untitled

@rabbit090

第1話

 あいつは、悪い奴だ。

 「どうして?何でできないの。」

 「…知るかよ。」

 うるせえ、とずっと思っていた。でも嫌いに離れなかった。けど、

 「えっ?」

 優等生だったあいつは、死んでしまった。

 昔からの親友だった。俺にとっては唯一の友、と言っても良かったのに、あいつは別に、俺のことどうとも、思っていないようだった。

 「なあ、何で死んだの?」

 「さあ?でも家族によると過労…とか。」

 「あああいつ、すげえ働いてたもんな。」

 「なあ。」

 それは、ただの噂だった。

 でも取り消しようのない噂。

 俺とあいつの関係は、幼い頃から続いていた。

 すごく問題児だった俺に、なぜかあいつは優しかった。

 一度、お前俺と合ってねえよ。別の奴とつるめよ、なんて言ったけど、あいつは笑って、「僕も、お前しかいないから。」なんて言ってた。

 どういうことだよ、お前の周りにはいつも、人がいっぱいいたって言うのに、一体、なぜ。

 俺は、心のない人間だ。

 でも、あいつが死んじまったってことがどうしても心に引っかかってしまって、悔しい。

 それって、俺にとってあいつは、もしかしたら大事な人間だったのかもしれない。

 でも、もうそこには誰もいない。

 むしろ俺の存在を煙たく思う人間ばかりだろう、だから、奴の葬式を、そのまま去った。


 驚いたのは、あいつには兄弟がいたということだった。

 医者になって堅物で、そのはずなのにひょうひょうとしていて、俺とは正反対、そして、こいつは、もしかして。

 「お前、ぐれてんのかよ。」

 「ぐれてねえよ。」

 髪をがっちりと固めて、こちらを睨んでいる。

 ああ、こいつ、俺だ。

 あいつは、この弟の存在を、俺に知らせなかった。

 というか、弟がいるって術もなかったし、俺とあいつの関係は、どちらも家の外だった。

 思えば、あいつと俺の関係は、家にいられない、ということだったのかもしれない。

 「てか、兄さん死んだんだろ?悔しくないのか。」

 ぼーっとしてゲームをいじっているこの男が、あいつの弟で、でも俺が感じているような悔しさを滲ませていなくて、意味が分からなくて、ついそんな言葉を言ってしまった。

 「…うるせぇ。」

 そうだ、理解のない口だけの大人には、こうやって言い返すか、無視するのが賢いと、確かに俺も思っていた。

 でも、

 「俺、お前の兄さんのダチだから、なあ、何か言えよ。」

 「分かってるよ。」

 「分かってる?」

 何が?聞き捨てならないその言葉に、俺は反応した。

 「兄さんは、医者だった。そして、疲れていた。というか、オーバーワークだったんだ。正直、兄さんは要領が悪かったよ。お勉強はできたけどね。」

 「ああ?」

 「だから、あんたとウマが合ったんだと思うよ。あんた、素直だし、いつも張りつめてる兄さんからしたら、別世界の人間だろうし。」

 「………。」

 なんだ、よく見てたんじゃないか。

 こいつ、無関心を装っているけど、それは外面だけらしい。

 でも、だったら。

 「お前、そんなに兄さんのこと分かってるなら、悲しめよ。なあ、おい。」

 言葉が出てこない、でも出てきた言葉はいつも、ぐちゃぐちゃに崩れている。

 本音に形を与えて、キレイにすることができない。俺の中にはいつも、自分でも分からない醜さが、渦巻いている。

 「…だから、分かってるって!」

 拍子抜けした、だって、こいつこんなに感情を、持ってるのかって。

 「分かってる、分かってんだよ。兄さんは、社会で生きていけなかった。そんなの家族全員分かってる。母さんも父さんも、兄さんを追い詰めたって、苦しんでる。だから、俺は、倒れるわけにはいかない。」

 ああ、そうか。こいつにとってこれは、この悪役のポーズは、ファイティングポーズなのであって、本音とはかけ離れている。

 こいつは、兄に似て、純粋で、まじめで、でも違うのは、壊れないということだけだった。

 壊れてはいけない、それを背負える、そんな奴なのだ。

 「悪い。」

 だから俺は、謝った。

 そしたら、少しだけ下を向いて、目を大きくして、いいよ、と、口にした。

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