第15話 事情
東門へ着いた2人は、あまりやる気がなさそうな門番が見守る中、帳簿に名前だけ記入してあっさりと街の外へ出た。数万人規模の街であると、出入りにはそれほど時間がかからない。
街を出た後も不審な動きはしないようにと、しばらく黙って街から距離を取った二人だったが、やがて街が見えなくなると歩きながら話し始める。
「……その、ありがとうございました」
何をとは言わない。
見捨てず助けに来てくれたこと、ずさんな計画を修正してくれたこと。つまり、街に入ってから出るまでの全てだ。
「いやいや、旅の連れ合いなのだから当然のことじゃろう」
ことさらに旅の連れ合いという部分を強調するミルド。
トールがミルドから逃げ出すことは、精神面からいっても相当に難しくなっただろう。
「しかしまぁ、思った以上に治安の悪い街であったな」
「まさかあんな言いがかりをつけられるとは思いませんでした」
「もしかすると門兵共は、あの冒険者とグルであったのやもしれぬな」
ありえない話ではない、とトールは思う。
兵士たちは問答無用でトールを捕まえに来ていた。
あのまま牢で待機していたらどうなっていたかわからない。
「だから妾は殺した方が良いと言ったのだ」
「予想していたんですか?」
「さて、あそこまで腐りきっているのは予想外であったが」
「それなら……」
そう言ってくれればよかったのに、と言いかけてトールは口をつぐんだ。
言われたところで納得しなかったかもしれないし、ミルドはそれなりに忠告してくれていた。
友人でもないただの旅の道連れに、そこまで求めるのは筋違いだ。
「それならなんじゃ?」
「何でもありません」
「そうかの。ちなみにお主、あのまま牢でおとなしくしておったら、数日後にはいろんな罪をひっ被されてそのまま処刑じゃったぞ。婦女暴行、強盗、殺人、不敬罪。超犯罪者扱いじゃ。ちょろっと牢番の頭を撫でてやっただけの妾なんてかわいいものじゃな。今後はせいぜい、知らん奴にいらん隙を見せぬことじゃ」
あんまりな扱いに絶句するトール。
そして改めて、この『世界、嫌いだ』と、結構本気で思うのであった。
◇
トールがこの世の理不尽を嘆いている間、2人を見失った兵士が次にとった手は、各門への通達と上司への報告だった。
通達は当然間に合っていなかったが、すでに街から出たのか、あるいは潜伏しているのかすら兵士たちにはわからない。
仕方なく1日かけてじっくりと街を捜索し聞き込みをした結果、おそらくすでに街を出たと判断。仕方なく責任者を連れて、領主への報告をすることになった。
「……随分と街が騒がしかったな」
魔物の皮を張った豪華な椅子に老年の男がゆったりと腰かけていた。
垂れた頬に似合わぬ鋭い眼光は、どこか冷たく輝いている。
長年街を牛耳ってきた領主の視線は、否が応でも報告者を緊張させた。
「街で様々な犯罪を犯した余所者を地下牢にいれていたのですが、襲撃を受けて逃がしてしまいました。捜索したところ、すでに街からは脱しているようです」
「責任者は」
「はっ、奴を捕えたものがこちらに」
「も、申し訳ございません!」
開口一番大きな声で謝罪をした門兵を、領主はギロリと睨みつける。
暑いわけでもないというのに、門兵の顎からはぽたりと汗が垂れた。
「何の罪により捕らえた」
「は、はっ! 婦女暴行、強盗、殺人、……それに不敬罪であります」
「他には?」
「ほ、他にはですか?」
それらの全ての罪が、先ほど去っていった門兵の上官によって勝手にトールへ付与された罪だ。脳内がほぼ真っ白な状態の門兵にとって、それを綺麗に羅列できただけでも、奇跡のような偉業であった。
「……協力者がいるということは、計画して潜り込んだのだろう。どこぞの間諜ではないのか?」
「か、間諜、でありますか?」
「そうだ。最近北のいくつかの街では小競り合いが続いている。我が街を狙って間諜を放ってきたのであろう。……そう思わんか?」
「は、は! その通りかと!」
「うむ」
門兵の同意を聞いて大きく頷いた領主は、ゆっくり椅子から立ち上がって杖を片手に歩み出す。
そして兵士長の横に立つと、その杖をゆっくりと持ち上げて、先端を門兵の眼前に突き付けた。
「では、お前は、そんな重要な人物を逃がしたわけだな」
その直後、後ろに控えていた領主の護衛が素早く動き、門兵を床に組み伏せた。
「領主様、わ、私は、そ、その!」
言い訳をしようとする門兵の顔面が、護衛によって床にたたきつけられた。
「金儲け、大いに結構。職を利用すること、ある程度目をつぶろう。しかしなぁ、無能は困る。無能は、上手く使ってやるしかない。そうだ、兵長よ」
「は、はは!」
「この男、間諜と繋がっていて、我が街を脅かそうとしていたのだったな?」
兵長はそんな報告をした覚えは一切なかったが、これに同意しなければどうなるかはわかっている。
「はっ、その通りかと」
「口をふさぎ、街に十分な通達を出した上、公の場で処刑せよ。これより我が街は戦の準備に入る」
門兵が命乞いのために顔を上げた瞬間、護衛によってその顔が再び床にたたきつけられ、今度は綺麗に意識が刈り取られる。
「掃除をさせておけ」
この老いた領主は、元々どこかの機会で北の街へ攻め入るつもりでいた。
そのきっかけにしようとしていた冒険者が逃げてしまった以上、代わりの犠牲が必要だった。
つい昨日、丁度戦が痛み分けに終わったと聞いたばかりだ。
今が好機なのだ。
魔族との戦争を終えておよそ百年。
長く結ばれた不戦の協定も切れた。
戦に備えて兵士も十分に鍛えており、準備は万全だ。
領主は椅子に体を預け、僅かな興奮を冷ますために葉巻に火をつける。
そこに二人の護衛のうちの片方が声をかける。
「逃げた冒険者どうされますか」
「……冒険者にでも依頼を出して確実に殺せ。手配書はいらん、報酬は弾んで良い」
「承知いたしました」
これから起こる戦争を思えば、些末な冒険者の命などどうでも良かった。
しかし、嘘から出た実という言葉もある。
逃亡のスマートさが僅かに気にかかった領主は、余計な憂いを断つため、念のため刺客を放つことに決める。
「ああ、それから、街の外で強盗をしていたらしい冒険者もな」
命をもう一つけすことをあっさりと決めた領主は、肺いっぱいに煙を吸い込みながら、ついでに消しておくべき奴はいなかったかなと、冷徹な考えを巡らせるのであった。
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