第10話 目的

 ファーンド森周辺の街は、街ごとに独立した運営がなされている。

 いくつかの街を領有する国もあるのだが、それもつい最近のことだ。


 通貨と言語が共通しているのは旅をする者にとって助かるが、世情が安定しないのは困る。うっかり戦争に巻き込まれて徴兵なんてされてはたまったものではない。

 そもそも最初にホガイの街へ行くことにしたのは、ファーンド森の周囲では、あそこが一番戦争の臭いが薄かったからである。身分を得て、世間の普通を学ぶためにはしばし時間が必要だった。


 長居せずに、さっと辺りの情報を漁ったら他の街へ移動したいところだ。


 トールははるか昔の魔法が栄えていた時代の遺跡を探している。

 激しい争いが繰り広げられたその時代には、召喚術なるものが存在した。

 他所の世界から特別な力を持った勇者を召喚し、国の旗印として戦をした時代。


 力を持ったものが、いつまでも力のないものの言うことを聞くなんて、そんな馬鹿な話があるはずもないのに、当時の国々は、攻め入るため、あるいは守るために、次々と召喚術を行使した。

 結果、文明が一度リセットされるほどに世界が荒廃してしまったわけだが。


 ただ、そんなことはトールにとっては関係のない話だ。

 トールが知りたいのは、その時代の背景ではない。

 召喚術が研究されていた、その時代の魔法だ。


 力を持った勇者たちが今この世界にいないのは、それらがすべて送還術によってこの世界から消えていなくなったからだと言われている。

 詳しいことは知らない。

 しかし確かにそんな時代があり、そんな結末を迎えたことだけを、トールは師匠から聞かされていた。


 送還術は今のところトールが知っている、元の世界へ戻るための唯一の手掛かりだ。文明が滅びてしまったと、当時の魔法技術が失われてしまったというのであれば、当時の資料を探しながら魔法の研究をするほかない。


 トールの旅の目的はそこにあった。


 おそらく中層を抜けたあたりで、トールは折角だからとミルドに尋ねてみる。


「ミルドは、魔法に詳しかったりしませんか?」

「どうじゃろう、あまりじゃな。妾は魔法を使わずとも大概のことができてしまうからの」


 少し自慢げなセリフをあえて無視し、続けて尋ねる。


「では遺跡には?」

「……遺跡? なんのじゃ」

「魔法が栄えた時代の遺跡です」

「知らんなぁ、縁がなかった」

「そうですか」


 ミルドは僅かに考えるような仕草をしたが、すぐに肩をすくめて首を横に振る。

 教える代わりに、と何かを要求してこないのだから、きっと本当に知らないのだろうと、トールはすぐに諦めた。元からそんな簡単に情報が手に入るとは思っていない。


「妙なことを気にするのじゃな。……さて、そろそろ人に会うこともあるか。角をひっこめるかのう」

「……ひっこめる?」


 妙な発言にトールが振り返ると、ミルドの言葉通り、その頭に屹立していたはずの角が消えてなくなっていた。


「その角、出したりしまったりできるんですか……?」

「そうじゃの。出しているほうが気楽じゃが、人の街では魔族はあまり好かれんじゃろうて。何せ百年前には人対魔族の大戦争をしてたのじゃからな」

「今は互いに行き来できますよね?」

「それをしている者を見たことがあるか?」


 街の人との関わりが薄いトールは、そんなことは知らない。

 ただ言われてみれば、魔国の内情を語るものと話したことはない。


「そういうことじゃ」


 トールの沈黙を答えと捉えたミルドは、鼻を鳴らしてそう言った。


「それなら、ミルドは何をしにこちらへ来たんです?」

「退屈を紛らわしに」

「随分心配されているでしょうね」

「どうだか。……いや、そうじゃな、さぞかし心配しておることじゃろうて」


 吐き捨てるように答えた後、ミルドは皮肉気に笑って見せた。

 トールはミルドの事情にそれ以上首を突っ込んだりはしなかったけれど、一つ心配になって尋ねる。


「これ、僕がミルドを攫っているような扱いにはなりませんか?」


 ミルドはにやりと笑って答えない。


「……誰かが探しに来たら、ちゃんとそうでないと伝えてください。そんなことで捕まるのは困ります」

「分かっておる。だがまぁ、あちらが話を聞くかは別の話じゃけどな」

「何とかしてください、頼みますから」


 半分くらいはからかいなのだろう、そうであってほしいと願いながら、トールはその話を切り上げることにした。


 森の浅い層を進んでいくと、やがて人が良く行き来していそうな道にぶつかった。

 ここから先はもう、木に登って方角の確認をする必要もない。道なりにまっすぐ進めば街までつくはずだ。

 森歩き離れているとはいえ、無事に抜け出せそうなことにトールはほっと気を緩めた。


 その直後、ヒョウという妙な音がした。

 おもむろに伸ばされたミルドの腕が、空気をかき回し、のけぞるような姿勢をとったトールの髪をふわりと浮き上がらせた。


「おっと、余計なお世話じゃったか」

「……いえ、ありがとうございます」


 伸ばされたミルドの手には、一本の矢。

 鏃は石で作られたものだったけれど、こめかみに当たっていれば皮膚にめり込む程度の鋭さは有している。

 それはすぐさま手の中でへし折られて、その辺にポイッと捨てられた。


「仕損じたか」


 のっそりと現れた大男の手には、木こりが使う斧。

 それは木を切るための物でしかなかったが、人にたたきつければ命を奪うことはたやすい。用途が変われば十分に武器になり得る。


 高価そうな装飾品に、若く美しい女性。

 護衛と思われるとトールは、ひょろりとしていて、とても強そうには見えない。

 

 半分冒険者、半分ならず者のような者たちにとって、二人の見た目は、殺して奪って下さいと言っているようなものだった。


 がさりがさりと茂みが揺れて、おそらく弓の持ち主が場所を移す。

 場所を変えてまたトールのことを狙い撃つつもりなのだろう。


「さて、トールよ、相談じゃ」

「なんでしょう」

「どちらの相手がしたい? 選ばせてやろう」

「……斧の方を。飛び道具の相手は面倒です」

「よかろう」


 斧を持った男がどすどすと走り出したのと、ミルドが地面を蹴って飛び出していったのはほぼ同時だった。


 人との殺し合いはしたくない。

 争いごとはしたくない。

 それでも、降りかかる火の粉は払わなければならない。


 トールはため息をつくと、ゆらりとした動きで剣を構える。

 その瞳は昏かったが、そこに自分の死に怯える恐怖は一切存在しなかった。

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