おかしな2人と能天気な追跡者
第16話 先見の明
東門を出て足早に進むこと半日。
後ろから追いかけてくるものがいないか警戒していたけれど、段々と道が寂れてくるにつれてその心配も薄れてくる。
海沿いには漁村がいくつかあるのだけれど、今逃げてきた街ほどの規模のものは存在しない。
遠く離れた場所に住む人は、領主としても管理するのが難しいのでほとんど関与しないのだ。税を取られることもなく自由に暮らしているようにも見える彼らだが、当然、魔物や盗賊に襲われたときの安全は保障はない。
畑を耕したり魚を取ったりしながら、時折街へ繰り出し、収穫物を売って生活に必要なものを手に入れるような生活をしている。
トールとしてはそういった村に立ち寄っても、あまり情報を得られるとは思っていない。遺跡などの情報は、街の外を自由にうろついている商人や冒険者から集めるに限るのだ。
「誰も追いかけてこないみたいですね」
「もし来るとしても数日後じゃろう。それにしてもお主、森を歩きなれている代わりに、人や街に対する観察眼が今一つ二つ三つじゃな。獣にでも育てられたか?」
「ちゃんと人に……」
トールは一度言葉を止める。
元の世界の両親は間違いなく人であったが、この世界に来てから世話になった師匠は耳が長かった。
果たしてあの師匠を人と呼ぶべきか否か。
こちらの定義にならうのならば、おそらく魔族である。
「……人に育てられました」
「なんぞ含みがあるな。まぁよい、ただの軽口じゃ」
ミルドはトールの出方を見て対応を変えているようで、あっさりと話題を切り上げた。微妙なラインの会話をするほどに仲が深まってないと判断しているのだろう。
人にいきなり手を上げたり、熱烈に戦闘を望んだりする割にコミュニケーション能力が高い。
強引な聞き出し方をやめたのは、すでにトールが自分をおいてはいかないと確信しているからだ。急がなくともそのうち聞くことになるだろうという余裕がある。
「さてトールよ。このまま東へ進むと海へ出てしまうわけだが、この先の計画はどうなっておる?」
「……正直な話、どうするべきか判断がつきません。しかし、この辺りの手掛かりを見つけるのが難しくなった以上、早めに次の大きな街を目指したいです」
逃げる時に作戦に点数をつけられたのを少し引きずっているようだ。
ミルドの答えを窺うような、自信なさげな答えだった。
「ではそれで良かろう。分かれ道を南じゃな」
「ミルドはどこへ行きたいとかないんですか?」
「ない」
「……ではなぜ国を出て旅など始めたんです? 探されているんでしょう?」
「ほう!」
ミルドはにんまりと笑って妙な声を上げた。
「ここにきてようやく妾の事情が気になり始めたか」
見ないようにしていただけで、これまでだって気になっていた。
何せこれまで聞いた情報からしても、本人の口ぶりからしても、ミルドが魔国のお姫様であることは間違いないのだ。
一つの大陸丸々治めている魔国である。
そのお姫様となれば悠々自適にのんびりと過ごせるはずだ。
トールにその姿を想像することは難しいが。
王族には王族の悩みがあってと言われたら、トールにはとても推し量れるものではない。
しかし、ミルドの押しの強さを見る限り、他の事情があるだろうと推測することは容易い。
「ま、強い奴に遭うため、じゃな」
「……魔国の王族って、みんなそんな感じなんですか?」
「知らぬ」
どこぞの格闘家のようなセリフにもめげずに質問したというのに、ミルドの答えは随分と投げやりなものだった。
「知らぬって、ミルドはお姫様なんでしょう?」
「妾は長いこと塔の中で過ごしてきたからな」
「塔というのは、魔国の王族が過ごす場所ですか?」
つまり箱入り娘的な存在であったミルドが、外の世界に憧れて家出したのが今だと考えるとわかりやすい。
わかりやすいけれど、トールには到底納得できなかった。
箱入り娘にしてはやけに人を殺し慣れているし、情報集めもうまい。
まして腕の一振りで人の内臓を消失させるような戦闘力を持つミルドだ。
これが箱入り娘なのだとしたのならば、魔国はとっくに世界征服を果たしていると思うトールである。
「当たらずとも遠からず、じゃな。妾の話は機会があれば追々してやろう。そんなことよりもトールよ、随分と眠たそうな顔をしているぞ。そこらでひと休みしたらどうじゃ」
話をごまかされたように思えたが、強烈な眠気に襲われているのは事実だ。
昨晩は湿った地面と上ってくる冷気にやられて、ほとんど眠れていない。
体調は余裕がある時に整えておきたい。
トールは眠たい頭で考え、そして決めた。
「……そうですね、少しだけ休ませてもらいます」
「そうするがよかろう」
もしミルドがトールを破滅に導こうとしているのであれば、これまでにいくらでもやりようがあった。
戦闘力的にも無理やり襲い掛かれば、何度でもトールを殺しうるだけの力を持っている。
今更トールを陥れる意味などない。
道から逸れて荷物を枕に目を閉じると、木々のざわめきと鳥の声だけが聞こえてくる。街にいるよりよほど心休まる環境だ。
ミルドは少し離れた場所で、目を閉じたトールを見守る。
内臓がこぼれ落ちても剣を握る胆力があるくせに、人を殺すことを躊躇い、人を疑うことに慣れていない、アンバランスな青年。
ミルドはトールの不死性と同じくらい、その生い立ちが気になり始めていた。
だからこそ、休んだ方がいいとの提案は、ほとんど単なる親切心からだ。
もしこの状況で追手が現れるとしたら、よほどの変わり者か、妙な魔法や能力を持っているものだろう。
そんな奴らがやってくるのなら、それはそれで面白い。
どちらにしても今はトールにとって束の間の休息だ。ひどく疲れているように見えたのは本当だ。
ミルドは野生動物や魔物ぐらいからは、トールのことを守ってやるつもりで、近隣の様子をぼんやりと探るのであった。
結局、1時間ほど後にミルドの言う変わり者が現れるのだが、それを全てミルドのせいにするのは少々酷というものである。
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