第6話 前のめりな期待
「それが自信の正体か。先ほどのは本気か? 他に手はあるか? 冒険者か? 種族は?」
矢継ぎ早に繰り出される質問に、トールはほんの少しだけ期待をする。
何が目的かわからないけれど、ミルドが先ほどよりも明らかに楽しそうにしている。
うまく話を進めればこのまま逃がしてもらえるような気がしたのだ。
そうしたらこの街を離れ、冒険者として働きながら情報を集め、少しずつ南下していけばいい。
ひどい目に遭ってしまったが、街を発つきっかけになったと思えば、多少心も慰められる。
「知らぬ間に世の中は変わったのか? 似たような力を持つものは? どうやったら殺せる? いや、それを聞くのは野暮か。そうだ、これが一番大事だな……、お主、あと何度生き返ることができる?」
トールの背筋にぞっと
無邪気な質問が最後の方にきて、その凶暴性を一気に増した。
「それに答えたら……どうしようって言うんですか?」
「何を馬鹿な……戦うに決まっておろう?」
何を馬鹿なはトールのセリフである。
なぜ無意味に戦いをしなければいけないのか、トールにはさっぱり理解ができない。
「……僕に恨みでもあるんですか?」
剣を思いきり振るったのだからトールの常識からすれば、恨まれてないはずはないのだが、ミルドのあまりに意味の分からない回答に、混乱したまま問いただしてしまう。
「初めて
尋ねているのにきょとんとした顔をされたって困るのだ。
理由もなく戦いたい者の気持ちなどわかるはずもない。
しかし急に襲い掛かってこない理性はある。
その理性がどこに紐づけられているかわからないのが怖いところだけれど、少なくともトールと戦うことに意義を見出していることはわかった。
「どうして戦いたいんですか」
「退屈だからだ。妾は血沸き肉躍る戦いがしたい。この世に妾を打倒し得るものがあると知りたい」
発言がお姫様のものではなく、極致に至ってしまった武辺者のそれだ。
敗北が知りたい、なんてセリフは漫画の中でしか唱えられないものだと思っていた。
できる限り戦いを避けて元の世界へ戻りたいと願っているトールとは、相反する思想だ。
「退屈しのぎで殺されてはたまりません」
「何を言っているのだ? お主、妾に殺されるとはほんの一匙ほども思っておらぬだろう? であればこそ、妾も先ほど加減を間違えたのじゃ。戦うための素養が十分に備わっており、妾の攻撃が見えていて、それでいて死への恐怖を微塵も感じていない。妾の推察によれば、お主、特定の条件を満たさぬ限り死なぬのであろう?」
めちゃくちゃなことを言う割に、思考は鋭い。
トールがどうしたら死ぬのかを真面目に考察しているようだ。
それがまたトールには怖いし、理解しがたい。
いっそ自分の知る最も強い人を紹介してしまえばいいのではないかと、邪な考えが頭をよぎったが、すぐにそれを振り払う。
その人物が負ける姿は想像できないが、トールにとっては恩人だ。
恩人にこんな頭のネジが外れてしまったような人を押し付けるわけにはいかない。
相手の考えは理解しがたい。
しかし、対策を一つだけ思いついた。
賭けに失敗した場合、これもまたひどい目にあうかもしれないけれど、延々と殺し合いをさせられるよりはよほどいい。
「わかりました」
「戦ってくれるのか!」
期待の声に、トールは首を横に振って、ゆっくりと剣を鞘に納めた。
その際に剣の刃が僅かに刃こぼれをしているのが見えて眉を顰める。
人体を切りつけて刃こぼれする意味が分からない。
「いえ、戦いません。いくらでも殺してください」
「はぁ?」
戦いたいというのなら、戦わなければいい。
無限に戦うか、相手が飽きるまで殺されるか。
後者の方が事が早く済む可能性が高い。
大股で歩み寄ってくるミルドを見て、トールは覚悟を決めた。
これから襲い来る痛み、苦しみ。
なんで自分がそんな目に合わなければいけないのだという嘆きはあるが、これが最適解だと信じるしかなかった。
そもそも最初に戦いに応じてしまったことが間違いだったのだ。素直にマットの肉盾にだけなっていれば、こんな風に絡まれていない。
やはり暴力なんて禄でもない。この世界も禄でもない。
トールはこの世界とこの世界に生きる人がますます嫌いになりそうだった。
「お主、名を何という」
これから嬲る相手の名前を聞いてどうするのだ、というのがトールの正直な感想だった。しかし無駄に相手の機嫌を損ねたくないので、渋々答える。
「トールです」
ミルドが、その一振りで人体を破壊する手が届く範囲まで近づいて立ち止まる。
二人が並ぶと、その身長はほとんど同じくらいだ。
この世界に来てから三年と三か月。
まもなく二十歳になろうというトールの身長は、時が止まったかのようにほんの少しだって伸びていない。
その外見も、ややあどけなさを残す顔のまま、髭の一本だって生えてこない。
ただその瞳だけが、疲れた大人のような、追い詰められた人間特有の、暗い諦念を漂わせていた。
「どうしたら戦う気になる?」
「なりません。そんなに殺したいのならば好きなだけ試してみてください」
「トールよ、お主は一つ勘違いをしている。妾は殺しをしたいのではない、対等以上に戦える相手が欲しいだけじゃ」
「僕は戦いが嫌いです。特に、言葉を介せる相手とならばなおさらです」
「……例えば、妾に勝ったら婿に取ってやると言ったらどうじゃ?」
「なおさら嫌です」
食い気味に嫌悪感丸出しに即答してからトールはやばい、と目を泳がせた。
暴力的な人間はタイプではないし、この世界に根を張る気もない。ごまかしようもない本音ではあったが、妙齢の美女に向かって即答するようなことではない。
「ほう……」
ひきつった笑顔を見て、完全にしでかしたことを察して、トールはその暗い瞳はさらに死んだ魚のような目に変えた。覚悟を越えて諦めである。
しかし、暫し酷いプレッシャーの下無言の時間を過ごしても体に衝撃は襲ってこない。
そしてミルドからの落ち着いた声色の問いかけ。
「……どうしても気は変わらんか?」
「……変わりません」
嵐の前の静けさでないことを祈りながら答えると、唐突にミルドから放たれるプレッシャーが消失した。
「ならば仕方あるまいな」
呆れるほどにあっさりと、ミルドは戦うことを諦めた。
「いいんですか?」
「良い。本気で戦えぬのであれば、それは妾の望むところではないからな。残念じゃが、今ひと時は諦めることにする」
「今、ひと時?」
嫌な予感がして鸚鵡返しすると、ミルドはにっかりと笑い小首をかしげた。
「お主がやる気になるまでついて回ることに決めた」
「え? すごく嫌だ……」
思わずぼろりと洩れた本音にミルドが険しい表情を作ったけれど、トールには、今そんなことを気にするほどの余裕は残っていなかった。
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