第19話 道連れ

 トールは気を失ったままの男をずるずると引きずって、少しばかり場所を移した。

 木々がなぎ倒された場所にとどまっていては目立ってしょうがない。

 道をそれてさらに奥まで進んでから、男を木を背にして座らせて息を吐いた。


 更なる追手を本気で警戒するならば、引きずった跡もなくすべきなのだが、そこまで気を遣うほどの余裕も時間もない。


 一先ず道からは見えない位置まで移動できただけで良しとする。


 トールは寝かせた男の首元を漁って、冒険者の証明であるドッグタグを引っ張り出す。そこからこれで男の名前と、確かにA級冒険者であるという確認が取れた。


「ゾル=オイラー、だそうです。今でも多いんでしょうか、勇者の末裔」

「はるか昔にはポイポイ呼び出されてたのだから、そりゃあおるじゃろ。まともな系譜なら、勇者の血をひかぬものよりは強かったりするんじゃないのか?」

「ミルドは勇者の末裔と戦うことには興味がないんですか?」

「かかってくるのであれば、遊んでやらなくもない」


 トールとゾルの戦いを楽しそうに観戦していたミルドだったが、ゾル自体には執着がなさそうだ。もう一度戦えば、間違いなくトールが負けるくらいの実力者であるはずなのに妙な話である。


「強い人と戦いたいのでは?」

「少しだけ違う」

「何がどう違うんです?」

「言葉では説明が難しいんじゃが……、ツノにビンと来るようでないと意味がないんじゃよ」


 それなりに賢い人物であるはずなのに、言うことが随分と子供じみている。

 それだけ表現しにくい感覚なのか、あるいは説明する気がないのかのどちらかであろう。


「……俺はお眼鏡にかなったんですか?」

「そりゃあもう、お主は全身に矛盾を詰め込んだような奇妙な男じゃからな」

「褒められている気がしません」

「褒めてはおらん」


 じゃあ何でついてくるんだろうか、ちょっと嫌な気持ちになったトールだったが、ゾルのうめき声で思考が逸らされる。


「目が覚めましたか」


 トールが思考を中断してゾルに声をかける。

 今の状況をすばやく確認したゾルは、顔を上げて皮肉気に笑って見せた。


「D級冒険者に負けるなんて、冒険者廃業だぁ」


 捕まっている割に余裕の表情だ。

 ゾルとしては油断して負けた時点で命がないと思っていたので、目が覚めた時点で儲けものだ。

 殺されていないなら殺さないだけの意味があるのだろうと考えている。

 問題は目の前にいる眉尻の下がった、陰鬱な表情をした男、トールが何を考えているかわからない点ぐらいだ。


「A級冒険者、ゾル=オイラーですね。聞きたいことがいくつかあります」

「お前が勝者だ、何でも答えてあげよっかな。だから命は助けてね?」


 ふざけた態度をとりながらも、命乞いは忘れない。

 

「まず、他に追手はやってきそうですか?」

「いやぁ、来ないんじゃないかな? 皆南門に走っていったし」

「ではなぜあなたはこちらに?」

「勘」


 適当に答えているのが雰囲気で分かり、トールは口を閉じて無言でゾルの顔を見つめた。尋問なんてやったことがないし、相手を痛めつけてまで欲しい情報ではない。

 もしかしたら本当に勘かもしれないし、と思いつつ、しばらく黙り込んでみる。

 ついでに片手で剣の鞘なんかに触れてみると、ゾルは「冗談じゃん!」とさっきと変わらない調子で勝手にしゃべり始めた。


「俺の右手につけてある魔道具見た? あれで探してきたんだよね」

「ほほう、便利そうじゃな」

「おお、お目が高い。逃がしてくれるなら進呈するけど?」


 乗り気で会話に入ってきたミルドに、ここぞとばかりにゾルは売り込みをする。

 生き残るためなら、遺跡の発掘物を手放しても惜しくはない。

 

「そう言われてもな、お主はトールの獲物じゃ。妾は口を挟めんよ。お主が命を落としたのなら、ありがたく貰ってやろう」


 ゾルは「はは……」と乾いた笑いを漏らした。


「それで、何か他に聞きたい事ある?」


 何を考えているかわからないトールよりも、ゾルの命のことを何とも思っていなさそうなミルドの方が危険だと即座に判断して、交渉相手を切り替えることにしたのだ。

 

「その道具は……、買ったものですか?」

「いや、遺跡で拾ったんだよね」

「この辺りに遺跡があるんですか?」


 ゾルは締めたとばかりに、ぺろりと唇を舐めた。

 ややを身を乗り出すような問いかけは、トールの欲しいものをはっきりとゾルに悟らせていた。


「少し南に行くと大きなのがある。もし気になるのなら、途中まで案内してあげようか?」

「トールよ、お主は尋問が下手じゃなぁ……」

「……やったことがないんだから仕方ないでしょう」


 ニコニコ笑顔のゾルを見て、ミルドはあきれ顔だ。


「……今すぐ南へ行っても、俺を探す追手と出会ってしまいますし、もう少しこちらで時間をつぶしてから向かうことにします」

「うんうん、俺もそれがいいと思うなぁ。じゃ、話がまとまったところで、縄をほどいて武器を返してもらえるかな!?」

「駄目ですけど」

「うん、知ってたよ、冗談」


 ゾルは器用に背中を木にずりずりとこすりながら立ち上がり、首を左右に倒して音を鳴らして、勝手に道の方に向けて歩き出した。


「じゃあま、折角だから海岸沿いの村にでも行って、新鮮な魚でも食べよっか。他に何も見るような場所もないし、時間潰すなら美味しもの食べられた方がいいでしょ」

「おいおい、お主が勝手に仕切るな。トールよ、びしっと言ってやれ」


 それを言うのならば、ついてきているだけのミルドが仕切る道理もない。

 どちらも個性が強くて勝手すぎる。

 トールはしばし考えた末に、足元に転がる木々を慎重にまたぎながら歩くゾルの後を追うことにした。


 この世界に来てから三年と三カ月と数日。

 トールは、この世界に来てから、まだ一度も魚を食べた記憶がなかった。


「焼いて食べるんですか?」

「干してるのもある。これは秘密なんだけどね、実は漁師たちは新鮮な魚を生で食べるらしい」

「……へぇ」

「あれ、これを言うと大体みんな驚くんだけどな。で、君名前なんだっけ? トール君?」

「そうですね」

「じゃ、トール君、互いに名前も知ったところで、縄をほどいてみない?」

「駄目ですけど」

「意外とお堅いね、君」


 ミルドは不満そうに蛇腹剣の先端を引きずりながら二人の後を追う。


「なぜ妾といる時よりよう喋っておるのだ。トールよ、海の話なら妾もしてやろう。あの海にはな、なんと足が8本もある気味の悪い生き物がおるのだ。しかも色を変えたり墨を吐いたりする上、グニャグニャとしておるのじゃ」


 トールはよく知っているある生き物の姿を想像して尋ねる。


「食べられます?」


 こいつ何言ってんだ、という表情を浮かべたのは現地人の二人である。


「……お主、大概変人じゃなぁ」

「はは……、ついたら漁師に頼んでみたら?」


 トールの常識から随分とはずれた位置にいる二人が、ドン引きして愛想笑いをしている。


「…………キリキリ歩いてください」


 トールは非常に不本意ながらも反論はせず、ただゾルの真後ろについて、硬い口調でそう告げるのであった。

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