第97話 無茶しない?

 

「はァ……」

「アッハッハ! カサネの顔、すごい真っ赤だったぞ!」

「言わないでください……」


さっきのお店を出てからずっとこんな感じだ。


2人で原宿駅の入り口に向かって歩く。


「いいスイーツ巡りでした。最高に満足です」

「そうだな、私もあれだけ食べてお腹いっぱいだ」

「随分とかわいい言い方しますねェ」

「そ、そうか?」

「はい」


シオンさんが言っても『なんだコイツ』とはならねェからなァ、それはすごいと思う。ぶりっ子だったらそもそも誘いに乗ってねェ、てかオレを誘わねェか。


信号待ち。駅の近くって信号長くねェ? 気のせい?


だからといってスマホを見るとかはねェけど。


「次のときはどこにスイーツ巡りしに行く?」

「そうですねェ……スカイツリーの、ソラマチでしたっけ? あそこら辺はどうです?」

「いいなそれ! 次はそこにするか!」

「エスコートはお任せ下さい、お嬢様」

「おー! カッコイイ! 執事もいけるのか!」

「雰囲気だけですけどねェ」

「プロだよ、プロ!」

「さすがにプロを名乗るのはおこがまし─」


─ガシャァァァン!!


後ろのビルから窓ガラスを突き破って変異体が勢いよく飛び出してきた。


「んなっ、変異体……!?」

「ッ!」


左腕で護るようにシオンさんの1歩前に出る。


あっちで何度も見てきた触手の異形が今、目の前にいる。


『きゃぁぁぁ!!』

『変異体だぁ!』


辺りが一瞬でパニック状態へ変わる。


走って逃げたり叫んだりする通行人、早く離れようとして却って詰まる交差点でクラクションを鳴らす運転手達。


軽い地獄だなァ。うるさくて敵わん。


『うウゥぅ……!』


後ろにシオンさんがいる以上、1人で逃亡なんてしたくねェ。ひとまずは、どうにか2人で安全なところまで逃げねェとなァ。


通報はそれからでいい。そしたら後は魔法士の仕事だ。勝手に魔法使って被害が増えたら目も当てられん。


てかそれ以前にシオンさんの前で魔法使─


─ヒュッ!


「ッ!」


向かってきた触手を掴み取って握りつぶす。


─ブチブチッ!


「か、カサネ……?」

「シオンさん、逃げま「おぉすげぇ! 何その握力!? カサネってやっぱ強いんだな!」シオンさん!?」


今そこはどォでもいいでしょう!?


ヒーローショーを見る子どものようなキラキラした目でこっち見ないでください!


ジリジリと近づいてくる変異体。


『らりろウオリらるォオ!』


ダメだ、完全にロックオンされてる。


後ろをチラッと確認……車通りは無ェか。


「……『氷塊』」


左手に触手を掴んだままボソッと呟き、一円玉ほどのサイズの氷塊をシオンさんから見えない右手の中から複数発射する。


狙うのは触手の根元。一瞬隙を作って逃げる。魔法士への通報はとっくにされてるだろうから、戦う必要なんて一切無ェ。


─チュンッ!


命中! そして多分貫通!


「失礼しますッ!」

「お、おぉ!?」


シオンさんを横抱きにして横断歩道を渡る。


─タタッ!


邪魔な車のボンネットをスライディングで乗り越え、あっという間に渡りきった。


そのままの体勢で駅まで走る。


「はやー!! てかお姫様抱っこじゃん!」

「気分は如何ですか、お姫様?」

「楽しい!」

「それはなにより」


『ら、りルええレエレエレエレエレ』


─ガシャン!


オレたちを見失ったのか交差点に侵入して暴れ回っている。


……アレ死人出そうなんだけど大丈夫か? まァ、車は頑丈だからなんとかなる……なるかァ?


シオンさんを降ろす。


「シオンさん、とりあえず駅の中に入っててください」

「え、カサネは? まさか戻る気か!? ダメだって!」

「……いえ、ここまで変異体が来ないか見張るだけです」

「嘘だ」


シオンさんがオレの腕を掴む。


「ッ、ちょっと─」

「変異体の対処は魔法士に任せておけばいいんだよ!」

「…………そォ、ですよねェ」


事件が起きたら警察に任せるのと同じだ。オレが出る幕じゃねェ。


無茶は……しない。


腕を掴んでいる手を外し、改めて手を繋ぐ。


「!」

「帰りましょうか」

「うん!」



家に着いたのは5時半になった。


スマホ片手に布団の無くなった元コタツで、桜餅を食べながらシオンさんとトークアプリでやり取りする。


『今日は色々ありましたねぇ』

『ホントびっくりしたよな〜!』

『スイーツ巡りのはずが、とんだ災難に遭いましたからそれは驚きですよ』


桜餅うまうま。


『なぁなぁ! 今ニュースでさっきの事やってるぞ! 4チャン!』


マジ?


テレビを点ける。


『──く駅前で変異体が出現し、その後駆けつけた魔法士が対処に当たりました。現場には今も戦闘の跡が残されています』


オレたちがいた交差点が映る。


……どんな、戦闘をしたら……あんなことになるんだ?


『何あの交差点!? 信号溶けてんじゃん!』

『車もぐちゃぐちゃですよ。持ち主が気の毒です』

『それな〜』


弁償とかあんのかなァ……? 絶対あん中の何台かは魔法士がぶっ壊したやつだろ。


てか信号機が溶けるって何? 『熱線』でも……熱線よりヤバくねェか?


『なーんかスマートじゃねーよな〜』

『本当にそうですよね』


オレなら刀で……いや、変異したっつっても元々人間だしなァ……。治せる方法が見つかってねェから殺す以外はどうしようも無いとはいえ、人を斬るのは抵抗あるわ。


……ッ、また吐き気が。


昼のスイーツを吐き出したくねェ……!


気合いでなんとかするッ……!


『カサネが銃とかで突撃する方が早そうじゃね?』

『いやいや、さすがに無理ですよ』

『えー? でもカサネ、変異体に向かおうとしたよな〜?』


……根に持ってんなァ。


『もうやりませんよ。両親にもシオンさんにも心配掛けたくないですし』

『私らだけじゃないぞ! カシワも店長もきっと心配するんだからな!』

『はい、ごめんなさい』

『許す!』


やっぱアレだ、『降りかかる火の粉は払う』だっけ? 首を突っ込むなんてゴメンだ。 


「ヒビキ、味噌汁作るの手伝ってくれない?」

「ん、わかったー」


家族との時間を大切にしよう。その方がいい。

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