第12話 力の傘

 汚れた男をどちらが運ぶかという話し合いには、当然のようにトールが負けた。

 トールが生かしたのだからトールが世話をするのは当然のことだ。

 

 結局枝を集めて簡易なそりを作り、それに乗せて運ぶことにしたのだが、途中で数度、男をここに置いていきたいと思ったトールである。


 ようやくできた不格好なそりに乗せて、でこぼこ道を男を引きずりながら街へと向かう。幸いなことに身体能力は一般人よりは優れているから、何とか普通のペースで進めているが、決して楽な行程ではなかった。

 ようやく街が見えたときには、ほっと一息ついたトールである。


 余計な時間を使ってしまったけれど、何とか夕暮れ前に到着できたのも幸いだった。

 途中からそんなトールの疲れに気づいていたのか、ミルドがおとなしくしていたのも助かった。どうしているのだろうと門番へ取り次ぐ前にトールが振り返ると、ミルドはやや距離をとって退屈そうに他に歩く人や、街の中の建物を眺めながら歩いていた。


 旅の道連れと言っても何から何まで世話をしてやる必要はない。

 そう考えたトールは、一人先に門へ向かい、あっという間に門番に囲まれた。


 腕がなく顔色が悪い男を一人引きずっているのだ、何事かと警戒する気持ちもわかる。


「何があった」

「森で襲われたので反撃をして連れてきました。手慣れた様子でしたので、常習犯かと思いまして」


 トールは事情を伝えさえすればスムーズに解放され、手続きが進むものだとばかり考えていた。

 しかし門番たちは顔を見合わせてから、こそこそと内緒話を始める。

 不穏な気配を感じてこれはおかしいぞ、となり始めたところで門番たちが素早く動き、トールに向かって槍を突き付けた。その動き自体は見えていたから、正直なところ対応できなかったわけではない。

 しかし、まずは街で旅の支度を整えようと考えていたトールは、あえてそれをしなかった。余計な争いから、街に入ることを拒絶されては困ると考えたからだ。

 

 間違ったことをしていないのだから、冷静に話せばわかるはず。


 この世界が残酷で厳しい世界だと知っていてなお、トールはそんなお花畑なことを考えていた。


「お前は……、どこの誰だ」


 後ろで偉そうにしていた壮年の男が尋ねる。


「D級冒険者のトールです。今は旅をしています」

「D級冒険者が一人で森の中を歩いていたのか? どこの街から来た」


 正確にはミルドと一緒だったから一人ではない。しかし、公的な戦力的な意味の一人とするなら、ミルドは冒険者でないから数には数えられない。

 本来どこから来たのかなんて答えたくなかったけれど、尋問のような問いかけに嘘を吐くのは得策でないと考えたトールは、素直に元居た街の名前を出した。


「……ホガイの街から」

「あの街からここへ来るのに、森の中を通る必要はないだろう。何をしていた。」

「……路銀の足しにするため、街に来る前に魔物でも狩るつもりでした」

「ふん、それで狩ったのは魔物ではなく、我が街のC級冒険者というわけか。何を考えて引きずって来たか知らんがな、話しは牢でじっくり聞かせてもらう」


 血の気がじっくりと下がり、ぐわんと視界の歪むような感覚。

 トールはしばし何を言われているか理解できなかった。


「いえ、ですから、その男は斧を持って俺に襲い掛かってきたんです」

「その証拠は?」

「証拠……? 何を疑っているんですか? わざわざ自分から襲った相手を、生かして街まで連れてきたりしません。生かして連れてきていることが何よりの証拠じゃないですか」

「なんとでも言えるな、D級冒険者トール。話はあとで、C級冒険者ゴルダにも聞いてみよう。双方の話を聞かないと、平等ではないからな」


 路肩の石を見るような、感情のない冷たい視線だった。

 両脇を固められたトールは、唖然として壮年の男を見つめ返す。


「気持ちの悪い目をしているな。さっさと連れて行け」


 反撃はできる。

 振り払って戦うことはできる。

 しかし、それをした場合、トールはそのまま犯罪者だ。

 万が一門番を一人でも殺してしまった場合、トールこそが指名手配犯になることだろう。

 迷っているうちに武装解除をされて、街の中へと入っていくトール。

 

 ミルドは呆然と連れていかれるトールの背中に向かって呟く。


「だから言ったじゃろうに。赤ん坊みたいに甘い若者じゃなぁ」


 この世界における冒険者なんて言うのは、大した身分を持っていない。

 そこらの物乞いと変わらないF級冒険者。

 子供の使い程度にはなるE級冒険者。

 まともな戦う術を持ち始めるD級冒険者。

 ようやく一人前で、街の一員として迎え入れられるC級冒険者。


 だとしたら、街になじみのあるベテランC級冒険者と、素性のしれない怪しいD級冒険者。

 街の利益になるのは、どちらの冒険者を助けることだろうか。

 実際に起こったことをすべて無視した場合に、犠牲にするべきはどちらか。

 領主の手足である門番達の隊長は、そのあたりの判断についてよく心得ていた。 


 やや時間をおいて当たり前のように街へ入る手続きを終えたミルドは、雑踏を歩きながらトールの連れていかれた方角を眺めまた呟く。


「何事も経験、じゃな」


 トールは冒険者の階級による扱いについてマットから説明を受けていたが、ホガイの街での自分の扱いによって大きな勘違いをしてしまっていた。


 地元に顔のきくB級冒険者マット。

 トールのことを利用し続けた、ろくでもない奴であることは間違いない。

 しかしそれでもマットと一緒にいるという事実は、認識をゆがませるくらいにはトールのことを守っていたのだ。


 結果この日の夜、トールは月明かりの差し込む独房で、一人寂しく頭を冷やすことになったのだった。

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