第90話 マザー・ヘル
樹海に一人佇む男。
帝国十二聖将が一人、『幻影』の二つ名を冠する者、名をバベル・グローリー。
彼のスキル『幻砂無常』。
非常に細かな砂を操り、光を屈折させる事であたかもそこに存在するかの様に見せるスキル。
つまりは錯覚を利用したスキルであり、攻撃手段も敵の体内に砂を侵入させることで様々な効果を発揮させる。
「バ、バベル様。何故微動だにしないのですか?何かあったのですか?」
「分からないか?囲まれてる。しかもかなりの数だ。異常だよ。そこを動かない事だね。光を屈折させてみんなの姿を隠してるから。」
「な、な、な。」
信じれないとばかりに口と目を大きく開ける補佐の男。クラーマー侯爵家の次男。
「これ以上声を出してはダメ。奴らが興味を失くすまで待とう。襲ってきたら仕方ないけど…戦おう。」
出来るなら魔力を残しておきたい。
そんな望みを持つが、彼らがそれを叶える道理もない。小さな彼等はバベル達に襲いかかる。
全身に毛が生えた節足動物の彼等は群れで襲いかかる。その数は優に二十万は下らない。
いくら人間よりも小さいからと油断してはいけない。戦闘力は帝国兵よりも高いのだから。
プシューッと糸を吐き、ミイラのように雁字搦めになる帝国兵。
足からバキバキと咀嚼する音が隣にいる帝国兵を恐怖にて混乱させる。
仲間が喰われている現実を直視出来ない。
「あ、あああ。喰われる。喰われ、れれれ、る。あぁああああああああああああああああああああああ。」
一斉に四方へ逃げ散らばる帝国兵。
「に、逃げちゃだめだ。戦うんだ!!それしかこの場を脱する方法はない。魔導剣で奴らを殺せ!!」
バベルの頼みの綱であるスキルは彼等の気配感知には通用しなかった。
囲まれている時点で気づくべきだった。
自信満々でスキルを発動したが、自分ごときのスキルでは意味をなさないことを。
「ひっ!く、くそ!おりゃあ!!」
何とか魔導剣で対応しようとする帝国兵。
流石の斬れ味と言ったところか。
小さな蜘蛛達はどんどん切断されていく。
少しずつ少しずつ対処出来ており、希望が見えてきた。
バベルは蜘蛛の体内へと砂を侵入させ、血管から脳、心臓などに送り込み殺していく。
普通に凶悪なスキルである。
そこに不思議な格好をした女の子が歩いてきた。ゴスロリはこの風景には似つかわしく無い。違和感だらけのその姿に頭が混乱する。
「ん。子供達が死んだ。敵を取る。」
順調そのものだったはず。
希望が見えていたはず。
これから帝国の為に、この地を踏み躙り、帝国の威を樹海の主人に知らしめるはずだった。
「き、君は、何者だい?子供達とは一体。」
「ん。彼等は子供。スキルで作った。」
「スキル?そんな特殊なスキルが…。それで君は敵…なんだよね?」
「ん。」
「だったら殺すしかないね。女の子だけどこの場に来たのが運の尽き。容赦しない。死んでもらうよ。」
目つきが変わり、殺意を膨れ上がらせる。
魔力をぐんぐんと昂らせていくバベル。
渾身のスキルを放とうと集中していく。
「ん。もう終わってる。」
「終わってる?何が、え?なん、か景色が、が、ずずず、ズレ、てる?」
目が白目を向き、グシャッと音を立てて地に倒れ込むバベル。ねちゃっとした血液をそこらに撒き散らし、腑からは汚物が排出された。
「ば、バベル様っ!!」
あまりの壮絶な出来事に恐怖と驚きで声を発してしまうクラーマー侯爵家次男。
「ん。君も一緒。」
「く、来るな!!ひっ!!助けて。ママ!!ママ助けて!!」
必死に逃げようと背を向け走る。
スパーンッと空へ飛んでいく頭部。
目がぐりんッとまるで状況を把握しようと辺りを見やる。
ここで初めて理解する。
頭部の無い自身の体を見たことで死んでいることを。
「ん。弱い。数が多いだけ。そんなの絶対的一撃。んまんま。」
超広範囲に神級スキル『
生きたミイラの出来上がり。
モゴモゴと何かを言っている帝国兵。
生きたまま喰われる地獄。いっそ首を跳ねられた方がどれだけ良かったか。
「ん。子供達。食べていいよ。」
ムシャムシャと食べ始める小さな蜘蛛。
美味しそうに食べるその姿を見てヘルは少し嬉しそうな表情をする。
神級スキル
『
自身の配下を魔力を使用して増殖するスキル。
配下の強さは練度に依存する。
「ん。糸は硬い。侵入して食す。」
少しだけ足先を綻ばせ、そこから侵入し、また食事を再開させる子供達。
ミイラ達は体をブルブルと震わせ、苦痛と恐怖に気絶するが、再び痛みによって意識が覚醒していく。
「ん。次。」
興味を失った女の子は、次の標的の元へ転移していった。
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