第30話 √水杷楓③

「春一くんは、天文部にいた時もよく星の本を読んでたよね」


 熊田書店に入り、まっすぐ自然科学コーナーへと向かう。


 月の写真やら恒星の図鑑やらが並ぶ中、水杷が手に取ったのは「星座」に関する本だった。


 タイトルは、『図解 星座の世界』――


 多少オカルティックな雰囲気が漂っているものの、気にせず会話を続ける。


「天文部の部長だったからな。後輩に教えたくってさ。宇宙の魅力とかを」

「真面目だね〜」


 話をしていると、「当時」の記憶が逆流する。


 天文部として、天体観測をしたことや、文化祭でプラネタリウムの展示を発表したこと、部員総出で合宿へ行ったこと……。


 なんでかはわからんが、エモい記憶が多い。こういう青春をしたかった。まじで。


「あ、でもさ、水杷も読んでたじゃん。宇宙の本とか」

「よく覚えてるね〜。恥ずかしいな〜。だけど、あれは君につられて読んでたんだよ〜」

「僕に?」

「そうだよ〜。同じ本とか読んでるとさ、『いっしょの時間過ごしてるな〜』とか思えたりして〜」


 あはは。


 水杷は顔を赤らめながら、照れくさそうに笑った。


「そ、そうだったのか……」

「あ、でも今も読んでるんだよ。星の本。春一くんにたくさん教えてもらったし〜。今じゃ立派なライフワークだよ」


 彼女は、当時の本を未だに読んでるんだとか。


「そう言われると、こっちが照れてくるな」

「照れんなよ〜。君が教えてくれたんだぜ〜? 星の魅力を」


 展示されていた月球儀に手を伸ばした水杷。


 彼女は、それをくるくる回すと、とある場所を指さした。


「月にも高い山があるってこととかさ、クレーターには名前が付いてるとかさ。目から鱗だったよ。まるで、コペルニクスが地動説を唱えた時みたいな衝撃を、春一くんには、いくつも教えてもらったのさ〜」


 月球儀はエネルギーを加えられると、また回りだす。


 くるくる回る月を見つつ、僕はそれを止めた。


コペルニクスはここだ。それから、月の最高峰はこのあたりだ」


 クレーターとホイヘンス山を指すと、水杷は笑った。


「ふふっ。相変わらずだな、春一くんは〜。そんなことされると、なんだかこれが無性に欲しくなってくるじゃないか〜」


 可愛い笑顔だった。


 ただ、地雷系ファッションと月球儀は合わないと思うがな……。


 とかなんとか思っていると、そこでまた脳内に選択肢が現れた。


――――――――――――――――――――

※月球儀を――

▶買う

 買わない


――ま、この分岐は一択だろう。


※買うを選択しました。


※自動セーブします

――――――――――――――――――――


「よかったら、それ買ってやろうか?」

「へ?」


 僕は水杷の持っていた月球儀をひょいと奪い取ると、そのままレジへと向かった。


「は、春一くん?」

「今日あったのも何かのだろ? それに、覚えてくれてたのが嬉しかったからさ、水杷にやるよ、これ」


 まぁ、5000円なら安い買い物だしな。


 レジで支払いをし、袋に入った月球儀をプレゼントする。


 すると、水杷は戸惑いつつも「ありがと」と呟いた。


「大事にするよ〜」

「そうしてくれ」


 好感触のまま、本屋を出る。


 今のところ、選択肢は間違えていないようだ。


 メモを取りつつ、ぶらぶら歩いていると、そこで水杷が提案した。


「なんかさ、お腹空いたね〜」

「そういえば、もう昼時だな」


 スマホで時刻を確認する。


 12:34――


 ふと見たにしては、冗談みたいな時間だった。


「よかったらお礼にお昼奢るよ〜」

「お、それは助かる」

「じゃ、フードコート行く? それとも、下の階にあるレストランストリート?」

「あー」


――――――――――――――――――――

※どちらへ行きますか?

▶フードコート

 レストランストリート


――これはどっち……だ?


――ファミリー向けならフードコートだが、カップルでならレストランストリートか?


※レストランストリートを選択しました


※自動セーブします

――――――――――――――――――――


「レストランストリートでどうだ? ゆっくりできそうだし」

「おっけ〜。騒がしいところはあんまり好きじゃないから、そのほうがいいね〜」


 おっと、危ないところだった。


 選択肢に手こずりながら、僕はレストランストリートへと向かった――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る