俺が好きなのは、お前も好きなアイツ

成瀬イサ

1章

第1話

 机の上には、散乱したエナドリ。それと、いつだったか学校で貰った三者面談の書類。端の方には、おやつカルパスの抜け殻が6つほど。在庫を切らしているので、今度買い足しておこう。


『ちょっとコウ、まだ?』

 

 22時38分。

 

 部屋の電気は消してある。こっちの方が、プレイしているときに臨場感があるのだ。

 テレビの画面から、健康被害が出そうなほどのまばゆい光が飛び込んでくる。ブルーライトが悪影響だ、なんて世間では言われているけど、こちとら16年間視力は2.0。信頼と実績の尾張幸太郎おわりこうたろうに視力低下の心配は無用だ。


「悪い、あとちょっとで抜けそうだから」

 

 瞳に映るのは、FPSゲームの待機画面。

 選んだキャラクターが、かっちょいいポーズでゲームの始まりを待っている。


『なにしてんの?』


 通話越しに聞こえる初音はつねの声は、少し苛立ちを含んでいた。

 クラスメイトが彼女のこんな声を聞いたら驚く他ないだろうが、まあ変に気を遣われるよりは、こっちの方がありがたい。

 

「毛ェ――鼻毛抜いてる……いでっ、今終わった」


 指先をティッシュで拭いてコントローラーを持ち、画面上の『準備OK』を選択する。

 初音は『はぁ』と一息漏らしてから、気怠そうに言った。


『……聞かなきゃよかった』

「お前が聞いたんだろ」

『アンタってホントそういうとこ無頓着よね……呆れるわ』


 そう言うと初音は待機画面のキャラクターを操作して、お腹を抱えて吐く動作――いわゆる『エモート』――をした。

 

「へえへえ。さすが、学校で猫被ってる奴は言うことに説得力があるな」


 彼女に対抗するように、大笑いするエモートを見せびらかす。


『……それ、今関係ある?』

「…………」

 

 スマホの向こうから、闇のオーラを纏った初音の声が聞こえる。

 漫画だったら『ゴゴゴ……』なんていうオノマトペが描かれるレベル。

 ここから先に踏み込むのは危険だろう。うっかりそれを踏み超えた時にゃ、きっと俺はお陀仏だ。


「あーいやァ……」


 しかしながら、俺にはまだ死ぬ予定はないし、その希望もない。ので、何か初音のご機嫌が取れる言葉はないだろうかと思索していた矢先。


(二人とも。そろそろ始めませんか?)

 

 ディスプレイの左下、『Pen-kichi』という名前とともにそんな言葉が浮かび上がった。


「ほら。ペンきちもこう言ってることだし、さっさと始めようぜ」

『……分かってるわよ』


 ナイスだペン吉。伊達に1年間一緒に遊んでいない。ゲーム内外問わず、相変わらずフォローの達人だ。

 すかさずペン吉のプロフィールを開き、俺はメッセージを送る。


(たすかる)


 数秒後、(いえ)の2文字がペン吉から送られ、その後画面が暗転した。

 まもなくゲームが始まる。


「クエスト、あといくつ残ってるんだっけか」

 

 ゲーム独特の高揚感あるBGMが流れ始め、画面が明るくなると同時に試合が始まる。

 『START』の文字が浮かび上がると、100人のキャラクターが一斉に動き始めた。


『デイリーは……たしか3つだったかしら。でもウィークリーも進めたいから、付き合って』

「あいよ」

『右、先行ってくれる? ペン吉は左の敵、お願いね』

「ん」

『コウ、物資は?』

「いる」

『じゃあピン差しとくから、それ終わったら来て』

「あいよー」


 もう大分このゲームにも慣れたもので、熟年夫婦並みの会話量でも俺たちは難なく意思疎通ができるようになっていた。ペン吉も、喋ることはないものの、俺たちの声を聞いて臨機応変に動いてくれる。

 

 無言でコントローラーを操作していると、不意に脳裏にあることが浮かんだ。


「そういやさ」

『ん?』

「あ……いや、まあいいか」

 

 今言うのは変か、とも思ったが、もう言ってしまったことはしょうがないと俺は言葉を続けた。

 

「俺、告白したよ」

『…………』


 一度コントローラーから手を離し、片手で寝ぐせをくるくるといじりながらそう言う。

 返事はない。ただ沈黙が場を支配するのみだった。

 どうやら初音はこの手の話に興味がなかったらしい。


「じゃ、物資取り行くわァ」

 

 さて残りのクエスト終わらせようと再びコントローラーに手をかけた、その時。

 

『はっ、え…………え!? こ――――はいいって――――ってのに、なんで!?』


 突如として、初音が途切れ途切れのクソデカボイスをこちらにぶん投げてくる。

 

「ちょ、落ち着け。おまノイキャン食らってるぞ」


 通話アプリの自動ノイズ判定機能によって初音の声がノイズ判定されているせいで、何を言っているのかはさっぱりだったが、とりあえず驚いていることだけは分かった。


『ア……アンタ、今まで女の子に興味なんてなかったじゃない!』

「いやァ……なんか昂っちゃって」

『昂っちゃって。って……そ、それで……どうなったのよ……』

「あー待って。敵いる」

 

 画面に映った敵を倒してしまうと、俺は息を深く吐いた。

 今日の放課後の苦い記憶を思い出しながら、言葉を紡ぐ。

 

「ご生憎様、玉砕したよ」

『あ……そう、なの』

「ま、分かってたけどな」


 画面に小さく表示された『クエストクリア:敵を100人撃破』の文字をぼんやりと眺めながら、ぽつりと呟いた。

 

『ふふっ、負け惜しみみたい』

「実際負けてるからなんも言えねぇ」


 ふは、と乾いた笑いを漏らして苦笑いを浮かべると、初音は安心したように言った。

 

『でも、そっか。それなら奇遇ね』

「と言いますと」

『私もしたの。玉砕』


 コントローラーを操作する手が止まった。

 

「…………え?」

『あ、そっち敵行ったわよ』

「え、ンぁ……?」


 突然の発言に動揺してしまい、背後からやって来た3体の敵に、俺のキャラは為す術なく蹂躙されてしまった。


『ちょっと、なにしてんのよ!』

「いや悪い、動揺して……」

『もうっ!』

 

 初音のキャラが俺のかたきを討ちにやってくる。がしかし、数の差であっけなく敗北。遅れてやって来たペン吉もなすすべなく蹂躙され、画面には『LOSE』の文字が浮かび上がった。


『あーもう負けちゃったじゃない! もう1回行くわよ!』

「ちょ待て待て。なに、お前も告ったって?」

『そうよ。フラれちゃったけどね』


 衝撃の事実。

 

 知らぬ間に恋する乙女していた上、いつの間に告白なんかしたのか。というか、フラれたというのがびっくりだ。

 (本当は告白に成功していたけど、初音がそれに気づいていないのか?)なんて想像が浮かんだが、そんな鈍感主人公あるあるみたいな設定、コイツにはない。

 

 ということはつまり、あの八城初音やしろはつねが告白に失敗したということになる。

 学校での初音はかなりスペック高い方だと思うが……まあ、そのあたりはフった男子に理由を聞く他あるまい。

 

「ああ、そう……」

『ま、仕方ないわね。――あそうだ。せっかくだからこの際、供養することにしましょ!』

「はぁ? なに言ってんだ」

『いつまでもいじけてちゃ、前に進めないわ』

「いや、だからどういう」

『だーかーら! お互いが告白した人を発表して、それっきりでそのことはもう忘れて、次に進みましょってこと!』

「あぁそういう」


 なるほど、告白した相手を口に出して言うことで、未練とはキッパリ縁を切って前を向こうじゃないか。ってことか。

 ふむ、なかなかに名案。実はフラれた後に校舎裏でしっかり悔し涙を流していた俺にはピッタリじゃないか。

 それに、コイツとは長年幼馴染やってるが、誰かを好きだ惚れたなんていう話は滅多にしない。いったいどんな奴に陶酔しているのか、少しばかり興味もある。


『じゃあ、アンタからね』

「なんでだ。普通お前からだろ」

『はぁ? どう考えてもアンタからじゃない』

「じゃあどう考えたんだよ」

『あーもう! じゃあ「せーの」で言いましょ!』

「まぁそれなら……あい分かった」


 さて、どんな人なのだろうか。

 コイツが好きな、そしてコイツを振った男というのは。

 

『じゃあ』


 初音の声を機に、俺たちは声を合わせる。

 

 せーの――――。


雨宮風音あまみやかざね

『雨宮風音さん!』


 ――――え?


 お互いの、素っ頓狂な声が共鳴する。


「……は?」

 

 5月6日、22時45分。


『……え?』


 記念すべき、俺たちの悲劇が始まった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る