第36話 特異性
神渡ヒビキの家庭はどこにでもあるような平凡なものだった。
父親はそこそこ大きめな会社の係長をしていたし、母親はそれを支えながらも財布の紐を握る優しい主婦だった。
そしてその2人に育てられたヒビキもまた善人だ。
生き物を食べることに対しては少し異常性が見られるものの、そういった事が絡まなければゲームと歌が好きな割と優等生タイプの高校生だった。
家族3人、仲良く幸せ。
しかし、その幸せはヒビキがプレートに触れただけで簡単に崩れてしまった。
息子はいなくなり、住んでいた家も避難区域に入っていたため手放した。今は安いアパートで暮らしている。
2021年2月23日、家庭内の雰囲気は最悪の一言だ。
息をするのも苦しく、潰れてしまいそうなほど重く、暗い。
「今日で、4ヶ月……」
「うん……」
「はァ……」
「せめて、生きてることだけでも分かればね……」
「……あぁ」
ダイニングテーブルを挟んで会話する2人からは、微塵も幸せが感じられない。
それもそのはず、2人にとってヒビキは何よりも大切な息子なのだ。それがプレートのせいで行方不明となってしまっては、日々を明るく生きるなど不可能だ。
これが人為的な誘拐事件であったのなら違っただろう。
犯人への怒り、助かるかもしれないという希望。そういった感情の矛先がある分、生きるエネルギーになる。
しかし、事件か事故かも不明というまさに『神隠し』に遭ってしまっては、その感情は自分の中に溜まっていく。
「なぁ……」
「…何?」
「ヒビキを……俺たちじゃなかったら、きっとあの子は「止めて」……ごめん。……ちょっとスーパーで食料品買ってくる」
「…わかった」
─ガチャン
部屋に一人残された母親は、机に置かれているリモコンを手に取りテレビの電源を入れる。
『─が経ちましたが、依然として『海渡プレート』は発見されておらず─』
午後2時、ニュースが流れる。
「どこもかしこもプレートプレート……!」
手が白くなるほど強く握る。
「プレートじゃなくてヒビキを探してよ……!」
今にも拳を机に叩きつけそうなほどに震えている。
『─速報です。先程、南霧里島の沿岸部で『海渡プレート』が発見されたとの情報が入りました。繰り返します。先程、南霧里島の沿岸部で『海渡プレート』が発見されたとの情報が入りました』
◇
海渡研究所に既にプレートは無い。しかし、研究所としての稼働は続いている。
プレートから採取した『魔素』が転移することなく残っているからだ。
そしてそんな魔素の研究方法は─
「──!? ───!」
「はーい、お注射ですよ〜。暴れないでくださいねぇ〜」
「───!!」
雑に白衣を着ている紫色の髪の男が、手術台に強く拘束された青年らに魔素が含まれた生理食塩水を注射している。
人体実験だ。
「いやぁ、君達には感謝しないとねぇ。わざわざ立ち入り禁止区域に、しかも見るからにヤバそうな研究所の近くまで来てくれたんだもん」
拘束されている3人の青年は、いわゆる過激派動画配信者だ。
単なる廃墟などで警察のお世話になるならまだしも、この男が支配する研究所に近づいたのが運の尽きだろう。
『奴隷』となった元研究員達に捕らえられ、気がつけば手術台の上。
「カリギュラ効果ってやつ? それともただバカなだけ? ま、僕としてはどっちでもいいんだけどね」
注射された青年の内一人、最初に注射された彼の体が壊れていく。
全身からブチブチと筋繊維がちぎれる音と共に、徐々に人の姿を逸脱した異形の姿に変わる。
─ガタンッ! ガタガタッ!
「──ガァァららららるあああおあ!!!』
服を突き破り、腹と背中から肌色の触手のようなものが何本も生えてきた。
「あー、だめだったか〜。中々上手くいかないね。やっぱり神様本体から直接が一番確実かな? …あ、君はあっちに送っておくね」
『ららりろれ──』
男が触手の異形に触れると、それはそこから姿を消した。
あたかもそれが最初から存在しなかったかのように、静寂だけがその場にある。
しかし、残ったビリビリの服がそれらが嘘であることを否定する。
「ふーむ……そういえば、海水に混ぜて経口摂取させたこともあったっけ。ちょっと試してみよっか、とその前に」
ノートパソコンに文字を入力していく。
『魔素の特異性及び性質と成分の調査結果』
「一応、メモ程度でも記録しておかないとね」
◆
「まさかあそこまで上手くいくなんて、僕自身も驚いちゃったなぁ」
我が物顔で研究所内を闊歩する男の手には、先程の青年達が撮影に使おうとしていたスマートフォンが握られている。
「ここでは海水に混ぜるのが正解だったみたいだね。13人目で成功してよかったよかった♪ これ以上研究員も減らしたくなかったし、今日はツイてるね〜。あ、キミキミ」
虚ろな目をした研究員に話し掛ける。
「…………」
「適合した子、これからも実験に使うから保存しといて」
「……」
言われた研究員は軽く頷き、手術台がある部屋に向かっていった。
「それにしても、『海渡プレート』だなんて名付けちゃってさぁ……神様に対して失礼とか思わないわけ? ここの人類が進化できるのは神様のおかげだっていうのにねぇ……。そもそも─」
ペラペラと独り言を言いながら歩いていく。
「……あ、そういえば今日だったね転移周期。今回で7回目だけど、出来れば海水が近い場所に転移してくれますよーに」
ゆっくり、しかし確実に。地球の環境は変化している。
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