第2話 三毛猫のミッケ

 貴方は一体何者なの?


 ティティルナからの問いに、ミッケは待ってましたと言わんばかりに耳をピンと立てると、嬉しそうに彼女の方へと身を乗り出していった。


「ティニャは賢いにゃ。良い質問だにゃ。」

「そ、それほどでも……?」

「それに引き換えティオはダメだにゃぁ。物事の本質を見極める眼を育てにゃいと。」

「大きなお世話だよ!」


 突然ダメ出しをされたティルミオは咄嵯に抗議の声を上げたが、無視してミッケは話を続ける。


「見ての通り、我は可愛い三毛猫である。しかし、我は猫であって猫でにゃいのだ!」


 ミッケはそう言うと、くるりとその場で一回転してふふんっと鼻を鳴らした。

 本人としては威厳のある態度で威圧したつもりなのだが、兄妹の目にはただの愛くるしい猫にしか見えないので、その見た目と態度の違いに二人は困惑しながらも黙って話を聞いた。


「話せば長くにゃるが……そう、あれは今から百年前……当時の我は実体を持たにゃいで、ただ力の塊として漂っていたにゃ。そんにゃ時に目の前に現れたのは一匹の三毛猫だったにゃ。可哀想にそいつは馬車に轢かれて瀕死だったんだにゃ。そいつが最後にご主人様に会いたい、会いたいと、にゃーにゃー鳴くので、我は気まぐれで、その肉体と引き換えにそいつに力を貸してやったにゃ。で、我のおかげで無事に飼い主の元へ帰れたそいつは、思い残すことは無いと魂は天に召されて、で、その肉体は我が譲り受けたってことにゃ。」


 そこまで話すと、ミッケはどうだ凄いだろう!と言わんばかりに胸を張った。そして兄妹の反応を見るべく期待して顔を上げたのだが、ティルミオもティティルナも、ポカーンとした顔で固まって、まるでミッケの壮大な話を受け止められて居ないようなのであった。


「にゃんだ、お前たちその顔は。ここまで話してもまだ分からにゃいのか?!」


「……貴方が喋る理由は分かったわ。……いや、全然分かんないけど、とりあえず分かったわ。……いや、やっぱ分かんない。つまり貴方は何者なの?……者?……うーん、何猫なの?……いや、そもそも猫?……猫なの??」


「ティナ、深く考え過ぎるな。俺らの常識の範疇を完全に超えてるんだ。無理に理解しようとするな。考えるだけ無駄だ。なんか偉そうでムカつくけど、とにかくこいつは喋れるんだ。……これ以上は考えたらきっと負けだ。答えが出せずに病んでしまう。」


 察しが良いのか悪いのか。ティルミオは理解するのを早々に諦めて、ただ現実を受け入れたのだ。


 一方ティティルナは、猫が喋る事がどうしても納得いかなくって、難しい顔でミッケの事をじっと観察したが。けれども、その愛らしい姿をじっと見ている内に感化されて、彼女もまた深く考えるのを止めたのだった。


「そうね……得体が知れないけど、喋ろうが何だろうか、ミッケはミッケだもんね。それ以上でも以下でも無いわね。」

「にゃんだか酷い言われような気もするけど……まぁ、そうだにゃ。我は人間には理解出来にゃい高位な存在にゃ。だからもっと敬えにゃ。」


 兄妹の言い方にミッケは少しだけ不服そうな顔をしたが、直ぐに胸を張ってテーブルの上で兄妹を見上げるながらゆっくり歩き、いかに自分が偉大な存在であるかを自慢げに語った。


「神様みたいなもの?」

「そこまで偉くにゃいけど、大体そうだにゃ。」

「そんなに高位な存在なのに、何で百年もの間、我が家で飼い猫になっていたんだ?どうして?」

「そんにゃの決まってるにゃ。」


 そう言うとミッケは、今度はテーブルの端まで歩いていくと、クルリと振り返って兄妹と目を合わせた。そして一息溜めると、渾身の力で言い放ったのだった。


「だらだら飼い猫生活が、快適だからにゃ!!」


 一体どんな崇高な理由が語られるのか、固唾を飲んで聞いていた兄妹は、ミッケが堂々と言い放った言葉に呆気に取られて言葉を失った。


「あ、お前たち、にゃんだその目は。そんにゃ目で見るにゃ!!」

「「……」」

「我だってただ飼われてた訳じゃにゃいぞ?ちゃんとネズミを取ってたし、可愛い看板猫として集客にも貢献してたにゃ!」

「でもそれって普通の猫でも出来るよな。特別感が無い。」


 ティルミオは思ったことをそのまま口に出して言った。


 今まで、なんだかんだで、どこか畏怖しながらミッケの話を聞いていたが、さっきの一言で、その思いも何処かに行ってしまった。

 今はもう、目の前の不思議な存在は、ただの喋る猫にしか思えなくて、ティルミオもティティルナも、少しガッカリしたような目でミッケを見下ろした。


 するとミッケは、そんな二人の態度に尻尾をブワッと逆立てて全身の毛を膨らませたかと思うと、心外だとばかりに異議を唱えたのだった。


「にゃ、にゃんにゃんだお前たちのその、期待外れって表情はっ!!せっかく我が助けてやろうと思ってるのに失礼にゃ!!!」

「俺たちを助ける……?」

「そうにゃ。お前たちはシャッキンという奴に困ってるんだろう?そして、それを返さにゃいと、この家を追い出されるんだろう?」

「うん……そうなんだけど……」


 ミッケの問い掛けに、兄妹は戸惑いながら答えた。


 借金で困っているのは確かに事実である。タイミングが悪いことに、父親が夜逃げした友人の借金を全額背負ったばかりだったのだ。

 それに加えて、税金の納付も待って貰っている状態で、これらを合わせると兄妹が普通に働いても返すのが難しい位の高額なので猫の手も借りたいと言う気持ちは確かにあった。


 しかし、だからと言って、喋る事が出来るだけの猫に一体何が出来るのか。自分達の置かれた状況からしてミッケが自分たちを助ける事が出来るとは到底思えなかったのだ。なので半信半疑で続きを聞いた。


「ミッケ、貴方が私たちに力を貸してくれると言うの?」

「ちょっと違うにゃ。我が、お前たちに特別にゃ力を与えてあげるにゃ。」


 ティティルナの問いにミッケがつぶらな瞳で真っ直ぐに彼女を見返して胸を張って答えると、兄妹はお互いに顔を見合わせて戸惑った。人ならざるモノが急に自分たちに力を与えるなんて言い出したら、戸惑わない方が無理なのだ。


 しかし、そんな二人の様子などお構いなしに、ミッケは話を続けた。


「我はこの家が気に入ってるにゃ。南向き日当たりの良い大きな出窓に、ひんやりと風通しの良いテラス。それから適度に出るネズミが良い暇つぶしにもなるし、そして何より買い物に来る客は皆我を可愛い可愛いとチヤホヤするにゃ。こんなに良い環境を手ばにゃせる訳にゃかろう!!だから、我の安寧な暮らしの為にも、お前たちに頑張って店を続けて貰わにゃいと困るのにゃ。」


 そうミッケは力説すると、期待の籠った眼差しで兄妹を見つめたのだった。

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