第3話 ミッケからの贈り物

「それで、力を与えるって……一体何をくれるって言うんだ?」

「今のお前たちに必要にゃ、お金を稼ぐ手段を与えてやるにゃ。」


 半信半疑といった感じでティルミオが聞くと、ミッケは、ふふんっと鼻を鳴らして得意げにそう言った。


 するとティティルナは、両手をパンッと叩き合わせると顔をパァと明るくして興奮気味に声を上げたのだった。


「そっか!喋る猫を見世物にして一山当てれば良いのね!!ミッケ、私たちの為に身体を張ってくれて有り難う!」

「なるほど!確かにそれは素晴らしい手助けだ!ミッケ有り難う!!」


 完全にそういう事だと思って、飼い猫からの申し出に、二人は顔を見合わせて喜んだ。世にも珍しい喋る猫である。見物料ががっぽり取れるのは間違いない。これならば直ぐに借金も返せると思ったのだ。


「何て飼い主孝行の猫なのかしら。きっとミッケなら直ぐに人気猫になるわ。喋るのはもちろん珍しいけど、だってこんなに可愛いんですもの。」


 借金返済に明るい兆しが見えたことで、ティティルナは最大の功労者になるミッケを抱き上げて、慈しむようにその顔に頬擦りをした。

 するとミッケは、ティティルナの腕の中で、心外だといった感じで全身の毛を膨らませて叫んだのだった。


「勝手に我を見せ物しようとするにゃーーーーーっ!!!」

「えっ……違うの?」

「良いアイディアだと思うんだけど……」


 ミッケは驚く二人を尻目に、抱き上げられていたティティルナの腕の中からスルリと抜け出すと、再びテーブルの上に降り立って、尻尾をビタンビタンと叩きつけて全身で不機嫌を表した。


「我、可愛い可愛いとチヤホヤされるのは好きだが、見世物にされるのは御免だにゃ!!平穏にダラダラと暮らしたいんにゃ!!」

「でも、さっき私たちを助けてくれるって……」

「我が、お前たちに贈り物ギフトを授けるから、与えられた贈り物を使ってお前たち自分で稼ぐんだにゃっ!!!」


 全身の毛を逆立てたまま、ミッケは右前足を真っ直ぐに二人の方にビシッと伸ばして啖呵を切ったのだが、またしても兄妹はきょとんとした顔で固まった。


 贈り物ギフト、それは精霊などの人ならざる高位的存在から贈られる祝福。動物の言葉が分かったり、植物に好かれたり、強力な魔法を授かったり……その効果は様々であったが、祝福を授かった人間はいずれもその恩恵で大成したと言われている。


 過去、勇者と言われた英傑や、歴史に名を残す大魔法使い、はたまた賢王として名高いこの国の初代国王などは皆、贈り物ギフトを授かっていたされているのだ。


 そんな凄い力を、目の前に居る喋る猫が自分たちに与えようと言っているのだから、二人は理解が追いつかなかった。

 御伽噺で贈り物ギフトの存在は聞いたことはあったが、騎士でも、魔法使いでも、何者でも無い、まさかただの町人の自分たちがそれを賜るなど、兄妹は夢にも思わなかったのだ。


「ミッケが、俺たちに贈り物ギフトをくれるのか?」

「そうだと言ってるにゃ。」

「何で?何でそこまでしてくれるの?だって私たちただの町人よ?何か偉業を成し遂げる見込みとか無いのよ??」

「お前たちにそんにゃ物は求めてにゃいにゃ。お前たちはただ、我の快適な暮らしを守る事が使命にゃんだからにゃ!!」


 堂々と改めてそう宣言するミッケに、ティルミオもティティルナも呆気に取られた。そんな自分本位で世の中の何の役に立たない理由で贈り物ギフトを授けて良い物なのかと驚いたのだ。


「そんなんで良いのか?もっと人類を救うとかの崇高な理由が無くて。」

「知らんがにゃ。我は我が使いたい時にだけ力を使うにゃ。理由にゃんてどうでもいいにゃ。今、我がお前たちに力を与えたいと思ってるんだにゃ。……それで、どうするにゃ?受け取るかにゃ?」


 突然降って湧いた贈り物ギフトという非現実的なチャンスに、ティルミオとティティルナは困惑した。

 得体の知れない力はなんだか怖いが、それでもこれが好機である事は間違いないのだ。


 ミッケの贈り物ギフトを受け取るか、受け取らないか。二人は大いに悩んで、そして決めた。


「ミッケ、俺たち贈り物ギフトを受け取るよ。」


 高位生物からの贈り物ギフトを受け取る。ティルミオとティティルナがそう決心すると、ミッケは嬉しそうにその場でくるんと一回転して喜びを表現したのだった。


「よく言ったにゃ!それでこそ我の飼い主にゃ!それじゃあ、早速贈り物ギフトを授けてやるにゃ。椅子に座って顔を我に近付けるのにゃ。」


 そう言うとミッケが、テーブルの上でちょこんとお座りをして意気揚々と二人を待ち構えたので、二人は戸惑いながらも言われた通りにミッケの正面に腰を下ろし、テーブルの上にいるミッケの方に顔を近づけた。


 するとミッケは、先ずティルミオの鼻先に自分の鼻先をチョンとぶつけた。いわゆる猫がする鼻チューの仕草だ。その瞬間、ティルミオは身体の中心が熱くなり、何かピリッとした感覚を確かに感じた。


 そして次にミッケはティティルナにも同じように鼻先をチョンとぶつけた。するとティティルナも兄と同じように身体にピリッとした感覚を覚えたようで、不思議そうに自分の身体を眺め回したのだった。


「うーん……特に変わりは無いみたいだけど……?」

「だよな。俺も一瞬なんか感じたけど、今はもう、全く普通だし……」


 ティティルナと同じように、ティルミオも自分の身体をあちこち見渡したが、やはり何処にも変化は見られない。


「なぁ、ミッケは一体どんな贈り物ギフトを俺たちに授けてくれたんだ?」

「そ……それはにゃ……」


 ティルミオが聞くと、ミッケは耳を後ろに下げて少しバツが悪そうに後ずさった。


「……ランダムにゃ……」

「へ?」

「だから、何が贈られるかはランダムにゃんだ!我も分からないにゃ!!」


「「えぇっ……」」


 予想外過ぎる返答に、ティルミオもティティルナも物凄く期待外れと言った顔でミッケを見つめた。贈り物ギフトとして授かった力が活用できなければ、借金問題は何も解決しないのだ。


「つまりそれって、折角贈り物ギフトを貰っても、何が出来るのか分からなければ、何の役にも立たないよね……?」

「お前さっき、”お金を稼ぐ手段を与えてやる”って言ったじゃ無いか!言ったからには、ちゃんと具体的な手順まで示せっ!!」

「仕方にゃいにゃ!我だって贈り物ギフトを与えるのは初めてなのにゃ!!文句言うにゃっ!!」


 ティルミオが思わず責め立てると、ミッケも負けじと尻尾をブワッと逆立てて言い返した。


「とにかくにゃ!お前たちの頭の中に呪文は浮かんで来にゃいか?!」


 しかし、ティルミオもティティルナも、ミッケの問いに、ふるふると首を横に振るだけだった。


 そんな二人の頼りない反応を見て、ミッケは苛立った様子で、前足でテーブルをダンダンと叩き始めた。


「もっと、もっと集中して、内なる声を聴くにゃ!!」

「無茶言うな!抽象的過ぎるんだよ!!」

「気合にゃ!気合が足りにゃいんだにゃー!!」


 そう言ってミッケが、興奮して急にティルミオに飛びかかったので、ティルミオは椅子に座ったまま思わず後ろに大きくのけぞってしまった。


すると


バキッ!!


という大きな音を立てて、彼が座っていた椅子の脚が折れたのだった。


「痛っ!!!」

「お兄ちゃん大丈夫?!」


 背中を床に強打する形になったティルミオは痛みで顔を歪めてその場に倒れ込んだ。


「……椅子まで壊れるのかよ……ただでさえ今、金が無い時に……」

「わ……わざとじゃにゃいにゃ。偶然だにゃ!」

「……分かってるよ。古い家具だからね。」


 大きな溜息と共に、ティルミオはやるせない気持ちを吐き出すとティティルナの手を借りてゆっくりと立ち上がった。


 するとその時だった。


「あっ……!!」


 不意にティティルナが、大きな声を上げたのだ。


「ティナ?どうした??」

「……お兄ちゃん、ミッケ。私、どうやら天啓を授かったみたい。頭の中に呪文が浮かんだわ!!」

 

 ティティルナは興奮気味にその事実を二人に伝えた。先程、ティルミオを助け起こそうとして、壊れた椅子に手が触れた瞬間に、頭の中に直接声が聴こえてきたのだ。


「それにゃ!!それが我の贈り物ギフトにゃ!!!」

「本当かティナ?!力の使い方が分かったのか?!」


 ティティルナの発言に、ティルミオもミッケも興奮気味に喜んで彼女を見つめた。


「うん、多分……やってみるね。」


 そう言うとティティルナは、二人の目の前で、壊れた椅子にそっと触れると、目を瞑って呪文を唱えた。


「えっと……再生錬金リペアルケム


 すると、ティティルナがそう呟くと、触れていた椅子が光輝いて、元の姿に戻ったのだ。


 ティティルナが授かった力。それは奇跡の力、錬金術だった。

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