第18話 なまくらではない剣
じり貧状態を解消するためには、賭けに出るしかない。
蛇腹剣の動きは今のところ横方向は自在だが、縦に大きく動くことはない。
リスクを承知で、跳ねたりくぐったりしながら近づいていく他ないとトールは判断した。
トールは中距離からの刺突を横っ飛びによけて走りだした。
直後、正に蛇が這うように剣が波打ち、トールの胴体へ肉薄してくる。
今度はそれを前方へ飛び込みながら躱す。
蛇腹剣が収縮しながら、その軌道を低くすると、今度は振り向きもせずに高く飛び跳ねる。足元を刃が駆け抜けて、トールを追い抜いて行く。
トールはその刃と刃の隙間に、自分の剣を思いきり差し込んだ。
「ばぁか!
ギンッという音が、相手の手元ではなく、トールの足元で響く。
大木をもなぎ倒したその蛇腹剣は果たして―――
トールの大した装飾もない剣を噛んで、動きを中途半端な位置で止めることとなった。
「うっそだろ、おい!」
蛇腹剣の自在さを奪われた男は、選択肢を二つ突き付けられる。
剣を振り回して何とか一度手元に戻すか、剣を捨てて殴り合いにもつれ込むかだ。
選択肢があったからこそ、一瞬迷った。
気づけばトールの拳が間近まで迫っていた。
男は笑う。
「にゃろう、舐めんな!」
男は剣を手放して拳を作り、僅かに遅れてカウンターを放つ。
双方の拳は互いの頬を同時に打ち抜いた。
どちらも地面に数回打ち付けられながら無理やり体制を整える。
互いの勢いがあったとはいえ、人間の体から放たれた攻撃による衝撃としてはあまりに大きい。
どちらもが魔物を十分に殺した地力の高い冒険者である証左であろう。
足をがくがくと震わせながらも、先に立ち上がったのはトールだった。
それができたのは、トールの覚悟の量が、相手のそれを上回っていたからだ。
格上の相手からの一撃を食らってただで済むとは思っていない。
一方で予想外の衝撃を受けたのは男の方だ。
D級冒険者と殴り合って、これほどのダメージを受けなんて思いもよらない。肩書に騙された男は、トールの拳を甘く見ていた。
両手と膝をついて辛うじて立ち上がろうとしたところで、男の頭上に影が差す。
顔を上げられない。
男は自分の後頭部に迫る風を切る音を聞いた。
「ばっかやろうめ」
動こうとしない体にか、あるいは酷く誤った情報をよこした依頼者に向けてか、とにかく男は呪詛めいた暴言を吐いてその意識を暗闇に落とした。
◇
棒切れを片手に地面に座り込んだトールの下へ、ミルドがのんびりと歩いてやってくる。
「やるではないか」
トールは答えない。
いや、答えられない。
男に殴られた頬がとてつもない腫れあがりを見せていて、痛すぎて表情を変えることすらしたくないのだ。
ただじろりと、恨めしそうな目でミルドの方を振り返る。
「そんな目をするな。どうしても危なくなったら助けてやる気はあった」
本当かなと疑るのも当たり前だ。
戦っている最中のトールの耳には、「逃げるな、行け」とか「そこだ、やれ」とか、スポーツをみている無責任な観客のような野次が届いていたのだ。
「そもそもこやつ、殺意はなかっただろう。……ところでお主、その傷はまだ治らんのか? いや、先ほどよりは幾分か腫れがひいているか?」
トールは立ち上がって歩き出し、蛇腹剣に挟まれた剣を回収しに向かう。あまり観察をされると、ミルドに自分の体の仕組みを理解されてしまう。
トールの肉体は、致命傷に近い傷を受けた時ほど、素早くそれを元に戻す。
おそらく頬骨辺りが砕かれているこの怪我は、死ぬほど痛いとはいえ致命傷ではない。
その治りが、内臓をぶち撒かれた時よりはゆっくりであるのは仕方のないことだ。
それでも剣を取りに行って、戻ってきたころにはすっかり治っていることだろう。
トールは剣の元までたどり着くと、片手に持っていた棒切れを放り投げた。
そうして蛇腹剣にかみつかれていた剣を引き抜く。
蛇腹剣はジャリジャリと音を立てて縮んでいき、やがて小さな金属音を立てて元の長い剣の形に戻った。
戦闘中にあれほど素早く伸び縮みしていたのは、男が巧みに剣を振り回していたからなのだろう。それだけでもA級冒険者という名乗りが噓ではないのだろうと理解できる。
よくも勝てたものだ、とトールは自分のことを褒めてから、剣を鞘に納めた。
空いた手で頬を一撫で。
チリッとした痛みが僅かにあったが、腫れは随分と引いていた。
しゃがんで蛇腹剣を拾う。
重心が定まらないその剣は見た目以上に重く、とてもじゃないか自在に扱える気はしない。
トールは男を見張っているミルドの横まで戻り、ようやく口を開く。
「剣を持っていてもらえませんか」
「よかろう」
トールの怪我が治っているのを確認して、ミルドはにーっと笑った。
再生能力の高さを確認し、その能力への考察を進めているのだろう。
トールにしてみれば嫌な笑みである。
男の荷物から丈夫そうな縄を探し出し、気絶している男を後ろ手に縛りあげる。
「殺さないのだな」
「この人も俺のことを殺す気はなかったのでしょう」
「街へ連れて帰られたら、結局は処刑されていたぞ」
「……そうですね。でもこの人には聞きたいことがいくつかあります」
A級冒険者というのなら、この辺りの情報には詳しいはずだ。
トールが求める遺跡に関する情報も持っている可能性がある。
また、追手から逃げるにあたって、相手方がどれくらい本気かの探りも入れたい。
「前のように、殺した方がいいと言わないんですか?」
「お主、妾が敗北者には死を、とか考える異常者と思っておらんか?」
『違うんですか?』と口の先まで出かけて、トールはそれを飲み込んだ。
それでも目は口程に物を言う。
「こんなに慈悲深い妾を捕まえてなんと失礼な男じゃ」
ミルドが鼻を鳴らしてわざとらしい文句を言うと、トールはそれを冗談と捉えて、数年ぶりに唇に緩い弧を作った。
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