1円もかかってないし、1円も稼げない映画

ちびまるフォイ

エネルギーを使わないことが勝利

「1円もかけずに完成させた映画だって!?」


挑発的な見出しの記事に目を奪われた。

中を読んでみるとなんてことはない。


ただ、クラウドファンディングでお金を集めて

すべての費用をそこから捻出して作った映画だというらしい。


「なんだ驚かせやがって。これだからネットの記事は……」


ぶつぶつ文句は言いつつも映画のレビューを見ていると、

数こそわずかだが絶賛しているレビューばかり。


>最後まで見て本当に驚かされました!

>次もぜったいに最後まで見たいと思います!

>今度は家族も連れて見に行きます!


「低予算な映画かと思ったけど、そうでもないのかな」


一度気になり始めると確かめずにはいられない。

ごくわずかな映画館の情報を集めに集めて、大遠征ののち映画館へとたどり着いた。


「1円も自腹を切らなかった映画、ね。

 いったいどんなものなのか見せてもらおうかな」


ブザーが鳴ってあたりが暗くなる。

スクリーンに光があたって映像がはじまる。


『上映前の注意点! 映画館は換気が徹底されています。


 実際に換気検証の映像をご覧いただきましょう』


映画館に焚かれたスモークが消えていくさまが流される。

いいから本編はじめろよ。


『このように映画館の換気は非常に優れています。

 みなさん、ご安心して映画をお楽しみください。


 なお、この映像はクラウドファンディングでxx万円を寄付した

 〇〇社による検証映像でした!』


ふたたび暗くなる。

ついに本編かと思いきや、今度は別のマナー映像が出てくる。


『映画館では携帯電話の電源をお切りください。


 No Cell Phone!


 このマナー映像は、クラウドファンディングでxx万円を寄付した

 △△社による映像を流しています。ありがとうございます』



『映画館では上映中のおしゃべりはやめましょう。

 どなたも映画館に集中できるようマナーを守って楽しみましょう


 なおこの映像は、クラウドファンディングでxx万円を寄付した

 AA社による映像を流しています。ありがとうございます』



『映画館では上映中に前の椅子を蹴ったり

 足を椅子の上に載せたり、裸で踊りだしたりしないように。


 社会の常識は、映画館でも常識です。


 なおこの映像は、クラウドファンディングでxx万円を寄付した

 N社による映像を流しています。寄付ありがとうございます』



その後もいくつかのマナー注意映像が流れる。


トイレに行った後は手を洗いましょうだとか、

席を立つときに忘れ物がないようにとか。


「本編まだかよ……」


ついに声に出てしまうほど待った。

やっとブザーが鳴って仕切り直しとなる。


画面にはファンファーレと共に

知らない会社のロゴがデカデカと表示された。


『Present by ◯△ company』


またシーンが変わり、次の会社のロゴが映し出される。


『Present by XX company』


またまたシーンが変わり、次の会社のロゴが映し出される。


『Present by @@@ さん』


それぞれのロゴは数秒。

それでも何度も何度もロゴが表示されるとストレスが溜まる。


クラウドファンディングで高額寄付をしたことで、

こういった特典が得られるのだろう。


とはいえ、一向に映画がはじまらないので貧乏ゆすりが始まる。


「まだかよ……」


買っていたポップコーンがしけり切ったとき、

やっと提供ロゴが終わった。


「ああ、長かった……。無限に出てくるかと思った……」


改めて椅子に座り直した。

ドリンクの氷は溶け切り、ポップコーンからはポップさが失われている。


それでもここまで待ったのだから、高評価の映画を見て帰りたい。


映画がはじまった。

制服を来た男女が海辺を走っている。


青春の映画なのだろうか。


海に足をつけて水をかけあってじゃれている。


ここからいったいどんなドラマが広がるのかーー。



『青春には汗が必要だ!


 水分補給ならスポーツドリンク"WaterDrink"!』



ペットボトルを持った女の子がカメラ目線でウインクした。

そのときこれが本編ではなくCMであることに気づいた。


「まだかよ!!」


その後も怒涛のCMラッシュは続く。

おそらくクラウドファンディングに協力した会社なのだろう。


車のCMや、化粧品のCM。

洗剤のCMから、自衛隊募集のCMまで。


手当たり次第に支援を受けて映画を作ったのだろう。

CMには統一性がなく、見ていると落差で脳の処理が追いつかない。


何十個目かのCMが流されたとき。


「ーーもう限界だ!!」


お金を払ってスクリーンの前にやってきたというのに、

見せられているのは広告ばかりでうんざりだ。


他の客も同じようでバラバラと席を立ち始め、

映画館の座席はすっかすかになっていく。


「なにが最後まで見ろ、だ。

 なにが高評価だ。ふざけやがって!!」


きっとあのレビューも、自分のような人間を誘い込む罠にすぎない。

釣られて見に来た自分をどこかで笑っているのだろう。

ますます腹立たしい。


映画館を出ようとしたとき、映画の監督と鉢合わせした。


むかっ腹が抑えきれないのもあり、監督を呼び止めた。


「おい! あんたがこの映画を作ったんだな!」


「ええそうですよ」


「なにが1円もかかっていない映画だ!

 ただクラウドファンディングで集めた金で

 CMだけ流す集金装置を作っただけじゃないか!」


「そんなことはないですよ」


「いいや! そんなことあるね!!

 俺の払った金もふところに入れているんだろう!」


「め、めっそうもない!」


「うそつけ! だったら客の金はどこにいったって言うんだ!!」


監督の胸ぐらを掴んだ。

それでも監督はおびえるどころか驚いていた。


「あの、あなたも最後まで映画を見ていなかったんですか?」


「はあ?」


「映画の最後にちゃんと出しているでしょう?」


「だからなにが!?」



「この映画で集められたお金は、

 最後までみた人にお渡しします、と、エンドロール最後に……」




あわててスクリーンに戻った。


すでに遅かった。


戻ったときには、最後まで爆睡していたおじさんが客の払ったチケット代すべてを受け取っていた。


おじさんは大金を手にして嬉しそうに言った。



「寝ていただけでお金がもらえるなんて、

 この映画は本当に最高だね!」

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