第2話 覗いた悪役令嬢《ア》
「はあっ!!はぁっ、はぁっ、はあっ」
思わず飛び起きてしまった。何て物騒な夢だろう。あの女性…確か、あさか ゆあと言ったかしら?物凄い死に様だったわね。
「ふうっ、リーナ!水桶を持ってきて!」
息を整えて使用人を呼ぶ。一先ず、顔でも洗って頭を冷やさなければならない。今のまま、恐怖と興奮で可笑しくなった顔なんて、し続けてはいられないから。
「おはようございます、お嬢様。水を汲んで参りました。今日は一段と早起きですね?」
声をかけて数分で、お付きのリーナベルが水を汲んで運んで来てくれた。数分というと長いようにも思えるかもしれないが、この部屋と水が出る本館とでは随分と離れている。どうやってこの短時間で運んでこれたのか…付き合いは長いが、このお付きは色々と謎なのだ。
「フフ、早起きと言っておきながら、あなたの方がずっと早起きじゃない。私、あなたの寝間着を一度も見たことがないわ」
パシャ
顔を洗う。心なしか、いつもより冷たい気がする。まさか、わざわざ冬の井戸から汲んできた?…いや、まさかね。そんなことあるわけないわ。なんでそんな事をするのかわからないもの。
今は午前5時少し過ぎ。子供には早起き過ぎる時間。使用人にとっても、業務開始は6時30分からなのでまだ寝ている、或いは準備中のはずの時間。だというのにこのお付きは、いつ呼んでもお仕着せで、装いが乱れたところなんて見たことがない。さっきの謎と言い、本当に何なのだろうか。
「…侍女の嗜み、とでも言っておきましょうか。お嬢様にはまだ早いですよ」
余裕のある笑みを浮かべて、珍しい白銀の髪を揺らす彼女。そうね、私はきっと、まだ知らなくても良いわ。
「早くに呼んで悪かったわね。けれど、二度寝の気分ではないの。服を用意して頂戴。私の気分に沿うように、お願いね?」
「…畏まりました」
「ありがとう」
彼女は私の意図を正しく汲み取ってくれたようだ。この様子だと、30分は帰ってこないわね。
私はベッドから降りて紙とインクを取り出した。
「夢の女性…あさか。変わった名前ね」
夢の情報を、なるべく細かく紙に記す。
あさか ゆあは幼い頃に家族を失い、天涯孤独の身となってしまったこと。どこかの商会で販売員をしていたこと。周りの人間は優しく、あさかはその人たちが大好きだったこと。やり残したことがあること。…死にたくない、そんな執着に溢れた、とびきり情熱的な死に様だったこと。
彼女の人生は壮絶だった。人1人、その生涯がどれ程重いかを身をもって知った。
単なる夢かもしれない。ただ、そんな考えを吹っ飛ばすくらいには、濃い生き様。私には彼女が、実際に生きた人間にしか見えなかった。
そして、そんな彼女の生きた世界や時代の文化も非常に興味深かった。
不思議な形、魔法のような道具。それを誰もが使っている。高速で走る、馬ではない、むしろ動物でもない重たそうな何か。そして、人を乗せ空を飛ぶ物。全く新しく、画期的で、この世界とは明らかに違った文化と技術を持ったあの世界。
胸躍る、この興奮が醒めきる前に。急げ、記せ、ぶちまけろ。これが好機でなくて何という。全く新しい世界の一端を覗き見る、これがどれ程貴重なことか。
書く、書く、書く、書く、書く。
そして一息つき、本題に入る。
『華の栄冠』
彼女が死ぬ前の人生でのめり込んでいたものだ。
真っ黒だった板に映る美麗な絵。そこから出る麗しい音楽、人の声。人間離れした、きゃらくたーと呼ばれるもの。紡がれる物語。そして…
そこにいた悪役令嬢、アンネリア・レッドローズ。つまり、私。
確かに、そのきゃらくたーの面影がはっきりとある。髪の色も、瞳の色も同じ。顔立ちも、幼い頃のすちると呼ばれるものとそっくり。
どうやら私は、あさかがやっていた
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