50音書き散らし

@tatsunoyosei

第1話【あ】『あんぱん論争』

あんぱん」という言葉を聞いたときにあなたの頭の中に思い浮かぶのはどのような光景だろうか。あんぱんという言葉を知っている人がその言葉を聞いて思い浮かべる光景は大きく二分されるだろう。


 まず一つは、こうだ。こんがりときつね色に焼かれたパン。そのパンを割ると中には黒くつややかなあんこが顔を出す。そのあんこがこしあんであろうがつぶあんであろうが大した問題ではない。けしの実がついているかどうかも関係ない。ふっくらと焼きあげられた生地であるということが重要なのだ。


 もう一つはいわゆるあんドーナツといわれるものだ。しっかりと揚げられ、充分に油分を含んだ生地にはダメ押しのカロリー追加といわんばかりに砂糖がまぶされている。油と砂糖の両面から手を汚しにきて、直接触ればその後手を拭かなけれあならないことが確定しているビジュアル。そのべたつきと甘いうえに揚げてあるというカロリーの背徳感が魅力だ。


 正直言って私は「あんぱん」という音を聞いたときにあんドーナツを思い浮かべる奴は失礼な奴だと思う。そもそも、あんドーナツには「あんドーナツ」という名前がある。しかも調理工程が異なるのだから違う料理じゃないか。海老のてんぷらと海老の塩焼きはまるで別な料理なのだから。あんぱんを開発した木村屋の人にも失礼だし、あんドーナツを開発した名も知らぬ偉人に対しても失礼だと思う。


 勘違いしてほしくないのは、私はあんぱんもあんドーナツも好きだ。何ならあんドーナツの方が僅差であんぱんよりも好きだ。それだからこそ、あんぱんとあんドーナツの区別ぐらいはつけておいてほしい。


 それなのにもかかわらず、あいつは平気であんドーナツのことをあんぱんと呼んだ。あいつはそういうやつだった。


 そういう適当さが今もこうして私をこもらせている。あいつが好きだといったあんぱんは果たしてあんぱんだったかあんドーナツだったか。どちらを供えるべきかを迷いながら、私はパンコーナーの前に立ち尽くしていた。

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