からメイプルンは師匠に抱きついて離れようとしない。


「師匠パワーを貰ってます」


頬を擦り付けながらそう話すメイプルンは完全に小動物のような顔になっている。この師匠という人はメイプルンからかなり慕われている剣術の師である。それだけではない。

一緒にご飯を食べたり一緒に寝たり、もう二人は師範と弟子という間柄では語り尽くせないようなそんな関係になっていたのだ。


「暑苦しい……」


師匠も全く振りほどこうとはせず、暑苦しいといいながらも彼女の頭を優しく撫でていた。

そんな和やかな雰囲気の中、ホットケイクはまずいことを思い出してしまった。


「あっ!!! 今何時!!」


商人の一人が小型化された日時計で時間を調べる。影はちょうど五時と六時の間を指していた。


「ああああああ!!! やばい!! もうお母さんたち帰ってきてる!!」


ホットケイクはあくまで家を抜け出してここに来ているのだ。親が帰る前に戻れればなんとでも言い訳ができるが、親が帰ってきた後では確実に出歩いていたことがバレてしまう。顔面蒼白になるホットケイクだったが、それ以上に焦っている子がいた。

それは、図鑑の少女であった。


「あああああああああ!!!!!!!!!!」


いきなりガタガタ震えて泣き始める彼女を見て何事かと思う二人。


「え!? いきなりどうしたんですか!?」


メイプルンが少し心配そうに見て彼女に優しく問いかける。


「門限が私を破って怖いが嫌でびんたがします!!!」


明らかに普通じゃない、錯乱状態の少女を見て動揺する二人。しかし、師匠がすぐに通訳する。


「なるほど、私が門限を破ったからビンタされるのが怖いってところか」


「さすが師匠!! 天才ですね」


「うーん、でも門限遅れるのって間違いなく私達のせいよね」


実際、メイプルンたちを助けていたことによって門限が過ぎてしまったのは間違いないだろう。


「だとしたら、私達がこの子のお父さんやお母さんに謝らないと……」


「一緒に謝ってきてやったらどうだ? 良識的な親ならおそらくこの子も叩かれることはないだろう。私は飯の準備をしに行く。メイプルンも後で来い」


「やったー!!!! 師匠とご飯です、ご飯!!」


メイプルンは目をキラキラさせながら飛び上がって喜ぶ。そうして師匠は、その場から立ち去って行った。


「じゃあ、この子の家に行ってお父さんやお母さんに謝ってきましょう!!」


「ほら、急に走らない!! 全くもう……じゃ、行きましょう?」


元気に走り出すメイプルンをよそに、少女と一緒に家へとあるき出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る