第8話 それぞれの想い

「ティナ!!」

「うぅ……気持ち悪い……」

「魔力切れだにゃ。無理もにゃい、急に魔法を使ったからにゃ。」

「……やっぱり、デメリットが無いわけ無いと思ったんだ……ティナ、大丈夫か?!」


 ティルミオとミッケは、急いでティティルナの元へ駆け寄った。彼女は身体から力が抜け、目の前がぐるぐると回って、立って居られなくなってその場にしゃがみ込んでいたのだ。


「ミッケ、魔力切れって治るのか?!」

「魔力切れ自体は、普通一晩寝たら治るにゃ。術者自身が無理をしにゃければ。」

「無理って?」

「今みたいな魔力切れを起こしてるのに、無理して魔法を使うことにゃ。そんにゃ事をしたら、身体を壊すにゃ。」

「……そうか……」


 妹の背中を摩りながら、神妙な顔でティルミオは話を聞いていた。


「……それじゃぁ、錬金術で今まで父さんと母さんが毎日焼いていたのと同じ量のパンを作るのは無理だな。」

「大丈夫!私やれるよ!!こんなの全然平気だから!」


 ティルミオの言葉を聞いて、慌てて立ち上がろうとしたティティルナだったが、しかし足に力が入らず、またぺたりと床に座ってしまった。


「ティナ、いいから無理するな。」

「でもっ……」

「無理して、ティナが倒れてしまったら、そんなの元も子もないんだよ。」


 ティルミオは無理に立ち上がろうとするティティルナを抱き抱えながら、優しい声で彼女を諭した。


「大丈夫、まだ1ヶ月もあるんだ。ティナの錬金術だけに頼らなくても、俺にも他の考えがあるから。」

「そうにゃ!魔力は繰り返し使っていくうちに強くなるにゃ、少しずつ錬金で作れる量も増えていくにゃ!だから、今は無理するにゃ!今日はとにかくもう休むにゃ!!」

「そうだ。とにかく、お前はもう休め。いっぱい寝て回復したら、明日また、頑張ってくれないか?」


 ティルミオとミッケに心配そうな顔でそう言われては、ティティルナも大人しく従うしかなかった。


「うん……。わかった。今日はもう休むけども、明日、元気になったら。いっぱい商品作るから!!」

「あぁ、期待してるよ。だから今日はゆっくりお休み。」

「そうだにゃ!」


 ティティルナは、些か不満そうではあったが、これ以上兄たちを心配させるわけにはいかないと、素直にお休みの挨拶をして居間を出て行った。


 こうして、無理をしそうになる妹を何とか説得して寝室へ送り出したティルミオは、椅子にどかりと座り直して、深く溜息を一つ吐くと、ミッケに向かって問いかけたのだった。


「なぁ、ミッケ、俺には本当に何もできないのかな?」

「そうは言っても、ティオにも一緒に贈り物ギフトは送っているのにゃ。ティオ自身が気付けてにゃいだけにゃ。」


 目の前で倒れてしまった妹を見て、ティルミオはまたしても何も出来ない自分の無力さを噛み締めていた。その様子は、先程ティティルナを見送った時の穏やかな表情とは打って変わって、苦悶の表情が浮かんでいた。


 そして少しの沈黙の後、ティルミオは自分の決意をミッケに伝えたのだった。


「……なぁミッケ、俺、冒険者になろうと思うんだ。」

「唐突だにゃ?!」

「あぁ。たった今決めた。俺に錬金術が使えないなら、他でお金を稼ぐしかないだろう?冒険者なら、身元さえハッキリしていれば、直ぐにでも稼せげる。」

「けどもティオは、武芸は何も出来にゃいじゃにゃいか!危険だにゃ!」


 ティルミオのその宣言に、ミッケは毛をブワッと逆立てて反対の意を唱えた。

 冒険者とは、確かに誰でもすぐになれて、日払いでお金を稼げる仕事なのだが、危険の伴う仕事が多かった。薬草や鉱石の採取と言った比較的安全な仕事でも、街の外に出れば、魔物に襲われる危険と常に隣り合わせで、武芸の心得がない者が冒険者になるのは、無謀と言える選択なのだ。


「確かに、今の俺に武芸の心得は無いけど、でも運動神経は良い方だし、それにいきなり魔物退治だとかの大それた仕事は受けないさ。採取とか採掘とか、そう言った仕事を兎に角やって……魔物への対処の仕方は、やってくうちになんとか覚えるさ!」

「それでも、我は反対にゃ!無謀だにゃ!!」


「……でも、ティナにだけ負担かける訳にはいかないよ。アイツはまだ十五歳何だよ、こんな苦労を背負わせる訳にはいかない……」


 ティルミオの決意は固いようで、ミッケが何と言おうと、意見を変えなかった。


「けどティオだって、まだ十七歳じゃにゃいか……百年生きてる我から見たら、まだまだ子供にゃ……」

「まぁ俺は、お兄ちゃんだからな。」


 彼はニッコリと笑ってそう言うと、尻尾と耳を下げて不満そうなミッケの頭を優しく撫でた。


「俺が冒険者の仕事を始めたら、日中は家に居られなくなる。店の事はティナに任せることになるけど、そうしたらアイツきっと無理するだろうから、その時はミッケ、お前がティナを止めてくれよ。」


「……分かったにゃ。」

「あぁ。有難うミッケ。」


 ティルミオの熱意に負けて、ミッケは渋々と言った感じで承諾をした。


「けれどもティオ、約束するにゃ。我はティナが無理しないように見守るから、ティオは、ティオ自身が無理しにゃいようにちゃんと管理するにゃ。絶対にゃ!」

「あぁ、分かった。俺も無理はしないよ。何より、俺が怪我でもしたらティナを悲しませるからね。十分に気をつけるよ。よしっ、そうと決まれば明日早速冒険者ギルドに登録しに行くよ。善は急げだし。」


 ティルミオはそう言ってスッキリとした顔で微笑んだ。彼の中での葛藤はすっかり答えが出たのだ。

 それからティルミオは、もう一度ミッケの頭を優しく撫でてから、自室へと引き上げて行ってしまった。


「……ティニャだけじゃないにゃ、ティオが怪我したら、我も悲しむにゃ……」


 居間に一匹残されたミッケは、耳を低く伏せて部屋を出て行くティルミオの背にそんな独り言を呟いてみたが、その声は彼の耳には届かなかった。

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