第9話 一夜明けて
両親の葬儀の後に飼い猫が急に人語を喋り出して、なんやかんやでティティルナが錬金術を使えるようになった怒涛の一日から一夜明が明けた。
「ミッケおはよう。」
「おはようにゃ。」
飼い猫のミッケが当たり前のように挨拶を返すので、ティルミオは昨日の出来事は、夢では無かったのだなと認めざるを得なかった。
「お兄ちゃん、ミッケ、おはよう。」
暫くすると妹のティティルナも起きてきた。昨夜倒れた時と比べると、その顔色はすっかりと良くなっていた。
「ティナ、身体は大丈夫か?」
「うん。一晩寝たら、すっかり元気だよ!」
「無理するんじゃにゃいぞ?気持ち悪くなったら直ぐに休むにゃ?」
「うん。有難う。」
二人と一匹は朝の挨拶を済ますと、それぞれ顔を洗ったり毛繕いをしたりして身なりを整えて、それから揃って朝食の席に着いた。
食卓には昨日錬金術で作ったパンの残りに、野菜のクズで作ったスープを並べて、猫のミッケには水で薄めた野菜クズのスープにちぎったパンを浸してやった。
「……凄いな、一晩経っても、ちゃんとパンだな。」
ティルミオは、どこか慎重に丸パンを一口大にちぎって、同じく昨日錬金術で作ったバターを塗って食べてみると、思わずそんな感想を漏らした。
魔法という物は、時間が経ったら解けるのでは無いかと、どこか疑っていたのだ。けれども一晩経っても丸パンは丸パンのままで、少し固くなって手でちぎるのに昨日よりも力が要ることや、口の中に入れた時のもそもそとする食感など、そんな所まで普通のパンと変わりは無かったことに驚いていたのだ。
「……何言ってるのお兄ちゃん?パンがパン以外の物になる訳無いじゃない。」
「普通のパンと違うだろう?……お前は良く平気で食えるな。」
「当たり前だよ。だって私が作ったんだもの。」
兄とは対照的に、ティティルナは躊躇なくパクパクと美味しそうに丸パンを食べながら、ティルミオが漏らした感想に不思議そうな表情を浮かべていた。
「ティオは心配性だにゃあ。一度錬成された物は、ずっとそのままにゃ。魔法が解けて材料に戻るとかもにゃいからにゃ。」
「……そうみたいだな。本当に錬金術って凄いんだな。」
そう漏らすとティルミオは、もう一度まじまじと手に持ったパンを眺めてから、一口、二口と、噛み締めるようにもぐもぐとパンを食べた。横ではティティルナも、パンを頬張りながら「本当にそうだね」と、錬金術の凄さを漏らす兄に相槌を打った。
するとミッケは、素直に感心する兄妹に気を良くして、胸を張って自分の功績を誇ったのだった。
「そうにゃ、錬金術って凄いにゃ!そしてそれを与えてやった我はもっと凄いにゃ!だからもっと我を敬えにゃ!肉にゃ!肉を食べさせるにゃ!!」
ミッケはそう主張すると、右前足をダンダンと踏み鳴らし、猫らしくにゃーにゃーと鳴いて好物の肉を催促をしたが、当然この家に新鮮な肉を買う余裕なんか今は無い。
だからティルミオもティティルナもこのミッケの可愛らしい催促行動を、微笑ましく見守って、軽く受け流したのだった。
「分かった、分かったよ。借金返し終わったらな。」
「先が長いにゃ!」
「じゃあ、ミッケ。明日は骨付き肉の形のパンを作ってあげるよ。」
「全然違うにゃ!!」
そんな風に他愛の無い会話をしながら三人は食事を続けた。両親が亡くなり四人だった食卓が兄妹二人の食卓になってしまって寂しくなるかと思いきや、猫が喋ることによって、思いの外今までと変わらず賑やかな食卓になっていたのだった。
***
「そうだ。今のうちにミッケに言っておくことがあるんだ。」
皆が朝食を殆ど食べ終わった頃に、ふとティルミオが大事な事を思い出して、神妙な面持ちでミッケの方を向いた。どうしても、役人が来る前に、言っておかなければならない事があったのだ。
「ん?にゃんだ?」
「今日この後、役人が来る予定になってるだろう?色々と面倒くさいから、くれぐれも、絶対に、ぜったいに、喋るんじゃないぞ?」
猫が喋ってる所なんか見られたら、一体どれ程の騒ぎになるか検討もつかないので、ティルミオは余計なトラブルを回避する為に、念の為ミッケに人前で喋るなよと念を押したのだ。
けれども、そのような思惑はミッケには伝わらなかったようで、ミッケは口の周りをペロペロと舐めながら不思議そうにティルミオを見返すと、可愛らしく小首を傾げた。
「……それは、振りかにゃ?」
「振りじゃ無いから!!」
「ニンゲンの社会では、何度も執拗にやるにゃと止める場合は、その言葉に素直に従うんじゃにゃくて、やるにゃと言われてた事をやった方が喜ばれると教わったが?」
「どこで何を覚えてるんだよ?!頼むから今日は普通の猫で居てくれよな?!」
「……ニンゲンの社会は難しいにゃぁ。分かったにゃ。任せるにゃ、猫の真似は朝飯前だにゃ。」
切実に訴えるティルミオの言ってる事を果たして正しく理解できたかは分からないが、ミッケはニャーと鳴いて返事をすると、ティティルナの足元は駆け寄って身体を擦り寄せてみせた。
「うん、実に猫っぽいね!」
「にゃ~ん」
「よしよし、少しの間良い子にしててね。」
「にゃ!」
一見すると、甘えてきた飼い猫を構っている普通の光景なのだが、しかしティルミオはそんな二人のやりとりを眺めて、余計に不安が増してしまっていた。
(普通、猫は人間の言葉に返事をしないんだけど……)
妹のティティルナは、物怖じせずに昨日からのこの特異的な状況にどんどん適応していっている為、猫と会話が出来てしまっているこの不自然な状況を不自然だと思っていないので、ミッケと楽しそうに会話を続けてるのだ。
だからティルミオは、一人だけこの光景に大きな溜息を吐いて頭を抱えると、これから来る役人が、どうかミッケに注目しませんようにと、願うばかりだった。
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