第100話 篩

 

4月10日、午前7時。それは突然の出来事だった。


─ザザーッ……!


「クソっ、乗っ取られた!」

「ダメです、こっちからの操作を一切受け付けません!」

「一体、何が起きてんすか?」


放送中になっている全てのテレビ番組が一斉に切り替わった。


『人類の在り方は魔素の出現により変化している』


紫色の髪をしたスーツの男、ナルが海渡プレートのある白い部屋にいる。


『魔素の始まりを知っているか? 魔素はここにおられる神様が生み出した。海渡プレートと名付けられたこの石板だ』


普段の様子とは一変、真面目かつ威圧感のある雰囲気で語る。


『神様が何故魔素を生み出しているのか。それは人類に新たな進化を促しているからだ』


通行人が立ち止まり、パブリックビューイングにスマホカメラを向ける。


「何アレ?」

「さぁ?」

「あれ海渡プレートじゃん!」

「ニュース乗っ取られた? やばくね?」

「やばいっしょ」


『人類の正しい進化の方向とは、魔素に適合することである』


『この世界に、魔素に適合出来ない者……神様からの贈り物を拒絶する存在は必要ない』


『変異体として適合するのもまた進化である』


ゆっくりとそこまで話すと、一気に声のボリュームを上げた。


『僕はこの神様の力を借り、適合者を増やす!』


大きく腕を広げ演説を始める。


『神様は我々人類を次のステージに進ませてくれた!』


『空想上の神などではない! この世界に石板として存在する本物の神様だ!』


『これがその証拠だ!』


ナルが両手から天井に向け炎を吹き上げる。


─ボウッ!!


「あの人魔法使いなんだ」

「わたしこわ〜い」

「やばすぎ」


『魔法は神様が我々に与えし新たな力だ! 感謝こそすれ、拒絶するなど言語道断!』


『魔法を使える者たちが正しい人間であり、それを排除しようとするなどとは神様に対する不敬である!』


『神様はこの停滞している人類に酷く心を痛めておられる!』


『恐竜が絶滅を乗り越え姿を変えたように、人間もまた進化の時が来た!』


『今がその時だ!』


プレートが光り始める。


『恐れる必要は無い。ただ魔素を受け入れ、進化するだけだ』


『一度でも思ったことはないか? 魔法が使えたら、と』


「……」

「……」

「……」


『その願いは今叶う。これからは誰もが魔法使いだ!』


『さぁ! 神様が人類を新たなステージに導いて下さるぞ!』


プレートが一層強い光を放ち、画面がホワイトアウトした。



を新しく住むことにしたマンションの最上階で見終わる。


「……完璧!」


椅子から立ち上がりながらガッツポーズを掲げる。


いやぁ、今とかこれからなんて言ったけどもう既に1週間経ってるからねぇ。


「日本にしか流さなかったけど、きっとすぐに国外にもこれは伝わるはず! みんな魔素を受け入れるよね!」


ベランダから下界を見下ろす。


「……お、適合者1人目はっけーん」


乗用車の中から触手が突き出た変異体が、他の車を攻撃しながら道路を爆走している。


「あっちには2人もいる!」


遠くのマンションの窓から赤く染った触手が数十本ほど見える。


「うんうん♪ 順調順調! この世界が適合者だけになる日も近い!」


─ガチャン!


「ん? 誰かな?」


また警察? それとも別の人? 今気分がいいとこだったんだけどなぁ……。


ぞろぞろと黒服の男達が入ってくる。


「不壊 ナルだな? 我々にご同行願お「『氷塊』」──」


─バキバキバキッ!


氷が男達を覆う。


冷蔵庫に偽造した保管庫から注射器を取り出す。


「はーい、チクっとしますよ〜」

「──! ───!?」

「効果が出るのは1時間後ですから、それまで安静にしていてくださいねー」


ガクン、と男が気絶した。


「んー……あと5人に対して注射器は4本。1本足りないなぁ。……だ、れ、に、し、よ、う、か、な〜」


「──!」

「────!!?」

「──!?」


「せ、き、ば、ん、の、か、み、さ、ま、の、い、う、と、お、り。じゃあキミ以外だ。ごめんね? キミも適合したかったよね? 後で持ってくるからちょっと待っててね!」


「──! ──!!!」


震えるほど嬉しいのかな? 仲間はずれは寂しいもんね!


「……あ、ヒビキは驚いてくれたかな? 後でカサネちゃんに会いに行こーっと」



『─ただいま映像が乱れております─』


─ピー!


……こーーーーわ。なんだ今の。


時間にして10分程度、朝食を食べる手が止まっていた。


アイツ本当に研究所の所長か? 絶対なんか宗教団体のトップだろ。それもテレビ乗っ取れる程の。


─ピロン♪


ん、シオンさんか。


『カシワ! カサネ! 今の見たか!?』

『見たよ〜〜なんか怖かった〜!』

『放送事故…とは違いますよねぇ……』


電波ジャック? テレビジャック? よくわかんねェけど、事故じゃなくて事件だわ。


スマホで今のが何だったのか調べる。


『どう考えても日本中、てか世界中パニックになんじゃねーか!?』

『えェとですね、既にツイッターのトレンドになってます』

『マジ!?』

『日本以外でもニュースになるのは時間の問題だね〜』

『待ってやばい!!れ!今近くで変異体あばれてんんだけど!!?る!』

『メッセージしてないで逃げてください!』

『調べたけど本当だ〜!? 魔法士の数が足りないよ〜!』


絶対ヤバイ。どう考えてもヤバイ。


本来の使い方でヤバイ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る