第20話 勇者と【災いの竜姫】
「俺って勇者の末裔じゃん」
「……はい」
道を普通に歩いていると、戦闘にいるゾルが普通に話し始める。
そういえば一人でいる時もしゃべっていたことを思い出して、トールは適当に相槌を打った。
何か有用な話が出てくるかもしれないし、ただ歩いているだけより語り部がいる方が気がまぎれる。それも問いかけられるのではなくて勝手に話してくれるのであれば、なお気楽でいい。
「ご先祖様はさぁ、この世界のために一生懸命戦争に参加したのよ。ミルドの姉さんの持ってる
「これ、物欲しそうな目で剣を見るでない」
「べっつに、そんな理由で話してるわけじゃないしぃ?」
チラチラと
非常に肝が太くて図々しいのは、流石A級冒険者だ。
「ところがよ! 世界は荒廃して、勇者の多くは悪い奴扱い! ご先祖様はそれでも怒らず、この北の果てまでやってきて、静かに余生を過ごしたのさ。なんて健気、俺のご先祖様! 一説によると、髪の長い美人だったらしい」
「どこの情報じゃそれ、1000年も前の話じゃろ」
「ご先祖様の日記」
「自分を美人と書くとは、確かにお主のご先祖っぽいのう」
「褒めないでよ」
「多分褒めてないです」
思わず突っ込みを入れたトールだったが、ゾルは気にせず話を続ける。
本気で言っているわけじゃないのだろう。場を和ませるための戯言だと思えば、コミュニケーション力も高いようだ。
「そんな健気なオイラー家は、つい百年ほど前の戦争にも駆り出された。かわいそうに、勇者の末裔だってばれちゃったらしくてね」
「どうせお主のように、勇者の血を引いてると騒々しく言って回っておったのじゃろ」
「見てきたように話すじゃん、正解」
トールにとってはなかなか興味深い話だった。
遥か昔の勇者のこと、そして100年ほど前の魔族との戦争の話。
どれも森の中に住んでいるトールの師匠が語ってくれなかった部分だ。
というか、師匠は必要最低限のこと以外はほぼ語らなかったから、トールはこの世界について大したことを知らない。
街で普通に暮らしていて聞くことのない話題に、トールは黙って耳を傾けた。
「各地の勇者の子孫を引っ張り出してきてさー、当初は優勢だったらしいよ。でも魔族にも切り札があった。その名も【災いの竜姫】ミルド=ゼム=グレイシア。どこの戦線を優位に進めようと、その切り札が現れた戦場は必ず人間が敗退する。そんなこんなで、一進一退の攻防が続いたわけで……」
「ふむ、詳しいのう。……何が言いたい?」
「……そんな怖い顔しないで欲しいよね! よく姉さんのご両親は、ミルドって名前を付けたなって思っただけだよん」
「なるほどのう、妾はこの名を気に入っておるよ」
「お似合いですよ、姉さん!」
二人ともがにこやかに話しているというのに、場に妙な緊張の糸が張り詰める。
しかし、ほんの一瞬の息をのむようなその空白は、すぐにゾルの言葉によって霧散した。
「でさ! 俺は丁度あの街に嫌気がさしてたってわけよ。戦が終われば勇者の血なんてただの嫌われる要素でしかないってね。ここらで美味しい依頼を一つくらい受けて、路銀を増やして旅にでも出ようかなと、そんな予定だったわけ。……だから、もう襲ったりしないし縄ほどかない?」
「……だめじゃ」
答えたのはミルド。
トールがすっかり思考の海の中に沈み込んでいるのを確認して、仕方なく代理返答だ。
100年前の戦争に、魔国の切り札として現れた【災いの竜姫】ミルド=ゼム=グレイシア。その名前は出会ったときにミルドが名乗った名前と完全に一致していた。
常識離れした戦闘力。
竜のような角。
刃物をも通さぬ肌。
「ゾルさん、100年前の話をもう少し聞いてもいいですか?」
「お、なんでも聞いてよ、俺、話しするの好き」
ご機嫌なゾルに対して、ミルドは少しばかり目を細めてひそかにため息をついた。
「戦争はどうやって終わったんです?」
「魔国の都市を人質に、【災いの竜姫】の封印を飲ませたんだったっけな。それをやったのは、オイラー家とは別の勇者グループだ。やり方が汚いってんで、俺んちは不参加だったらしいぜ。だからまぁた片田舎で細々暮らしてたんだろうけどな」
「条件とかはあったんですか?」
「魔国と人の国の間で、500年の不戦条約。500年もすりゃあ流石の【災いの竜姫】も死ぬだろうって寸法じゃないか? 今でも魔国の首都の地下には、巨大な魔法陣が仕込まれてるらしいぜ。人の国のどっかにそれを起動する仕組みがあって、約束を破ったらどかん! って噂」
トールは振り返るが、ミルドは知らん顔で
「だからこそさ、ミルドなんて名前よーくつけたもんだぁ、って思ったわけ。いや、似合ってるよ、似合ってるけどさ。ま、俺んちのご先祖様がまめで日記付けてたから知ってるだけで、これって一般には出回ってない情報なのかもな。だとしたら名前がかぶっててもなーって話。ただの雑談よ、雑談」
へらへらと笑うゾルが、どこまで冗談で言っているのか、心中を図るのは難しい。
そしてゾルは、へらへらと笑ったまま、振り返ってトールの顔を見て言った。
「勇者ってのはさ、世間知らずで、黒髪黒目で童顔な奴が多かったらしいぜ。俺のご先祖様がこの辺りの田舎に引っ込んで暮らした理由は、海産物を生で食べたかったからだ。俺は考えたくもないけど、ご先祖様は、グニャグニャ八本足も、普通に焼いてくってたってさ」
トールには、ゾルの表情がさっきとは少し変わって見える。
「トールって、もしかして勇者?」
「ふむ、殺すか」
「…………はい?」
ミルドが蛇腹剣を伸ばしたり縮めたり、さっきよりも巧みに使いこなしながら、散歩でもするか、とでも言うかのように殺害の決意表明をした。思わず問い返したトールと、遅れて慌てた顔をして見せるゾル。
「違うじゃん、姉さん違うじゃん。俺ってこんなに物知りで、ちょっと世間知らずそうなお二人の道案内にはぴったりだよって話しじゃん? 縄を解いて折角だから3人仲良く旅をしようよーってことじゃない? ご先祖様の日記のお陰で、俺、遺跡とかいっぱい知ってるよ? A級冒険者だから街に行けば優遇されるし!」
「口が軽そうじゃし、殺すのが無難じゃろ」
「ゆるぎない精神! トール、なんか言ってよ! 殴り合ったら友達だろ!」
「いや、友達ではないですけど……」
友達ではないけれど、安易に殺すにはゾルの情報は惜しすぎる。
ミルドが100年間閉じ込められていた【災いの竜姫】その人だとするならば、最近の各地の情報には疎いだろう。
遺跡の情報を持っているというのがどこまで本当か怪しいけれど、これも見過ごせない。
もしゾルが本当に味方になってくれるのなら。
あるいは、そうでなくともうまく付き合っていけるのなら、一緒に旅をするのもやぶさかではない。
色んな言い訳を心の中でしながら、結局のところ自分は人を殺したくないだけなのかもしれない、ともトールは思う。
ぐるぐるとしばらく悩んでから、トールはようやくどうするかを決めて、ゾルではなく、ミルドの目を見て口を開く―――
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