第163話 影法師
「き、君は?」
失禁しているバレリアが見慣れない青年に言葉を投げかける。名の売れた冒険者や傭兵なら絶対に記憶しているはずだが、見たことのない人間の登場に困惑した。
「俺の事は覚えなくて良いから。眠っててくれるかい?」
メアは手のひらから何かを放出した。
目には見えないが、直感がそう言っている。
急に眠気が襲い、瞼が重くなっていく。
メアが放出したのは、即効性の睡眠薬の様な花粉。勿論、オリジナル植物の花粉。
『忘却の眠り花』
・この花の花粉を吸った人族の脳に侵入し、記憶を司る脳の領域を犯す。使用者の任意の記憶を消し、眠らす事が出来る。
冒険者も傭兵も全員が眠りに落ちる。
「欠損してるじゃないの。今回だけのスペシャルサービスで治しておいてあげようか」
指を鳴らすと神光属性魔法の美しい光が傷ついた者達に降り注ぐ。
まるで物語の神が天から舞い降りてきた様な光景だった。
「何者デスかアナタ。人間……の様ですが、その力……ワタクシと同じギフトを授けられた存在ですか?」
メアは顔に手を当てて急に笑い出す。
狂気に満ちた顔にビルは目を見開き、たじろいでしまう。
「くっくくははははは。俺くんが君と同じだって? たかが人間如きに与えられる力が? 君は馬鹿なんだね」
「な!? なんデスって!? あの方に頂いたワタクシの偉大な力を馬鹿にするのデスか!?」
怒りに満ちた表情を見せるビル。
興味深そうにメアを見るシャグァル。
「ヤツを知ってイルノカ?」
「いーえ、知りませんよ。居るんですよね、自分の力の把握もろくに出来ないおヴァカさんがね。彼は正にそれだぁ」
馬鹿にした様な顔で見下すビル。
「であればヤツを殺し、あの方に捧げる供物にスルゾ」
「えぇ分かっていますよ。ワタクシが直ぐに殺して差し上げましょうか。あなたはそこで見ていなさい」
「要らぬ世話かもしれぬが、ヤツの底はこの我でも把握出来ぬ。決して油断スルナヨ」
「くっふふふ。このワタクシが彼にやられるとでも?」
「………。もういい。イケ」
慢心と油断。
野生で育った強い存在はどんなに小さな獲物でも油断はしない。シャグァルはそれを骨の髄まで知っているからこその助言。
「ワタクシが何と呼ばれているか知っていますか? 『幻帝』デスよ。どんな攻撃もワタクシには通じませんよ。そこにワタクシは居ないのデス」
ビルに与えられたのは『影法師』という能力。影を使った能力であり、物理攻撃も可能、マーキングした影へ瞬間移動することも可能。
幻影の様に偽物とは思えない自分を作り出す事も可能で、かなり汎用性の高い能力だと言える。
メアは以前行った様に木の形を変え、ビルの顔面へ木槍を放つ。物凄い速さで飛んでいくが、ビルの顔を貫通し、遠くの地面へと突き刺さった。
「無駄デスよ。言ったでしょ? 幻影デスよそれは。ワタクシには効果はありません」
「知ってるよ。何か顔が気に食わないからやってみただけ。実に下らない能力だ」
興味なさげに言葉を吐き出すメア。
その言葉に怒りのボルテージが上がっていく。
「何を知っているのですかぁ〜? あなたこそ本当はピンチで帰りたくなったのでは? 良いですよぉ〜? 弱虫は帰っちゃってくださ〜い?」
傲慢故に煽り耐性の無いビル。
「君は影の中に居れば無敵だと勘違いしてないかい?」
「どういうことですか?」
「こう言うことだよ」
裏のチャンネルへ移動するメア。
突如消え、感知出来なくなった。
影の中にいるビルは思わぬ事態に焦りが見え始める。
(奴はどこだ!? このワタクシが感知出来ないなんて!!)
「やぁ。影の中って基本的に陰鬱なところだね。君にお似合いの場所だ」
急に後ろから話しかけられ、腰を抜かすビル。
「な、何故ここに!!!?」
「言ったじゃない。下らない能力だって。君の能力は俺くんの権能の超下位互換だからね」
『超次元転移』
数少ない最高神の中でも使える者が限られる権能。世界の表裏へと移動でき、勿論、影の中も領域のほんの一部である。
「じゃあ死のうか。せめて実験動物にはなりそうだね」
逃げようとするが、逃れられない。
呪血神エインから奪い取った呪いの力と植物を混合する。
以前よりも呪いの力を色濃く出来る様になった。これもエインから奪い取ったお陰だ。
本来影の中には生物は存在出来ない。
しかし、強力な呪いと植物の神の力が合わさり、残酷な地獄の植物が作られた。
「苦しみもがくといい。君は」
「地獄の植物は好きかい?」
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